大学アメフト

本格的にアメフトを始め、1年弱で日本代表候補に 福井工大野球部OB河上遼

ボールへの集中力、執着心は極めて強い(アメフトの写真はすべて撮影・北川直樹)

アメフトの日本代表とTHE SPRING LEAGUE選抜との国際試合が3月1日、アメリカのテキサス州フリスコ市で開催される。5年ぶりに日本代表をつくるためのトライアウトが2月上旬にあり、55人の代表候補が選ばれ、練習を経て45人の代表メンバーが決まった。本格的な競技歴が1年未満ながら、代表候補に入った男に注目した。

抜群の身体能力、知識はまだまだ

40ydダッシュや立ち幅跳び、ベンチプレスといった種目や実技によるトライアウトに合格した55人の代表候補が28日、練習のために川崎市内のグラウンドに集まった。その一人が、社会人Xリーグ1AREAの名古屋サイクロンズに所属するWR(ワイドレシーバー)河上遼(22)だった。福井工業大までは野球一筋。抜群の身体能力でトライアウトを突破したが、代表候補の練習では分からないことだらけ。ミーティングも練習内容も理解できなくて戸惑っていた。ただ、DB(ディフェンスバック)とのマンツーマン勝負では、そのスピードとボールへの高い執着心で完勝するシーンもあった。この日の練習でアキレス腱(けん)を痛め、翌日の練習から外れた。結局、代表の45人には残れなかった。 

ディフェンスとのマンツーマン勝負では奮闘していた

河上は福井市で生まれ育った。小2で野球を始め、中学校の野球部で軟式球を追った。父が電気工事の会社を経営している。兄は警察官になりたいという希望があったため、河上は家の仕事を継ぐのを頭に入れて、工業高校である県立科学技術高に進んだ。電気工事士などの資格をとる一方で硬式野球に取り組んだ。キャッチャーとして高1の秋からレギュラー。高3の春は県ベスト8。しかし最後の夏は福井大会1回戦で敦賀工に負けた。最速150kmを誇る相手エースに抑え込まれ、1-5のスコアだったが、一矢を報いたのが河上だった。 

高校3年生の夏、福井大会の1回戦。勇ましいキャッチャー河上(撮影・朝日新聞社)

最速150kmの男から放った一発で大学へ

6回先頭バッターとして右打席に入った。河上は父の言葉を思い出していた。野球を始めてから常々、言われていた。「どうしようもなくなったら、1、2、3でいけ」と。その通り、まっすぐに対してフルスイングした。バットの先に当たり、感触もたいしてよくなかった。「レフトフライかな」と思った。フラフラと上がった打球は、しかし、伸びてスタンドに飛び込んだ。高校通算のホームランは本人いわく「10本ぐらい」。その最後の一発だった。 

そのホームランを福井工大野球部の監督が見ていた。本来のお目当てはもちろん、相手のエースだ。それでもまもなく、河上にも声がかかった。大学で野球を続けるつもりはなかったが、この一発で上のレベルで野球を続ける決断をした。相手のエース山本凌(りょう)とともに、スポーツ推薦で福井工大へ進んだ。 

北陸の強豪だけに野球部には部員が200人もいて、弱小高校のキャッチャーでは歯が立たなかった。ただコーチには身体能力の高さを評価され、1年生の夏には外野手になった。1軍と2軍をいったりきたりの日々。1軍でのチャンスを生かせないことが続き、2年生のときは腐りかけた。2年生の冬になると、将来についてコーチと面談することになっている。コーチは言った。「お前は上で野球を続けるというのはない。でもその身体能力は生かした方がいい」。そして陸上の十種競技を勧められた。調べてみると、とんでもないアスリートが集まる世界だ。さすがに無理だと思った。

チームでも89番。「や・きゅう」だからだそうだ

コーチの助言でアメフトに目を向けた

河上の頭に浮かんだのがアメフトだ。なぜかアメフトを見るのは好きで、テレビでたまにNFLの試合を見ていた。調べてみると、社会人にX(エックス)リーグというのがあるらしい。3年生になると、関西の二つのチームに初心者でも入れるのかとメールを送ってみた。どちらからも返信すらなかった。名古屋サイクロンズのホームページには、小さく勧誘担当者の電話番号が書いてあった。 

電話をかけると、「いちど来てみるか?」と言ってくれた。野球部の練習を休ませてもらって、秋のリーグ戦を観戦に行った。サイクロンズは9-10で負けた。いいオッサンたちが泣いていた。そのアツさが心に響いた。4年生の春に野球部を引退すると、夏から名古屋までサイクロンズの練習に通った。就活では名古屋にある電気工事関係の会社に内定。秋のシーズンになると、試合の日はチームの仕事を手伝った。練習でいろんなポジションを経験させてもらったが、やはりボールを捕るWRがしっくりきた。去年の春に名古屋で働き始め、本格的に練習に加わった。 

40ydダッシュは4秒721で、トライアウト受験者中3位だった

どんなに初歩的なことを聞いても、サイクロンズの人たちは嫌な顔もせず教えてくれた。徐々にWRとしてのプレーのやり方を覚え、持ち前の高い身体能力が発揮できるようになってきた。チーム内での存在も、少しずつ大きくなってきた。

親と会社同僚、野球友だちの前で初TD 

ついに秋のリーグ戦が始まった。初戦からフィールドに立ち、2試合目で初TDを決めた。第2クオーター(Q11分すぎ、ゴール前28ydからのプレー。左サイドで横パスを受け、味方のナイスブロックにも助けられて前へ、前へ。エンドゾーンの手前で追っ手が来ていることに気付き、飛び込もうと思ったら、ずっこけたような形になった。カッコ悪かったが、このTDは心からうれしかったという。「名古屋での試合で、親も福井から見に来てたし、大学の友だちも会社の人たちも見に来てくれてました。そこでTDできて、ちゃんとアメフト頑張ってるって分かってもらえたと思います」 

3試合目のアサヒビール戦には大敗したが、一つの思いを果たした。まだ選手として加わっていなかった一つ前のシーズン。富士通スタジアム川崎での試合で負けたあと、QBの伊藤尚輝(29、大阪大)が泣いていた。「そのとき伊藤さんに言われたんです。試合でお前にタテのパスを投げたいわ、って。伊藤さんがそのシーズンで引退かもって言われてたんですけど、僕は『一緒にやりましょう。絶対捕りますから』って言いました」。アサヒビール戦は、その富士通スタジアム川崎が舞台だ。第4Q、そのときが来た。自陣20ydからのプレー。右サイドにいた河上がタテのルートで相手をぶっちぎって、伊藤からのロングパスをキャッチ、さらに30ydあまり走ってゴール前10ydまで迫った。しかもそのあと、TDも伊藤から河上へのパスで決めた。「伊藤さんとの約束を果たせて、ほんとによかったと思いました。同じスタジアムだったし、絶対に決めたかった」。河上は当時を思い出したのか、興奮気味に言った。 

代表候補の練習の合間、IBMの近江(左)から体の使い方を教えてもらった

始めて選手として経験したリーグ戦は33敗。河上自身は20回のキャッチで実に454ydを稼ぎ、四つのTD。捕球回数は1AREA2位だった。実質アメフト1年目にしては、これ以上ないパフォーマンスといえる。周囲の人たちは驚き、「いますぐもっと強いチームに移った方がいい」と、河上に言ってくる。そこで浮かれないのが、この男だ。 

アメフトが一番という人生は想像できない

「上のレベルでもやれる自信はあります。でもチームを変わったりすると仕事もやめないといけない。一歩踏み出せば、もっと活躍できるのかもしれないですけど、人生それだけじゃない。アメフトが一番っていう人生は想像できないです」。その思いは、今回の日本代表候補の練習に参加しても変わらなかった。

「日本のトップの人たちと練習して、本当にアメフトに人生をかけてるんだと感じましたし、本気だってのがよく分かりました。まだ気持ちの固まってない自分がここにいるべきじゃないと思いました」。だから55人から45人になるところで落選すると、それ以降の練習参加は辞退した。練習で使ったユニフォームを返送するとき、お世話になった代表のコーチのみなさんに向け、いまの率直な思いを手紙にして、添えた。 

サイクロンズに戻って練習すると、心から楽しかった。アメフト初心者の自分に何もかも教えてくれた先輩たち。中でも河上は3人の名前を挙げる。 

富士通の宜本潤平(15番)からは「難しく考えんと、いまは楽しめ」との助言を受けた

「レシーバーの安田さん(優、32、名古屋大)はいつも明るくてプラス思考で、僕の支えになるような言葉をかけてくれます。永井さん(洋輔、31、南山大)は厳しい人で、初心者の甘えを消してくれます。僕のひとことを流さずに、アメフト選手としてどうあるべきか教えてくれます。QBの神谷さん(壮哉、28、愛知学院大)は去年、レシーバーもしてて、練習中にハアハア言ってる中でも、僕の初心者すぎる質問に嫌な顔一つせず答えてくれました。試合に出られなくてもチームのために動いてるのを見てきました。だから神谷さんからのロングパスを捕れたのもうれしかったです」。サイクロンズを愛しているのが伝わってくる。 

教えてもらったことは、すぐに試す

野球選手だったころから、河上がずっと心に置いていることがある。それは、教えてもらったことは、すぐに試すということだ。「そうすれば早くできるようになるし、教えてくれた人も嫌な気はしないと思うんです」。代表候補の練習でも、板井征人コーチ(東京ガス)から教えてもらった低いリリースの仕方をすぐに試し、ものにしていた。おそらく仕事でも、このスタンスなのだろう。 

名古屋のスーパーWRは仕事に全力で取り組み、愛するサイクロンズで2年目のアメフトを楽しみつくす。その先に何が待っているか。誰も知らない。

河上のアメフト人生はキックオフしたばかりだ

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