大学陸上・駅伝

連載:M高史の駅伝まるかじり

ランニング×コメディ×YouTuber 帝京大卒箱根ランナー・たむじょーさんの挑戦!

陸上界からエンターテイナーを目指し、新たなスタートを切った「たむじょー」さんです!(写真は本人提供)

ランニング×コメディ×YouTuberとしてこの春から活動を始めた「たむじょー」さん(本名:田村丈哉さん)。帝京大学で全日本大学駅伝、箱根駅伝に出場。関東インカレ2位という実績を持ちながら、なぜエンターテインメントの道を志すようになったのか、じっくりお話を聞いてきました。

走るのとお笑いが大好きな子ども時代

東京生まれ、千葉育ちのたむじょーさんは小学4年生で陸上を始めます。「走るのは短距離も長距離も得意でしたね。小学校に陸上部があったので練習に参加していました」

酒井根小学校4年生のときに陸上を始めました

陸上とともに小学3年生から6年生までゴルフを習っていましたが「ゴルフはあまり楽しめなかったんです。集中力が続かなくて友達にいたずらしてよく怒られていました(笑)。でも陸上は楽しくて続けられました!」

こどものときからお笑いが好き、人を笑わせるのが好き。「中学でも高校でも文化祭やお楽しみ会のたびにコンビを組んで漫才を披露していました!」。元気で明るくて、根っからの目立ちたがり屋だったそうです(笑)。

高校の学年スポーツ大会で余興を披露。当時から目立ちたがり屋でした(笑)

中学3年のとき、大ファンだったサンドウィッチマンさんが地元のショッピングモールに来たときのこと。ステージの最後、サンドウィッチマンさんの「(お客さんの中で)一緒にショートコントしたい人〜?」の言葉にすぐに立候補して、「変な手のあげ方をしてる奴がいる」と選ばれます(笑)。

そしてあこがれの人とのショートコント。舞台では緊張よりも「楽しい」のほうが大きかったそうです。

親友との再会で決断した行動力

家庭の都合で千葉から兵庫に引っ越し、中学でも陸上部に入りますが、中1の県総体では予選落ち。貧血もあってそのあとは県大会すら行けず、長距離の人数も少なくて駅伝にも出られませんでした。その後も目立った結果も残せず「このまま陸上も引退かな」と思っていたそうです。

転機となったのは中学3年の夏休み。千葉県の祖父母の家に帰省中、小学校時代の親友・タケさんと再会して毎日遊ぶようになります。タケさんもまた陸上部で、しかも3000m8分台と全国レベルの走力の持ち主でした。中学の練習に参加させてもらっているうちに、タケさんから「一緒に駅伝やろう!」と誘われます。先生からの評価や貧血改善のアドバイスなどで走るのが楽しくなってきていたたむじょーさんも「タケと一緒に駅伝に出たい!」と決意し、なんと中学3年の夏、家族を説得して転校することになりました。

念願の駅伝デビュー

転校後は水を得た魚のように、練習に打ち込みました。県大会ではメンバーに選ばれてアンカーを任されます。2位でもらった襷(たすき)ですが、「スタートして舞い上がりオーバーペース(笑)。その後、2人抜かれて4位に、最後は5位のチームをギリギリ振り切って無事に関東大会行きを決めました!」。

県駅伝ではアンカー。前半飛ばしすぎて後半失速するも、なんとか関東大会行きを決めました!

「みんな『あぶねー!』って笑っていましたね(笑)」。まだ転校して数ヶ月しかたっていないのに、すでにチームのムードメーカーになっていたたむじょーさんの人柄がうかがえます。

関東中学駅伝でもアンカーを務め、チームは6位入賞を果たしました

中学3年の秋も深まる頃、市立船橋高校の監督がタケさんの走りを見に学校に来られました。「タケと一緒に走りたい」と思っていたたむじょーさん。一緒に学校見学をさせてもらい、市立船橋高校に進むことになります。ただ、タケさんは家の事情もあって別の高校に進むことになります。「タケのおかげで高校でも陸上を続けることができました」と親友への感謝の気持ちを話してくれました。

親友・タケさんとの約束

進学した市立船橋高校は、陸上の名門校です。高校時代ベスト記録は5000m 14分33秒。駅伝では高校2年生で県駅伝の5区を走り、市立船橋は八千代松蔭高校に続いて2位。この年は記念大会だったため、南関東大会の成績で都大路(全国高校駅伝)行きを決めました。

高校2年生のときに市立船橋高校は全国高校駅伝に出場。このときは補欠でした

関東、全国と補欠でしたが「自称ムードメーカー(笑)」ということで、チームの雰囲気を盛り上げていたのでしょう。

3年生の関東高校駅伝ではアンカーを務めました

順調に記録を伸ばしたたむじょーさんでしたが、親友のタケさんは度重なる故障に苦しみ、高校2年生で陸上をやめることになりました。「タケの分まで絶対に箱根走る!」とたむじょーさんは決意。タケさんも「必ず応援に行くよ!」と激励してくれました。「ずっと仲良くて、今でも仲良くて、一緒にご飯に行ったりするんですよ!」と笑顔で語ります。

積み上げていった自信

親友との約束を果たそうと帝京大学に入学したたむじょーさんですが、1年目の率直な感想は「正直、箱根は遠い!」だったそうです。「Bチームでもつけなくて、苦労しました。ハーフマラソンを走っても67〜68分かかっていました」。長い距離を踏むのが苦手でした。

しかし、苦手意識がありながらも地道にスタミナ強化、体力作りに取り組んできた成果が2年目で現れます。帝京大学・中野孝行監督の指導は、数多くの無名選手を学生トップレベルまで育てあげ「中野マジック」と呼ばれています。

「4月に3000mSCをやることになったのですが、長い距離を踏んできた成果が出たのか8分58秒で走れて『いける!』と自信がつきました」。今まで不安だった練習も継続できるようになり、迎えた5月の関東インカレ(2部)では3000mSCで2位に入ります。

「かなり自信がつきましたね。頑張ればいける! 今の練習を続けていけばいける! と思いました」

1年目はBチームでも不安だったのが、課題のスタミナを克服し、さらに関東インカレで結果を出し、Aチームでもやれるように。夏合宿の30km走もAチームの上位で走りきり、自信を深めます。つづく9月の日本インカレ3000mSCでは、粘りの走りを見せて5位入賞を果たしました。

自信を積み重ねていった2年目、日本インカレ3000mSCでは5位入賞。※写真提供:ちさこさん

親友との約束を果たし箱根出場

10月の箱根駅伝予選会ではチーム5番目、全体で46位でフィニッシュ。チームは1位通過を果たします。いったん体調不良などで調子を落としますが、箱根前の伊豆大島・選抜合宿で調子を上げてきます。箱根に向けた最後の選考となる練習で、メンバー入りをつかみます。

箱根駅伝では8区を任されます。「箱根は緊張よりも楽しみの方が強かったですね! 左耳がキーンとなるくらいの大声援でした!」と振り返ります。必ず箱根を走ると約束した親友のタケさん、中学の恩師、家族も応援に来てくれました。チームは9位でシード権を獲得しました。

2年生で出場した箱根駅伝。8区を走って区間11位。チームは総合9位でした※写真提供:さとるさん

エンタメの道へ進むことを決意し、ラスト1年にかける

「夢だった箱根を走って、どこか自分に満足した部分がありました。練習でも箱根に出る前はガムシャラだったのに、気持ちが入らなくて」という3年目のシーズン。前年2位だった関東インカレ3000mSCは9位。出雲駅伝では風邪でメンバーから外れ、全日本大学駅伝はメンバーに入ることができず、箱根駅伝も補欠でした。

意識が変わったのは、大学3年のときに中野監督と進路相談の話をしたときのことでした。実業団に行かない、一般就職もしないという選択。昔からお笑いが好きで、盛り上げるのが大好き! エンターテインメントの道に進みたいことを中野監督に打ち明けたのです。

「やるからには芸を磨いて、周りから認められるようになってほしい」とお話された中野監督。山あり谷ありの人生経験をされてきた中野監督の言葉には「中途半端な気持ちではなく、覚悟をもってやってほしい」という想いが込められているのかもしれません。

実業団で陸上をやらないということは競技生活があと1年。「陸上のおかげでたくさんの人に出会えた。陸上に感謝の気持ちで本気で1年がんばりたい!」と気持ちに火がつきました。

そして、4年生になり、同級生の推薦もあり副キャプテンを務めることに。「競技生活はあと1年、この1年にかけていたので、先に年間スケジュール、行動計画を立てなきゃと思いました。4月から箱根までの計画を立てて、逆算しながら考えていきました」

最上級生として、副キャプテンとしてチームを引っ張り、関東インカレでは3000mSCで2位。夏合宿もしっかり走り込みました。

4年生の関東インカレ(2部)3000mSCでは2位となり2年ぶりの表彰台に ※写真提供:はるなさん

全日本大学駅伝に出場

10月の日体大長距離競技会5000m。「出雲に選ばれたメンバーに絶対勝ちたいと気合いが入っていました!」。この日の帝京大学の選手のうち6名が13分台をマークする中、たむじょーさんも13分58秒と自己新で走りきります。

そして、11月の全日本大学駅伝では1区を任せられました。「スローペースで4kmまでは余裕があったのですが、途中から一気にペースが上がったんです」。7km以降、大きく離れてしまい区間18位。襷を渡した瞬間「やらかしたーーーと思いました。箱根はマジでがんばらなきゃ!」とリベンジを誓いました。

全日本大学駅伝では1区18位と苦しい走りとなりました ※写真提供:レモンユーカリさん

「チームに迷惑かけた分、頑張らなきゃ!」とJOGも長めに行い、ポイント練習を引っ張るなど積極的に。迎えた記録挑戦会10000mでは28分48秒と自己ベスト更新! 伊豆大島の選抜合宿ではメンバー争いも熾烈(しれつ)で「誰が走ってもいいくらいチームも仕上がってきました」。たむじょーさんの調子も良かったそうですが、メンバーを決める最後の練習で離れてしまったそうです。

「最後の最後、悔しかったですが、仕方ないです。やりきって自分が負けてしまったので、今度はチームを応援しようと気持ちを切り替えました!」

箱根駅伝では1区にエントリーされるも当日の朝変更。付き添いとして1区の選手を見送りました。復路ではタイム計測をして選手に声をかけました。

今年の箱根駅伝では総合4位。かけがえのない仲間たちと切磋琢磨して成長を重ねてきました

エンターテイナー「たむじょー」として

帝京大学を卒業と同時に「ランニング×コメディ×YouTuberたむじょー」としての活動がスタートしました。箱根駅伝の事前取材でスポーツ報知の太田涼記者(元順天堂大主務)がたむじょーさんのことを記事にし、ネットニュースで取り上げられたことで、YouTuberになることは一躍、陸上界に知られました。

元順大主務の太田涼さん、記者として現場の熱量を伝える

「箱根駅伝の閉会式でも、話したことのない他大学の選手からけっこう声をかけられたりして、ビックリしましたね(笑)」と思い返します。「夢はサンドウィッチマンさんとコラボすること! 日本中、世界中を旅して世界の選手と交流したい、自分が走ることによってつながりたいです!砂漠でも南極でも自分が実験台となって走ってみたいですね(笑)」と壮大な夢を語るたむじょーさん。

行動力があり、チャレンジ精神のかたまり。超ポジティブ、明るくて周りの人が思わず元気になってしまう太陽のような存在。それでいて、天然なところもあり心配になる時もありますが(笑)、その分まわりの人が応援したくなる素直な性格、人としての魅力を持っています。

「周りの方が優しいので僕もそれに甘えつつ(笑)楽しんでいただけたらいいなという気持ちでやっています!ポジティブな心は忘れず、これからも動画作り、お仕事をがんばっていきたいと思います!」

ぜひ「たむじょー」で検索してみてください!チャンネル登録、高評価もよろしくお願いします(笑)

座右の銘は「あきらめることをあきらめる」。

陸上界に新しい風を吹かせる、新ジャンルのエンターテイナー・たむじょーさんの新しいチャレンジはスタートしたばかりです!

たむじょーさんの自己紹介はこちら!

M高史の駅伝まるかじり