大学アメフト

特集:駆け抜けた4years. 2020

神戸大レイバンズDB増田亮 関西3位への躍進を支えた「最も忙しい男」

東京ボウルで学生フットボーラーとしての試合が終わり、増田はスタンドを見つめる(すべて撮影・篠原大輔)

2019年の神戸大学アメフト部レイバンズは「日本一」の目標に向かって戦い抜いた。関西学生リーグ1部で関西大から11年ぶりの白星を挙げ、王者関西学院大には15-17の惜敗。チーム最高となる27年ぶり3度目のリーグ戦5勝をマークし、3位で全日本大学選手権に初出場した。2部降格をきっかけに学生主体のチーム作りに回帰して3年目。躍進したチームにあって、DB(ディフェンスバック)の増田亮(4年、高槻)は試合中、最も忙しい男だった。 

初めて駒を進めた全日本大学選手権で、関学と再戦。リベンジはならなかった

関西のインターセプト王、オフェンス以外は出ずっぱり

昨年128日にあった東西大学対抗戦第6回「東京ボウル」で、神戸大は法政大(関東1TOP8 2位)と対戦した。この日も神戸大の22番は本職のDBでフル出場するだけでなく、パントとフィールドゴール(FG)の際にはスナッパーとして登場。ほかにもキックオフカバー、キックオフリターン、パントリターンでも出場した。試合中に休めるのはオフェンスがフィールドに出ている間だけ。 

それも、攻撃権放棄のパントやFG、タッチダウン後のキックには出て行かないといけないため、常に気を張っている。20-33で東京ボウルに負けたあと、増田に声をかけると「しんどかったです」と言って苦笑いした。4回生になった昨秋のシーズンは、これを続けてきたのだ。しかもDBとして関西学生1部のリーグ戦7試合で三つのインターセプトを決め、リーグ最多タイと名を刻んだ。 

攻撃権放棄のパントのとき、増田はパンターへロングスナップを出す(中央)
スナップを出したら、キックが飛んだ先へカバーに向かう

増田は受験して入った高槻中学校(大阪)の部活動でフットボールを始めた。高槻高校のとき、春の関西大会優勝を経験した。当初は大阪大を目指していたが、センター試験で思うような点が取れず、神戸大を受けて合格。高校の先輩がレイバンズにいて、誘われて入った。 

1回生の秋、チームは1部でリーグ戦16敗の7位。入れ替え戦に敗れ、21年ぶりの2部降格となった。2部で戦った2回生のときから、DBの中でも主にフィールドの両端でWR(ワイドレシーバー)と対峙(たいじ)するCB(コーナーバック)としてスターターに。最短の1年で1部に復帰。一昨年は34敗の5位。そして昨年、3位に浮上した。 

関学戦で奥野―阿部のホットライン断ち切った

15-17と関学を追いつめた昨秋のリーグ第4戦。増田は試合開始早々にビッグプレーを決めた。関学の最初のオフェンスでジリジリと攻め込まれた。ゴール前6ydからの第3ダウン。増田はディフェンスから見て右のCBで関学のエースWR阿部拓朗(4年、池田)と対峙していた。パスだ。関学のQB奥野耕世(3年、関西学院)が自分の方を見ている。エンドゾーンの右端へコースをとった阿部に向かって奥野が右腕を振り下ろした瞬間、増田は反応した。阿部がタッチダウンパスを捕ろうとしたそのとき、スパーンと前に入ってインターセプト。関学の鳥内秀晃監督(当時)は試合後に「最初にインセプされて、おかしなった。おびえだしよった」とぼやいた。あの日、関学の歯車を狂わせたのは増田だった。 

「あれはうれしかったです。リーグ戦で三つ決めましたけど、インターセプトは運も多少あるので、自分がそこまでうまくなったっていう感じはないです。コーナーバックとしては身体能力がまったく足りてないので、考えて動くのを意識してました。スカウティングで出てきたシチュエーションごとの傾向をもとに考えました。捨てるところは捨てて、勝負しにいくのが大事だと思ってます」 

フィールドゴールでスナップを出し、敵の侵入を阻んでから、キックが決まったかどうか見つめる

遊びでやってたら「売られて」スナッパーに

増田がキッキングゲームにフル出場してきたのは、前述のようにパントとFGのときのスナッパーとしての能力を買われていたのが大きい。その話を振ると、増田は「1回生のとき、古賀に売られたんですよ」と言って笑った。中学、高校のときにスナッパーとして試合に出ていたわけではなかった。遊びで両足を開いて、自分の股間を通してボールを後ろへ送るスナップを出していたら、同学年でLB(ラインバッカー)の古賀準之介(関大一)が先輩に「増田、スナッパーもいけますよ」と“進言”したそうだ。 

最初は嫌々やっていたが、3回生からパント、4回生になるとパントとFGのスナッパーとして試合に起用されるようになり、気持ちが変わってきた。「目立たんけど大事なポジションなんや、っていう自覚が出てきて、誇りになっていきました」。パントの出番前には必ず、パンターに声をかけ、ベンチで1球だけスナップしてフィールドへ出ていった。「あれで心が落ち着くんです」 

東京ボウルで法政大のエースRBをタックルに向かう(左)
ハードヒットでファンブルを誘った

すごいパントを蹴り続けた後輩

昨シーズンの神戸大にとって、キッカー兼パンターの小林真大(2年、大阪・明星)の能力が開花したのも大きかった。要所でビッグパントを蹴り、長いFGを決めた。その小林が東京ボウルの試合後に泣いていた。第1クオーター、自陣からのパントで、増田のスナップが少し低くなった。これを小林がお手玉して蹴れず、法政にゴール前15ydから攻められてタッチダウンされた。

小林が泣いていたことを増田に伝えると、4回生らしく後輩のここまでの頑張りをたたえた。「アイツが勝たせてくれた試合もありますからね。関大戦なんか長いフィールドゴールを3本とも決めて、完全にアイツがいたから勝てた。十分に貢献してくれました。いつもすごいパント蹴るから、スナップ出すときは『ああ、また(リターナーをタックルするために長い距離を)走るんかぁ~』と思って。よう走らせてもらいました(笑)」 

東京ボウルの試合後、最前列で矢野川ヘッドコーチの話を聞いた

日本一を目指す文化、継承してほしい

アメフトと向き合った4年間を振り返り、増田は言った。「充実してて楽しかったです。仲間に支えられて、やりきれました。この代でやれて、ほんとによかったと思います。オンとオフの差がすごくて、オフは激しく遊びました。いいチームだったと思います。後輩たちには日本一を目指すという文化を継承してほしいですし、やってくれるはずです」 

4月からは銀行で働き、競技を続けるかどうかは分からないという。もしこれで増田がフットボールをやめても、後輩たちは忘れないだろう。ただチームを勝たせるため、フィールドに立ち続けた22番の背中を。

東京ボウルではキックオフリターンで3度ボールを持った