大学陸上・駅伝

特集:第96回箱根駅伝

中央大、実力出しきれず箱根駅伝予選会10位通過 舟津、田母神それぞれの思い

10位で中央大の名前が呼ばれると、舟津(左)と田母神はなんともいえない表情を見せた(撮影・藤井みさ)

第96回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会

10月26日@東京・陸上自衛隊立川駐屯地~立川市街地~国営昭和記念公園
10位 中央大学 10時間56分46秒

選手たちを三重にも四重にもぐるりと取り囲む人垣。白地に「C」ののぼりが立ち並ぶ中央大の陣地では、誰もが息を詰めて結果発表を待っていた。発表のたびにあちこちから上がる歓声と安堵の声を気にしながら、誰も言葉を発しない。

9位、早稲田大学の名前が呼ばれる。そして箱根にいけるのはあと1校だけ。「第10位」そのあとの空白は、永遠にも感じられた。「中央大学」の名前が呼ばれた瞬間、ドッと大歓声があがった。その輪の中心にいた長距離ブロック主将の田母神一喜(4年、学法石川)は、思わず出た涙を隠すように顔を覆った。その隣で駅伝主将の舟津彰馬(4年、福岡大大濠)は思わず前かがみになり、止めていた息を吐き出すようにしたあと、何度も胸をさすった。

目標「1位通過」がまさかのボーダーライン

1月の箱根駅伝で11位となり、中大はあと一歩でシード権を逃した。今回の予選会では「1位通過」を目標に選手たちは立川に乗り込んできた。それだけの練習を積めていたし、チーム全員がまとまっていた。だが、結果的にギリギリのラインでの出場となり、選手たちはみな悔しい気持ちをこらえた表情。笑顔はなかった。それは、合宿でしっかりと走り込め、「自分たちは成長できた」「力がついた」という確実な手応えがあったからだ。しかしその力を発揮できなかった。

「責任は指導者にある」と言い切った藤原監督(撮影・藤井みさ)

藤原正和駅伝監督は涼しい気候でのスピードレースを想定し、ここまで準備をしてきた。しかし当日は暑さに苦しめられた。結果発表後の報告会では「暑さに対応できた選手をほめたい」としたのちに、きっぱりと「私の指導力不足です」と言った。そして3年前、立川で44秒差で箱根駅伝出場を逃したときのことに触れ「いまの4年生には1年生のときに本当に悔しい思いをさせました。いい思いをして卒業させたいと思います。もう一度与えられた2カ月を作り直して、大手町で笑顔でゴールしたいです」と目標を語った。その後、選手とのミーティングでも「みんなが実力を発揮できなかったのは指導側の責任」と強調し、選手にもう一度しっかりと集中しよう、と語りかけた。

舟津「今年こそ笑顔で終わりたい」

舟津は終始、晴れない表情をしていた。予選会メンバーのうちただ一人の4年生として、エースとしての責任を背負って臨んだが、1時間6分54秒で全体188位、チーム9番目の成績に終わった。10位でかろうじて出場権をつかんだことについては「トップを目指していた結果が10位で、10位になれるかすらも不確定だったし、悔しいです」と率直な気持ちを口にした。出場できてホっとしたのでは、との問いかけには「一番は不甲斐ないという気持ちです。一番前でゴールしなきゃいけない自分が、チームの順位を下げてしまったので」。藤原監督も言っていた通り、スピードレースになることを予想して62分半程度で走りきる練習してきたが、想定外の暑さで実力を発揮しきれなかった。

舟津にとって苦しいレースとなった(撮影・北川直樹)

舟津は3年前、1年生ながら駅伝主将を任せられて予選会に臨んだが、87大会続いてきた箱根駅伝出場を逃した。そのときの光景が頭をよぎったか、と聞かれると「少しは……。今回も大丈夫とは思ってなくて、落ちてもおかしくないというか、どうしようという気持ちの方が大きかったです」。だが、首の皮一枚でつながった。「もう一度エースとして認めてもらうために練習して、箱根では区間賞を取りたいです。そしてシードを獲って、今年こそ笑顔で終わりたいです」

舟津たち4年生が入学したタイミングで藤原監督が就任し、いまの4年生は監督とともに歩んできた。「4年間、一から育ててもらったのが自分たちで、藤原さんの集大成も今年だと思ってます。監督に指導していただいたことをしっかり出して、自分たち4年生も含め出し切って、やり切ったと実感して終わりたいです」。今年こそ、やり切る。その言葉に舟津の覚悟がこもる。

田母神「走れないのが悔しくて申し訳なかった」

本戦出場が決まった瞬間、複雑な表情を浮かべていたのが田母神だった。そのときの心境をたずねた。「ホッとした気持ちがあって。でもホッとしたけど悔しさの方が大きかったです。ホッとした3割、悔しさ7割です。夏を越えて本当にトップ通過を狙えるぐらい成長したと感じていたし、『これからの時代を変えていこう』と臨んだ予選会だったので、それが達成できなかったのが悔しいです」

上の代が引退し、田母神は長距離ブロックの主将に任命されたが、もともと中距離が主戦場。夏前までは横田真人氏率いるプロチームを拠点に練習を積んでいた。しかし、中距離のランナーとして世界を狙っていくという「やっていること」と、もっとしっかり中大の主将としてチームをまとめていきたいという「やりたいこと」がかみ合わず、個人としても不調に陥っていた。「両方は無理なので、どっちかを切り捨てようという選択をして。オリンピック、世界陸上はこれから何回も狙えるけど、箱根駅伝はもうこの年しか目指せないと思って決めました」。長距離に専念しようと決めてからは、調子が悪いと感じることはないという。「でも中距離と比べて疲労はすごいですけど」と笑う。

レース前、田母神は後輩たちに話しかけて緊張をほぐしていた(撮影・藤井みさ)

夏前に本格的にチームに合流した田母神は、この予選会へのメンバー入りは間に合わないだろうとはじめから思っていた。しかし夏合宿でAチームでの練習をこなし、いけるのではないかという手応えも感じ始めていた。だが、メンバー入りまでは至らなかった。「結果的に今日調子が悪い舟津が唯一の4年生で走って、すべての責任を負わせてしまったのがキャプテンとしても申し訳ない気持ちです。自分としてもチームとしても悔しい予選会になりました」

総合力で戦い、個人としては「箱根駅伝を走る」を目標に

プロチームにいた田母神にとって、陸上部キャプテンとして悩んだのは「競技意識の部分」だという。「プロだと結果がすべて。でも大学スポーツって、プロセスや背景が大事と言われることもあって、その差にすごく悩みました。でも監督に『プロとして当たり前のレベルをやってほしい。一流の選手がやってるんだから俺たちもやらないとという姿勢を見せていってほしい』と言われて」。最初はみんなに理解されなかったという。それを変えて、シード権を獲るために何をすべきか、最低限の約束のラインを決めてそれを絶対に守ろう、という姿勢で少しずつチームに意識を浸透させていった。「今年は大エースと言える選手がいないので、総合力で戦う意識でした。全員が同じ練習を同じようにできて、いいチームになったという手応えがありました」。だからこそより、悔しさが大きい。

いま個人の競技者としての目標を問われて、田母神はまっすぐに答えた。「箱根駅伝を目指すという意識で取り組んだからには、やっぱり(箱根を)走りたいです。目標のところには『箱根駅伝区間賞』って書いたんですけど……それは夢です(笑)! 目標じゃなくて、夢ですね。目標はまずしっかり箱根駅伝を走ること。本気になればできるんだよ、というのを後輩に伝えたいです」

悔しさを糧に、箱根では快走を誓う(撮影・藤井みさ)

田母神と舟津、ふたりのキャプテンが引っ張る中大。あと2カ月と少しで、どれほど強いチームになっていけるだろうか。

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