大学ラグビー

特集:早稲田ラグビー部SO岸岡智樹の日記

オール早稲田でつかんだ日本一 すばらしい財産を胸に大学ラグビーを引退します 

新装なった国立競技場での初めてのラグビー試合として、大学選手権決勝が開催された(撮影・谷本結利)

ラグビー 第56回全国大学選手権 決勝

1月11日@東京・国立競技場
早稲田大 45-35 明治大
早稲田は11年ぶり16度目の優勝

早稲田大学ラグビー蹴球部は創部101年目の今シーズン、11シーズンぶりとなる大学選手権優勝をなし遂げました。4years.では、早稲田の司令塔役を担うSO(スタンドオフ)の岸岡智樹(4年、東海大仰星)に、試合に臨む直前の思いや、試合中に何を考えていたのかといったことを日記の形でつづってもらってきました。最終回はもちろん、1月11日の大学選手権決勝について書いてくれました。

地元花園での大学選手権初戦 僕たち早稲田が1月11日に勝つには、まだ足りない

1月10日 明治大戦前日

大学選手権決勝。4年間夢に見た舞台にやっと立てます。

1月2日の準決勝で天理大学に勝ち、昨年度のチームの結果を上回ることができました。決勝に進めるチャンスを自身の手でつかめたときは本当に歓喜の渦の中でした。決勝前日になっても、当日を迎えるまで本当に実感が湧きません。大学ラグビーの中でももっとも名誉のある大学選手権優勝。そこまであと一つ。あと1勝でつかみ取れます。その心の準備をする難しさを感じています。

新国立競技場。こんな最高の舞台で、決勝という最高のステージに立てることを本当に幸せに思います。ラグビーワールドカップ日本大会での日本代表の活躍のおかげで、新国立競技場という舞台での決勝が実現したのだと思っています。日本中のみなさんが日本代表から勇気や感動をもらったように、大学生である僕らも多くの人にそれらを届けられるよう、ひたむきにプレーし続けます。

【Reborn ~破壊/創造~】
早稲田大学が掲げた大学選手権のテーマです。

早稲田大学として6年ぶりの決勝、11年ぶりの優勝。23年ぶりとなる早明戦での頂上決戦。令和最初の決勝での早明戦。たくさんのとらえ方がある試合です。でも、僕たちとしてはこの1戦にすべてをぶつけるだけです。

4年間ここまで何一つタイトルをとれず、伝統のある早稲田が低迷していると評されることもありましたが、この現状を「破壊」し、新たな歴史を「創造」する一歩に、この決勝は必ずなります。その原動力となるチャンスがあります。こんなにも誇らしいことはありません。あとは自分たちの手でつかめるかどうかです。

そのためにチームとしては1年間、個人としては4年間ラグビーに取り組んできました。チャンスはある種、平等に転がってくるでしょう。この大学選手権決勝までの試合で、そのチャンスはつかめました。最後のチャンスをつかめるよう、最大限の準備をして挑みます。

【荒ぶる】
有名ではありますが、これは大学選手権で優勝したときにのみ歌える第2部歌です。早稲田ラグビーに引き継がれる「荒ぶる」。これがどれだけの歴史を刻んできたものなのか。僕自身4年間まだ1度もたどり着けていないので、分からないところもあると思います。でも4年目だからこそ、その重みは理解できます。80分が終わり、ノーサイドのホイッスルが鳴ったときに、そのすべてが理解できる。そう思います。勝って荒ぶるを歌いたい。こんな名誉なことが目の前にあることに感謝しながら、最高の相手にリベンジできる幸せをかみしめ、プレーします。

【For One】
齋藤の代のスローガンです。このスローガンには、日本一のために各々ができることをやり続ける。そんな意味が込められています。また選手だけではなく、監督、コーチ、スタッフだけでもなく、ファンの方々や早稲田ラグビーに関わるすべての人と一つになるという意味も込められています。決勝という舞台でこの「For One」を全員で体現します。必ず日本一になり、「荒ぶる」を歌います。

決勝を前に「For One」を全員で体現すると心に決めた(撮影・谷本結利)

1月11日 明治大戦当日

昨年12月1日にあった対抗戦の早明戦で完敗してから約40日。その間に日大戦と天理戦はありましたが、早稲田は1月11日の決勝だけを見定め、そのために必要なことを100%準備してきました。その結果がこの勝利に結びついたと思います。

これまでで最も完璧な前半の40分

誰も予想することのできなかった展開でハーフタイムを迎えることになりました。31-0。僕たち試合に出ていた選手も、驚く内容でした。

試合開始から明治はバックス、フォワード一体となってグラウンドを大きく使い、攻めてきました。対抗戦では、その攻撃に対して我慢強くディフェンスすることができませんでした。ですが決勝では、ディフェンスでもリベンジを誓って挑み、相手の攻撃をまったく機能させることなく守り抜きました。その結果、相手の反則を誘い、SH齋藤直人(4年、桐蔭学園)のPG(ペナルティーゴール)で3点を先制できました。

その後、前半で4トライをとれました。トライシーンを振り返ると、セットプレーから少ないフェーズでトライをとる近年の早稲田の形でファーストトライを奪い、2トライ目は今年の早稲田を象徴するBKでのトライをとれました。さらに、1年間地道な練習を積み重ねたFWがラインアウトからのモールでトライ。モールは明治が強みとしている部分なので、早稲田の勢いを加速させるプレーとなりました。

前半の40分はこれまでで最も完璧な試合運びだった(撮影・谷本結利)

前半は僕自身が経験したこれまでの試合の中で、もっとも完璧な40分だったと思います。試合前から懸念していた、新国立競技場の特徴でもあるインゴールの狭さを考えたエリアマネジメント。サインを出す順番、ドロップゴールなど、すべての判断において100点に近い評価ができると思います。

明治のトライラッシュ、負けが頭をよぎった

ハーフタイム。早稲田のロッカーでは「いける」と、少し浮足立っていたように、いまだからこそ思います。後半、明治が怒涛(どとう)の反撃をしかけてくるのは分かってました。だけど、やはり止められなかった。王者の意地、実力を、肌で感じた瞬間でした。

前半はエリアマネジメント含め、明治の強力FWを走らせ、疲れさせられました。でも後半の明治はスタートからサインプレーも惜しむことなく使い、いかに効率よく得点をとれるかにフォーカスしていたように感じます。後半の主導権は明治が握っていました。

後半の苦しい場面で「やりきろう」と再確認した(撮影・谷本結利)

残り20分で17点差にまで追い上げられました。試合の流れ、得点、時間帯を考えると、明治が逆転する見込みは十分にありました。3連続目のトライを許してしまい、10点にされた瞬間は何も考えられませんでした。頭が真っ白になる感覚です。このときは本当に負けが頭をよぎりました。トライされた後のインゴールでの円陣では「やりきろう」と、自分たちがやらなければいけないことを明確にし、再確認しました。その後、桑山のトライで再度17点差に広げられました。このトライで試合が決まったように思います。

最初の3点の重み

後半は10点差まで縮められましたが、1トライ1ゴールの7点に加え、3点のリードがあることで、早稲田としては精神的に優位に立てました。10点差にされても、ここで5点を取れれば2トライ2ゴールでも追いつかない、一般的にセーフティーリードと呼ばれる点差に持ち込めるからです。その精神的優位が、窮地に立たされた選手の判断を狂わせなかったのだと思います。

前半は相手の反則に対してPGで3点を狙った部分、その次はPGでなくトライを狙いにいった部分と、どちらもいい判断でした。ラグビーにおいて得点方法は複数個存在するので、その部分すらもコントロールできていたのかなと思います。

「荒ぶる」を歌い上げた直後の早稲田の部員たち(撮影・安本夏望)

この時間がもっと続いてほしい

大学4年目でようやく「荒ぶる」を歌えました。本当に多くの方に応援していただき、その期待に応えるべく、最高の形で恩返しができたことを本当に幸せに思います。

僕自身高校3年生のときに、高校日本一になりました。大学生となり、4年目の自分自身の代で大学日本一になりました。4年前の花園の決勝も1月11日でした。運命を感じています。

人生の中で、一番になるという経験ができる人はそう多くないと思います。僕は2度も味わわせてもらいました。日本一という最高の景色。これをこの齋藤の代で共有できたことは、本当に財産です。同時に、その難しさも身に染みて感じさせられたような気がします。

早稲田はダメだと言われた時期もあった。でも最後の最後にタイトルをつかめた(撮影・谷本結利)

また、僕たちだけではこの優勝をなしとげられませんでした。監督やコーチ、スタッフはもちろん、部の関係者、たくさんのOBの方々、保護者、ファンのみなさま。何よりここまで切磋琢磨(せっさたくま)してこられた、よきライバルである明治。本当に多くの方の存在があって、僕たちは「荒ぶる」をとることができました。

大学ラグビーの試合に5万7345人ものお客さんが集まることは、まずないでしょう。それほどまでに注目された試合に出場でき、本当に幸せでした。試合自体は早く終わってほしいと思う時間帯もありましたが、「この時間がもっと続いてほしい」「このグラウンドでずっとラグビーボールを追いかけ続けたい」と、心の底から思いました。

相良監督(左)を始め、いろいろな方々の支えでこの栄誉を手にできた(撮影・安本夏望)

この4年間、本当に多くの方の支えがあって、ここまで歩めました。本当に多くのご支援、ご声援ありがとうございました。
最後の最後に大学日本一というタイトルをとり、僕は大学ラグビーを引退します。