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「PGが若いから勝てない」そこから大きな成長曲線へ シーホース三河・熊谷航(上)

熊谷は2019-20シーズン、新人賞ベストファイブに選ばれた(提供・B.LEAGUE)

2019-20シーズンのBリーグ、シーホース三河の熊谷航(24)はルーキーながら41試合すべてに先発し、新人賞ベストファイブに輝いた。「特別指定選手の時から合わせると2シーズン前から狙っていたので、本当にうれしいです」。大東文化大学3年生のときにインカレ優勝を果たした“大学No.1ガード”は、自らに課してきたノルマを達成し、安どの笑顔を浮かべた。プロの舞台で自己分析と自己解決を繰り返しながら急成長を遂げた2シーズン。熊谷本人と恩師の言葉から、成長の軌跡を2回に亘(わた)って紹介する。

静かに燃える司令塔 大東大・熊谷航

恩師の前で試合後も成長を見せつけた

1月29日、三河のホームであるウィングアリーナ刈谷で行われた川崎ブレイブサンダース戦。大東大の西尾吉弘監督は、わずか10カ月前に巣立った教え子の想像を超える急成長に目を見張った。

この試合、三河は中地区の首位を独走する川崎に89-85で逆転勝利。熊谷も11得点6アシストと活躍し、ダバンテ・ガードナーとともにマン・オブザ・ゲームに選ばれていた。「金丸(晃輔)さんがいない中で、自分も迷わずシュートを打てていましたし、終盤のオフェンスのチョイスもいい判断ができました。今季一番印象に残っている試合です。タイミング良く、西尾監督に活躍した試合を見てもらうことができました。ベタ褒(ぼ)めでしたよ」。熊谷は誇らしげにニヤリと笑った。

試合中の活躍もさることながら、西尾監督が感動したのは試合後に話をした時だと言う。

「彼は頭の中にワンプレーワンプレーすべての映像が残っていて、『あのプレーが良かったよ』と言えば、その場面で自分がどういう考えだったのかを言語化できていたんですよ。コーチ同士が話すような、スペーシングとかアングルとか、何から何までを細かく説明できていたので、単純にすごいな、と思いましたね。元々そういう部分に長(た)けている選手ではあるのですが、すごく考えてプレーしているんだな、と感動しましたし、逆に言えばプロではこのレベルじゃないとやっていけないんだ、と勉強させてもらいました」

頼りになる先輩PGがいない環境で黒星先行

熊谷は大東大の4年生だった18-19シーズンの12月に、特別指定選手として三河に加入した。ほどなくプロデビューを飾ると、少しずつプレータイムを伸ばし、大学の卒業式を3日後に控えた3月17日には千葉ジェッツ戦で初先発。試合は74-95で敗れたが、約38分間出場し、11得点6アシスト。マッチアップした日本代表PGの富樫勇樹をわずか2得点に封じて指揮官の期待に応え、大学生ながら以降の14試合で先発を任された。

名門・三河と言えば、「Mr.バスケットボール」と呼ばれた佐古賢一(現・男子日本代表アシスタントコーチ)に始まり、元日本代表の柏木真介(20-21シーズンよりシーホース三河への移籍を発表)、橋本竜馬(現・レバンガ北海道)という蒼々(そうそう)たるPGがチームを日本一に導いてきた。そのバトンを受け取るだけでも十分に重責だが、さらに正式加入した19-20シーズンの前には、先輩PGがそろって移籍。「正直まだまだ教えてほしいという気持ちがあったんですけど、現状では助けてくれる人がいないし、自分で考えてやるしかない」という苦境に立たされた。

力強いメンバーが揃ったものの、PGとしての責任は大きかった(提供・B.LEAGUE)

その一方で三河は、「情熱たぎるオフェンスマシン」の異名をもつ川村卓也、そして2シーズン連続B1得点王のダバンテ・ガードナー(19-20シーズンで3シーズン連続)と大型補強を敢行。前評判は高かったものの、開幕から2カ月を終えた時点で4勝11敗と黒星が先行した。「PGが若いから勝てない」という厳しい声も耳に入った。あまりネガティブなことを口にしない熊谷から、「結構悩んでいます」と弱気な言葉がこぼれることもあった。並の“新入社員”ならば出社拒否に陥りそうな試練だが、それでも熊谷は逃げることなく、現状を打開する方法を模索し続けた。

「ただ試合をこなすだけだと成長につながらない。前の試合の良かったところと悪かったところを自分の中で振り返って、良かったところを継続し、悪かったところを改善していく。そうすることで、レベルアップしていけると考えています」

試合で見つけた課題を練習ですぐさま取り組む。対戦相手のPGから学んだことを翌日の試合から実践する。自己分析と自己解決を繰り返し、その時の自分にできうるすべてを試合にぶつける。決して簡単なことではないが、熊谷は黙々とそれを続けた。気がつけば、「見えるもの」「できること」は飛躍的に増えていた。

「自信がついてきたのは12月中旬くらいからですかね。前まではボールを運ぶのにも苦労していたんですけど、今はボールをキープしながらも周りを見ることができるようになりましたし、ピック&ロール(ボールを持つ選手に他の選手がスクリーンをかけてディフェンスをはがし、ボールを持つ選手を生かすオフェンスの戦術)の時も3人目の選手が見えるようになってきました。フィジカルのコンタクトやボールさばきも、試合を重ねるごとに良くなっている手応えがあります。最初は1割2割しかできなかったのが、終盤は5割6割と少しずつできる割合が増えていました」

若き司令塔の成長曲線と連動するように、チームも上昇気流に乗り、昨年12月22日のレバンガ北海道戦から連勝記録を伸ばした。

成長を確信した一本のパス

今年1月25日、8連勝で迎えた名古屋ダイヤモンドドルフィンズとの第1戦。この試合は熊谷にとってターニングポイントとなった。93-91と勝ち越して迎えたオーバータイムの残り1分、熊谷がピック&ロールから切り込むと、川村がぽっかりと空いた逆のコーナーへと走り込んだ。熊谷はそれを見逃さずにドンピシャでパスを送る。フリーの川村はスリーポイントシュートで仕留めて、勝利を決定づけた。

98-93で名古屋Dを下し、三河は9連勝を飾った(提供・B.LEAGUE)

「タク(川村)さんからはずっと、僕がドライブした時に、タクさんはアウトサイドでスペーシングを取りながら動いているから、そのタイミングを見逃さないでほしいと言われていました。そのことを頭の片隅に入れてプレーしていたんですが、なかなか試合ではできていませんでした。あの場面は、僕がドライブしたところで、テイ(ダバンテ・ガードナー)のダイブには絶対カバーがいくと思っていました。タクさんがコーナーに動いたことでスペースができましたし、素晴らしいシューターなので、ノーマークだったらほぼ100%決めてくれます。あの勝負所でようやく狙っていた形を出せて、また一段階自分の成長を確認できました。タクさんとの信頼関係も生まれたと思います」

熊谷はいつものポーカーフェイスを崩し、珍しく感情を高ぶらせた。

「あれはめちゃくちゃ気持ちよかったですね」

Bリーグを代表する実力者揃いの三河で、ルーキーは一つひとつのプレーでチームメートの信頼を勝ち取っていった。

「今も大学の延長線上」大東大の後輩らの優勝も刺激に シーホース三河・熊谷航(下)

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