大学野球

特集:第50回明治神宮野球大会

帰ってきた関大のエース肥後皓介 チームメイトへの感謝と日本一への思い

決勝で交代する森(左)と肥後

明治神宮大会初戦の金沢学院大との試合、5-0の9回1死で、ついに関大のエースの名前がコールされた。肥後皓介(4年、広陵)。春季リーグ以降、肩のけがによりマウンドを離れていた男が夢の舞台で復活を遂げた瞬間だった。

復活のエースが締めくくり47年ぶり初戦突破

戦友・森翔平(4年、鳥取商)が魂のピッチングで守り抜いた0が並ぶスコアボード。「やっと帰ってきたな」と、森は肥後に全てを託した。スタジアムが割れんばかりの肥後コールの中、投じた1球目はストライク。目の前の勝利だけを見すえ、初めての神宮のマウンドで堂々と右腕を振り下ろす。1人目を一瞬ヒヤリとするライトフライに打ち取ると、迎えた最終打者の打球を一塁手・上神雄三(1年、佐久長聖)が取り、ボールを受け取った肥後が自ら一塁ベースを踏む。その瞬間、大歓声が上がった。

初戦 復帰戦で吠える肥後

笑顔でスタンドの前に整列し、47年ぶり神宮初戦突破に晴れやかな表情を見せる関大の選手たち。列の最後尾に並ぶ肥後が「やっと完封リレーできたな」と、隣に立つ森に声を掛けると、「(1人で)完封したかったけどな」と森は笑顔で応えた。2人の4年生ピッチャーの強い絆が、全国の地での完封リレーを完成させた。肥後は初めての神宮のマウンドについて聞かれると「何度もブルペンには立っていたので、『こんな感じかー』ってくらいだった(笑)。まだ先はあるが、とにかく1勝することを考えて。とにかく勝てて良かった」と口にした。

苦しすぎる決断に涙した夏

つらく、長い春だった。新エースとして今年の春を過ごしたが、打線が不調で沈黙。肥後が1失点に抑えても勝てず、5節中4節が2戦では決着がつかず3回戦へ。誰よりも投げ、疲労よりも勝てないことが何より苦しかった。そして、1戦目と3戦目を先発登板したことで日に日に増していく肩の痛み。だましながらのピッチングも、ついに限界を迎えた。

「春リーグ終わってから休めばいけると思っていたが、思ったより駄目だった。肩も上がらないし、夜も寝れないし、夏もほぼ投げず治療ばかりしていた」と、けがに悩まされた日々を振り返った。秋季リーグを見据え、8月に練習を再開するも投げられない。無理に投げ続けた代償は大きかった。そして選んだのは、自分にとって最後のリーグをスタンドで過ごすという選択だった。「秋に投げてもチームを勝たせられない」と自ら決め、仲間たちにマウンドを託した。チームを思うが故の苦しすぎる決断に、肥後は涙を流したこともあった。

神宮大会進出で見えた一縷(いちる)の望み

秋季リーグをチームは森と高野脩汰(3年、出雲商)のダブル左腕で迎えた。投げられないもどかしさを、肥後はエールという形でグラウンドにぶつけた。しかし、1番手投手の高野も1戦目と3戦目を投げるうちに、だんだんと調子が落ちていく。「高野には、自分の責任でこうなってしまった悔しさと申し訳なさばかり。負けた時に『すみません』と言われたのは心にきた」。同期のように仲のいい3回生に負担を背負わせてしまったことが、何より肥後の心を締め付けた。

決勝後 泣く森をねぎらう肥後

それでも、森の猛奮闘でチームは着々と勝ち点を積んでいく。「神宮に連れて行ってくれる気しかしなかったし、信じていた」と、肥後も戦友の活躍に涙を流して喜んだ。そして森の好投が勝利を導き、リーグと関西を制覇。2年ぶりの神宮出場をつかんだ。「神宮に行けば間に合うかもしれない」と、肥後は夏ごろから口にしていた。そんな小さな希望をかなえるため、着々と準備を進めていた。日に日にキャッチボールの距離が伸びていき、投げられることに心の底から喜びを感じた。

エースの劇的復活で全国制覇に王手

そして、言葉通り神宮に間に合った。関西地区代表決定戦勝利後に練習を一気に詰め、大会直前にベンチ入りすると、初戦の前に森とキャップを交換した。それは、秋季リーグで肥後が「楽しめよ!!」とメッセージを書いたキャップ。「帽子のサイズが合ってなかっただけ」と言いながらも、神宮での3日間を森の思いと共にそのキャップを深くかぶって臨んだ。

森のキャップをかぶって投球する肥後

そうして気付けば3連投の大車輪で、関西勢22年ぶりの神宮決勝出場に大きく貢献した。しかし、決勝戦では肥後は4失点を喫し、慶應大に完敗。全国制覇というチームの目標にあと一歩及ばなかったものの、47年もの間、関大野球部が見ることのできなかった景色を目にした。

夢の舞台で劇的復活を果たしたエースは試合後、何度もチームメイトへの感謝を口にした。「神宮に連れて行ってもらえたことに感謝しかない。チームメイトが支えてくれた。このチームじゃなかったらここまでやれていない。うれしさも悔しさもあるが、関大で良かった。4年間やってきて良かった」。勝利を諦めなかったのは肥後も同じ。最後のリーグ戦出場を断念した男が、誰よりも長く大学野球を続けたのは、小さな希望を捨てずに持ち続けたからだ。最初で最後の神宮のマウンドで、最高の夢を見せてくれたエースは、「やり返したいし、日本一を取りたい」と、次のステージでリベンジを誓った。日本一を目の前で逃した悔しさを糧に、来年の社会人野球で肥後がどんな姿を見せるのか。エース肥後、おかえり。