大学陸上・駅伝

学生ラストイヤー、目指すは10000m27分台 皇學館大・川瀬翔矢(下)

昨年の全日本大学駅伝東海地区選考会、トップのタイムでゴールして手を広げる川瀬(撮影・松永早弥香)

現役日本人大学生で5000mナンバーワンの記録を持つ皇學館大学の川瀬翔矢(4年、近大高専)。東海地区で川瀬が強くなれたのはどうしてなのか、川瀬の皇學館大での3シーズンを2回にわたり振り返ります。後編は2年次の停滞、そして皇學館大での取り組みについてです。

東海地区から全国へ、5000m日本人学生最速への軌跡 皇学館大・川瀬翔矢(上)

全日本メンバーから外れるなど伸び悩んだ2年次

川瀬の2年次は、成績を見れば停滞期である。1500mは3分49秒35、5000mは14分04秒58、10000mは30分57秒67がシーズンベストで、前年の勢いがなくなっていた。夏前に左脚の腓骨を疲労骨折し、出雲駅伝後には臀部から背中にかけて痛みが出た。

1年次の反動が出た面はあっただろう。ポイント練習の距離的な負荷はそれほどかけなかったが、スピード練習の質は高校時代より上がっていた。何よりも試合では、高いレベルの走りを続けた。

2年次の出雲駅伝では1区を担当した(撮影・朝日新聞社)

川瀬は、原因は自身にあったと話す。
「1年目で体を作るはずが、不十分でした」

だがそこは、皇學館大の日比勝俊監督も予想していた。
「2年次の目標は14分05秒に設定していました。1年目は体作りができていないのに、記録が先行した感じです。1年目の結果に踊らされず、2年目は記録よりも体を作ろうと川瀬に話していました」

それでも川瀬レベルの選手であれば、1年次がそうだったように、試合に出ればタイムが出ることもある。2年目の停滞はグラウンドが改修で使えなかったり、寮の引っ越しがあったりして、練習環境的に落ち着かなかったことも背景にあった。

1年目の好成績で、川瀬のメンタル面にもわずかな隙が生じた。日比監督は「練習でチームメートに負けると、その理由を用意しておくようなところもありました」と振り返る。高校(高専)時代は県大会レベルだった選手である。大学2年間ですべてが成長しているわけではない。2年次にはその課題が、一度に表面化した状況だった。

箱根駅伝がない東海地区の大学にとって、なかでもコースの沿道に大学がある皇學館大にとっては、全日本大学駅伝は一番の目標と言ってもいい。その大会に出るために、出雲後の川瀬は全力を尽くした。

川瀬自身は「あそこで本気になれた」と、言い切ることができる。
「チームエントリーには入っていましたから、責任があると自覚して、最後まであきらめず、出場するために真剣にやりました。最終的に外れましたが、走れる状態にもっていけたと思っています。そこは以前の自分よりも成長したと感じられました」。

体調を整えられなければ、実績を残していてもメンバーから外れる現実を受け止めることができた。

それでもまだ、生活のすべてをトップアスリートとして送れていなかった。3月の実業団チームとの合宿中に、体のケア不足を実業団チームのトレーナーから指摘された。日比監督からも生活の問題点を注意された。日比監督は言う。「12月から3月まで一度も、地元のトレーナーのところに治療に行っていませんでした。セルフケア、食事の面も含め、体を作る努力が足りなかったのです」

2018年の日本インカレ5000mに出場したが、川瀬(中央)は15分38秒のタイムで24位にとどまった(撮影・松嵜未来)

川瀬は食事面もセルフケアもやってきたつもりだったが、行動のすべてを変えられたわけではなかった。2年次に故障が続いたこともあって、トレーナーと日比監督から指導を受けた。そこで意識と行動をトップアスリートに近づけたことで、体作りが進み始め、3年次後半の躍進につながっていく。

ハーフマラソン好成績の背景にあった“地味なスタミナ”

日比監督によれば8月中旬からの1カ月で走った距離は、大学2年次は約700kmだったが、3年次には900kmに増えた。川瀬はもともと、自主的に走るジョグの量は少なくなかった。関東の大学に進んでいたら分からないが、皇學館大のポイント練習なら川瀬は疲労困憊とまでならないことが多く、翌日のジョグの質を上げて走ることができた。

2年次の2月には犬山ハーフマラソンで初ハーフを走り、2位。1時間03分54秒で、トラックより先に東海学生記録を更新した。

日比監督は「4年間で1500mからハーフまで走れる選手に育つ」と期待していた。だが1年次は10月まで、前編で紹介したように試合は1500mと5000mだけで、10000mに出場させなかった。「中途半端な練習で10000mを走らせたくなかった」からだが、練習では10000m前後の距離でもチームトップレベルのタイムで走っていた。「強い高校(高専)ではなかったので距離的なメニューで追い込んでいませんでしたが、ジョグをしっかり走っていることなどから、川瀬は地味にスタミナを持っていると感じていました」

2019年の全日本大学駅伝東海地区選考会でトップとなり、日比監督と抱き合う(撮影・松永早弥香)

それが初ハーフでも、プラン通りに1km3分00秒ペースで押し切ることを可能にした。3年次の夏に走る量を増やせたのも、体ができてきたことも大きかったが、ジョグをしっかりと継続できていたことも背景としてあった。

そして3年次の11月の快進撃後も、12月に一日で5000mを3本記録会で走るなど、ハーフマラソン出場に向けて準備をした。その10日後には練習中に他の部員とともに、10000mのタイムトライアルを2本行っている。追い込むメニューを意欲的にこなした。

今年2月の丸亀国際ハーフマラソンの目標は当初、1時間02分30秒だった。日比監督は「うまくいけば62分を切れるかもしれない。でも未知の領域は目標にしませんでした」と振り返る。

しかしレースでは、1年次の全日本大学駅伝と同様に日本人トップ集団で、格上の選手たちのハイペースで一緒に走った。10km通過は28分27秒で、10000mの自己記録とほぼ同じ。15kmでは1時間00分00秒の日本記録を出す小椋裕介(ヤクルト)、設楽悠太(Honda)、佐藤悠基(日清食品グループ)ら、トップランナーばかりの集団で走っていた。

小椋には15km以降で1分以上引き離されたが、川瀬は1時間01分18秒の日本人学生歴代4位と、自身も周囲も驚くタイムで走りきった。トラックでもロードでも、川瀬は関東勢と対等以上に戦える状態で最終学年に臨む態勢を整えていた。

皇學館大での4years.

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、4月以降の公式レースはすべて中止されてしまった。7月から再開されるが、現時点で大学4年生たちはレースに出場できていない。それでも川瀬が力をつけていることは、練習の走りから感じられていると日比監督は言う。

「4月10日に5000mのタイムトライアルを14分08秒で走りました。自分のグラウンドで一人でも、(1000m毎を)2分50秒で押し切れるようになっています。試合になれば、さらに力を発揮できるタイプです。肉体的にも精神的にもワンランク上がっている。昨年までの練習を土台に、ワンランク上の練習ができると思います」

このときは川瀬が単独で走ったが、チームで行うタイムトライアルもあり、他の選手たちが交替で川瀬を引っ張ることもある。逆に川瀬が、他の選手たちのために大半を引っ張るケースもあった。

日比監督によればインターバルなどでは、川瀬が数秒後にスタートして追いつく走り方をすることがある。川瀬もメニューや走り方などを「自分から監督に提案することがある」という。だが練習全体に関しては「基本的にはみんなと同じメニューをやってきました」と言う。

皇學館大の朝練習は1kmを4分~4分10秒で入って、最後をフリーで上がる。フリーとは文字通り自由に走るわけだが、何人もの選手がフリーで走れば競り合いになる。アフリカ選手がやっている練習を参考にした走り方で、ラスト2000mが5分40秒を切ることもあるというから、かなり速いペースだ。その朝練習では「川瀬がトップを取れないことの方が多いですね。朝が弱いのか、前日の練習の負荷が大きいときがあるからなのか」と日比監督。

川瀬は皇學館大の練習で突出した部分はあるが、一人だけ異次元の存在だったわけではない。その川瀬がここまで強くなれたのはなぜか。

東海地区で1番は絶対。そしてさらにその先へ(写真提供:皇學館大学陸上部)

一つ言えるのは先ほどの日比監督のコメントにもあるように、川瀬は練習よりレースのタイムが大きく上がるタイプだったこと。力が上の選手と走ると、予想以上の走りをする。練習とレースをうまく組み合わせることで力をつけてきた。

それは皇學館大での練習と、実業団チームの合宿参加でも同じ効果があった。ストレスなく練習できる環境と、負荷の大きい実業団チームでの練習で、強弱をうまくつけたことで成長できた。

こう書くと皇學館大の練習のレベルが低かったように受け取られそうだが、朝練習からも分かるように積極的なメニューも組む。4年生たちは川瀬以外もレベルが高く、練習にも意欲的に取り組んでいる。きっかけさえあれば、13分台を出す選手も現れそうだ。川瀬はチームの練習も、前向きな雰囲気の中で行えている。ただレベルが低いだけの練習だったら、レースや実業団チームとの合宿との差がストレスになったのではないか。

川瀬自身はどう感じているのだろうか。
「みんなとやるチームの練習がベースで、合宿はきつい練習なので集中して自分を追い込みます。合宿が特別という感じです。チームの練習は、なんだかんだで、楽しいですね。みんなと一緒にいるのは」

今年6月、チーム内での10000mのペース走。仲間との切磋琢磨が川瀬にいい影響を与えている(写真提供:皇學館大学陸上部)

学生競技生活はまだ1年残っているが、皇學館大での4years.が川瀬の成長の源となったのは確かなようだ。

今シーズンの目標は5000mの13分20秒台と10000mの27分台だったが、レースの数が少なくなることが予想され、5000mで記録を狙うチャンスがなくなる可能性もあると予測している。だが10000mで27分台を出せたら、関東地区以外の学生では2000年に27分53秒19を出した永田宏一郎(鹿屋体大)以来、史上2人目の快挙となる。

そして駅伝では、「出雲と全日本では、区間賞を狙って行きます」と強い口調で言い切った。川瀬vs.関東勢は、コロナ渦による自粛明けの学生駅伝を大いに盛り上げそうだ。

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