アメフト

愛媛大アメフト竹内涼「地方の一番弱いチームを、全国のみなさんが応援してくれた」

何とか試合にはこぎつけた。しかし、上を目指す戦いは終わった(すべて撮影・安本夏望)

アメフト中四国学生リーグ1部 トーナメント1回戦

10月12日@広島広域公園第二球技場
愛媛大 7-9 島根大

愛媛大アメリカンフットボール部ボンバーズは10月12日に中四国1部のトーナメント1回戦で島根大に負け、甲子園ボウルの西日本代表を決めるトーナメントへ進む道が断たれた。その6日前、愛媛大の部室が全焼。不審火とみられる火災が原因だった。何もかも燃えてしまったが、全国各地からの支援で試合出場にこぎつけた。4years.編集部は、火災の件とは関係なく、この試合を取材に行く予定だった。

QBの勉強のため、連盟の枠を越えてクリニック参加

それは愛媛大のQB(クオーターバック)竹内涼(4年、小野田)との約束があったからだ。今年4月、編集長が取材に行った関西学生アメフト連盟主催のQBクリニック。関西学生リーグに所属する大学のQBたちの中に、一人だけ中四国学生リーグの選手がいた。それが竹内だった。紫色のパーカーに赤いキャップという格好が目立ったのもあるが、講師を務めた関西学院大のレジェンドQBの方々に、人なつっこい笑顔で話を聞いていた姿が気になったそうだ。所属連盟の枠を飛び越えてクリニックに参加する行動力にもひかれ、編集長は彼を取材した。別れ際に「秋のシーズンになったら取材に行くからな」と約束したそうだ。そして、9月末ごろ、実際の取材には私が行くことに決まった。

試合会場に着くと、台風19号の影響で強い風が吹き荒れていた。試合前の練習で、竹内の投げるボールが風で流されている。それでも試合は始まった。パスはままならず、パントキックは風で流され、両チームが第4ダウンギャンブルを繰り返さざるを得ないような状況だった。愛媛大のオフェンスは竹内のパスを軸とするだけに苦戦を強いられた。0-9で迎えた第2Q11分すぎ、竹内が見せ場をつくった。WR(ワイドレシーバー)鎌倉広太郎(2年、松山工)に投げた左奥へのパスが成功。60ydのタッチダウンパスとなり、会場は沸いた。しかし後半は得点できず、このまま敗れた。

味方のブロックを信じて走った

愛媛大の選手は26人。竹内をはじめ4人の4回生はみんな、攻守両面で試合に出ていた。竹内はオフェンスの司令塔役であるQBとDB(ディフェンスバック)を兼任し。さらにキッカーとパンターまでやっていた。

竹内は高校まで野球をしていた。関西や関東の1部チームのように十分な指導を受けられない環境の中、独自にフットボールの勉強を積み重ねた。関西や関東の大学の試合やNFLの映像を繰り返し見て研究。古いものでは1980年代のフットボール映像にも学んだ。関西学連のQBクリニックに参加したのも勉強のためだ。とくに関学出身で社会人XリーグのLIXILでプレーする加藤翔平さんの教えが参考になった。「投げ方やメカニズムを教えてもらいました。QBやWRが背負うべきものについて聞いたことは、チームに持ち帰りました」。普段から見聞きしたことはスマートフォンのメモに残す。とくにアメフトのこととなれば、労力を惜しまずやってきた。

ディフェンスでは最後の砦(とりで)として体を張った

新入部員獲得に尽力、最後に味わった苦難

選手の数が足りなくて、試合に出られない時期もあった。竹内が1回生の冬に大量退部があって、選手が9人だけに。2回生の春シーズンは試合ができなかった。竹内は翌年の「新歓係」に立候補した。新入部員獲得の作戦を練った。そして3回生の春。「会って話す」「嘘をつくな」の二大原則のもと、作戦は決行された。よく聞かれる項目をまとめたマニュアルを作成し、アメフトの用具にかかる費用や練習日を正しく伝えた。その甲斐あって12人が入部。その後3人はやめてしまったが、以前よりは退部者が減った。新歓係2年目となった今年の春も13人が入り、やめたのは1人だけ。選手は26人にまでなった。「やめる人が減って、アメフトに対しての熱も上がってきました。これが続けば、きっと強くなれる」

涙のあと、竹内は心の内を明かしてくれた

「火事のことは聞かないでください」。私の取材を受ける前に、竹内が言った。試合後に泣きじゃくったあとだったから、表情も硬かった。いきなりたたみかけるのはやめて、一緒にスタンドで次の試合を見ながら、たわいもない会話をした。竹内は少しずつ重い口を開き、今回の出来事について語り始めた。

「この4年間、俺が必死でやってきたものを壊されたと思った」
部室が焼けて防具一式を失い、一時は試合出場も危ぶまれた。全国からさまざまな支援を受け、やっとのことで出場にこぎつけた。試合の前日、ようやく防具をつけて練習を再開したときに感じた。「やっぱ、アメフトって楽しいな」

「今度は僕が困ってる人に手を差し伸べたい」

竹内は言った。「フットボールをできる幸せを感じました。地方の一番弱いチームを、全国のたくさんの人が応援してくれたことは、うれしかったです。今後もし困ってる人がいたら、僕は手を差し伸べたいと思います。今回のことでそれを学びました」。4年間必死でやってきたフットボールを、いろんな人のおかげで最後までやりきれた。大好きなフットボールから、たくさん学んだ。社会人になってもプレーを続けたいと思っている。

取材が終わり、私は自然と右手を差し出した。竹内がギュッと握り返した。最後は笑顔で別れを告げた私たち。また、きっと会える。そんな気がした。

10月27日、愛媛大は今シーズン最後の試合に臨み、高知大に19-18で勝った。竹内は二つのタッチダウンパスを決めた。竹内ら4回生は、愛媛大学ボンバーズでの4years.を終えた。

竹内の渾身(こんしん)のプレーを忘れない

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