大学ラグビー

立命館大WTB木田晴斗 関西大倉高時代は無印の男、たどり着いた桜のジャージー

立命館大の木田は、3月6日からの大会に胸を高鳴らせる(撮影・斉藤健仁)

今年もまた、桜のジャージーを身にまとう瞬間を心待ちにする男がいる。 

立命館大ラグビー部のエースのひとり、WTB/CTBの木田晴斗(2年、関西大倉)だ。2年連続で日本代表に準じる「ジュニア・ジャパン」のメンバーに選ばれた。まもなくフィジーで開幕する国際大会「ワールドラグビーパシフィックチャレンジ」に出場する。50m62のスピードだけでなく、フィジカルが武器のフィニッシャーだ。 

無名校出身でも1回生から活躍

関西大倉高校時代は、花園の大阪府予選で3地区の一つでベスト8になったのが最高だった。おととしの春、立命館大に進学した木田はラグビーの世界では無名の高校出身ながら、はい上がってレギュラーの座についた。秋の関西大学Aリーグでは1回生ながら6トライを挙げ、頭角を現した。その活躍が水間良武監督の目にとまり、ジュニア・ジャパンとU20日本代表に選ばれた。 

昨年3月、ジュニア・ジャパンの一員として初めて日本代表のジャージー身をまとった木田は、フィジー・ウォリアーズ戦、トンガA代表戦でトライ。そのまま昨年4月、U20日本代表にも選ばれたが、U20オーストラリア代表戦で右ひざを痛めてしまい、7月のこの世代の国際大会には出られなかった。 

高校時代は高校ジャパンの候補にすら名前が挙がらなかった木田は、立命館に入ると「U20日本代表やジュニア・ジャパンに入ること」を目標に掲げた。見事に目標をクリア。「初めて桜のジャージーを着られてうれしかったです」と、満面の笑みで振り返った。 

誰よりも練習している自負がある(右手前が木田、撮影・安本夏望)

そしてこの春、木田は再びジュニア・ジャパンに選出された。「去年は海外の選手に自分の強みであるフィジカルは通用したんですけど、フィジーの選手は速くてスピードで全然勝てなかった。スピードトレーニングとして(オフの期間に)腸腰筋を鍛えてました」と、1年ぶりの海外遠征にしっかり備えてきた。 

小4のとき、極真空手の世界Jr.選手権でV

本職のWTBだけでなくCTBとしてプレーすることもある木田は身長175cm、体重88kgのがっしりした体格だ。2回生として迎えた昨秋の関西大学Aリーグでも5トライを決めた。そんな木田の高い運動能力、肉体的な強さは極真空手によって養われたものだった。 

体の強さは中学2年まで取り組んだ空手で培われた(撮影・安本夏望)

兵庫県川西市出身。幼稚園のころから空手をやっていた。友だちに誘われて、小5から宝塚ラグビースクール(兵庫)で楕円(だえん)球も追い始めた。空手では同世代で日本有数の実力を誇った。小4のときには極真空手の世界ジュニア選手権で優勝。同じ大会で、キックボクサーの那須川天心(21)が1学年上の王者に輝いていたという。 

「ボールを使う競技が楽しかった」と、中学からラグビーに専念しようと思っていた。そうはいかなかったが、空手は中2まででやめたという。「(関西大倉)高校にラグビー部があるんだから、中学にもあるだろう」と思い込み、受験して大阪の関西大倉中学校に進んだ。 

中1でラグビー部をつくってしまう情熱

しかし、関西大倉中にはラグビー部がなかった。木田はあきらめず、すぐに動いた。高校のラグビー部の顧問だった土井川功監督に会いにいき、「中学にもラグビー部を作ってほしい」と頼んだ。これが実現した。中1と中2のときは人数が足りなくて試合ができなかったが、中3のときには部員が20人ほど(中学は12人制)になり、大阪府の大会で1回は勝てるようになった。木田は当時、CTBでプレーすることが多かった。部を創設した張本人だけに、キャプテンを務めた。 

中学1年生のとき、自分でラグビー部をつくってしまった(撮影・斉藤健仁)

内部進学で高校に上がり、土井川監督が率いるラグビー部に入った。アメフトで有名な高校だったこともあり、部員があまり多くはなく、前述のように大阪府の花園予選では3地区の一つでグループリーグを勝ち上がり、ベスト8に進出するのがやっと。木田が3年生のときはけがのため思うようにプレーできず、グループリーグで敗退した。 

「大学でもラグビーを続ける」と決めていた木田は、立命館の練習に参加させてもらい、スポーツ推薦での進学を取り付けた。スポーツ推薦の学生が多いスポーツ健康学部ではなく、情報理工学部に進学した。土井川監督から「せっかく理系で勉強してきたんだから、いままでのことをムダにしないように」と言われ、それを受け入れたという。 

スポーツ健康学部と同じく、情報理工学部もラグビー部のグラウンドがある「びわこ・くさつキャンパス」(滋賀県草津市)にある。しかし、ラグビー部と理系学部の両立は、木田が思っていた以上に大変だった。 

学年でたったひとりの情報理工学部生

立命館のラグビー部には寮がなく、木田は一人暮らし。朝練習はウェイトトレーニング中心で、午後の練習は午後6時に始まる。ほかの学年には情報理工学部の選手が67人いるケースもあるそうだが、2回生には木田ひとり。プログラミングや毎週出される課題などがあって、夕方の練習に最初から出るためには授業の空きコマも勉強しないといけない。 

「情報理工学部の教授は、ラグビー部だからといって考慮してくれません。(ほかの学部の)みんなが休憩してる間に課題をやっているので、単位はどうにか取れてます。教職は取ったら厳しくなるので取ってません」 

授業の空きコマもプログラミングや課題に取り組む(撮影・斉藤健仁)

そんな厳しい環境の中でも、木田は自分と向き合った。朝練習だけでなく、練習後もスキルやウェイトトレーニングなどを重ねた。「関西大倉の練習は強豪チームと比べてレベルは高くなかった。だから強豪高から来た選手よりも練習しないとAチームには上がれないと思ってました。それができてる自負はあります」 

個人練習も実り、早くも1回生からの活躍につながった。ベンチプレスのマックスは140kg、スクワットは200kgほど。体幹、足腰の強さが強みだ。「BKなので、スクワットはあまりやってません。階段を上ったりして足腰を鍛えてます」。サラッと言った。 

3月6日に初戦、流れを変えられる存在に

昨秋の同志社大戦でオフロードパスを放つ木田(撮影・安本夏望)

ジュニア・ジャパンは36日のトンガA代表戦を皮切りに、10日にサモアA代表、14日にフィジー・ウォリアーズと対戦する。一昨年、昨年は21敗とフィジー・ウォリアーズの後塵(こうじん)を拝した。今年の目標は3戦全勝、つまり優勝である。 

U20世代の若い選手も多い中、昨年もこの大会を経験している木田について水間監督は「晴斗はプレイヤーとしても勝ち気でいい選手。強さとトライを取る力だけでなく、トークもできる」。プレーだけでなくリーダーシップにも信頼を置く。木田本人は「去年はけがをして、U20日本代表で途中から出られなくて悔しかった。もう1度(世界の強豪と戦う)チャンスをもらったので、その借りを返したい」と意気込んでいる。 

木田は自分の課題について、こう話す。「いい状態でボールをもらうと活躍できるんですけど、まだ全然、流れを変えるプレイヤーにはなれてない。自分たちが不利な状況やアンストラクチャー(崩れた状態)で活躍できるプレイヤーになりたいです」。志は高い。 

海外で活躍する選手になりたい

あこがれの選手はニュージーランド代表のWTBセブ・リース(23)。ラグビー選手としての目標は「フランスやイングランド、スーパーラグビーなど海外で活躍する選手になりたい」と、大学卒業後、プロのラグビー選手になる意志は固い。 

「高いレベルでやって、もっと自分を上のレベルに持っていきたい」と、日々、努力を重ねている木田。再び桜のジャージーを着て、世界を向こうに回したチャレンジが始まる。

前向きな心と努力で、どこまでのし上がっていくか楽しみだ(撮影・斉藤健仁)