仲間の存在が心の支えに 同志社女子ラクロス副将・黒岩優花のラクロス人生
一つのチームには、いろんな人がいる。試合に出ることができる人、できない人。指導する人、外から支える人。そして、その誰もが胸の奥にさまざまな思いを抱えている。
「人生で一番、挫折を経験した4年間」。これは、どんなときも笑顔で、明るくチームを支えた副将・黒岩優花(4年、四条畷)の言葉だ。いつも人一倍大きな声で応援ソングを歌う彼女の姿は、「挫折」とはほど遠いように見えた。しかし、それは仲間の存在と、何より彼女自身の強さがあって「挫折」を乗り越えられたからだった。
ラクロスを嫌いになったこともあった
プレーヤーとして入部した彼女は、持ち前の運動神経の良さと努力でめきめきと上達し、その腕前は初心者ながらAチームの練習に参加するほどだった。3年後には大きな舞台に立つことを本気で夢見た。だが、1回生の終わりに大きなけがをしてしまう。
「ラクロスができない」。毎日をラクロスに捧げていた彼女にとって、その事実はあまりにも重くつらいものだった。みんながラクロスをしていても、自分はできない。みんなが試合に出ても、自分は出られない。好きだったラクロスを嫌いになったこともあったという。
それでも、ラクロス部をやめなかった理由についてこう語った。
「(ラクロスを)嫌いになったこともあった。でもそれ以上に、仲間が、ラクロスを大好きな同期がいてくれたおかげでやり遂げようと思えたし、やめなかった」
笑顔の裏に秘めた強さを忘れない
どうしようもない悔しさや、葛藤があった。それでも続ける覚悟とやり遂げる強さを持ち、もう一度立ち上がることができたのは、一緒に練習をしてきた仲間の存在が彼女の心を支えたからだ。
立教大との全日本大学選手権決勝戦、同志社は6-10で破れ、初の全国制覇はなし遂げられなかった。それでも「ラストイヤーに、みんなとこんなに大きな舞台に一緒に立たせてもらえて、本当によかった」。黒岩はそう、ラクロス人生を振り返った。
試合は、フィールドに立つ人だけのものではない。チームに関わるすべての人が思いや願いを込め、勝利の感動に、そして敗北の悔しさに心を震わす。もちろん彼女もその一人だ。いつも明るい、元気印の副将。その笑顔の裏に秘めた強さを、仲間たちはきっと忘れないだろう。