陸上・駅伝

チーム情報を本音で発信 箱根駅伝への復活を目指す関東学院大・上野敬裕GM

2004年以来箱根駅伝から遠ざかっている関東学院大学。上野GMに現状を取材した(提供:関東学院大学陸上部)

関東学院大学は2004年を最後に箱根駅伝出場から遠ざかっている。近年は予選会でも20位前後と低迷。その中にあって、陸上部のGMを務める上野敬裕氏(47)が今年春からTwitterなどで積極的にスカウト情報を発信している。大学陸上部のスタッフが自らオープンに発信することはまだ珍しい。どんな意図を持って発信をしているのか、そしてGMの仕事とは。オンライン取材でじっくり話を聞かせていただいた。

仕事は自分で創り出すもの

上野氏は関東学院大学出身。自らも選手として箱根を目指していたが、箱根路を走ることは叶わなかった。卒業後は母校のコーチを2年務めたのちにリクルートランニングクラブ(現在は休部)のコーチ、スターツ陸上部監督など実業団で指導者のキャリアを積み、その間に教え子を日本代表として世界にも送り出してきた。2011年5月から母校のアシスタントコーチとして戻り、中田盛之監督(当時)のサポート役として、選手のスカウト業務を担当することになった。

「最後に箱根駅伝に出場してから、7年が経っていました。それまでは(自分の恩師でもある)中田監督お一人でチームを見られていました。かつてなら監督一人のマンパワーでチームを押し上げ、箱根の舞台に立つことが可能でしたが、時代の流れとともに難しくなっていった。様々なことが滞って、今までのやり方を変えなければいけないタイミングに来ていました」

オンライン取材で気さくにお話をしてくれた上野氏

結果、14年に中田監督が退陣。上野氏は1年半ほどGMと監督を兼任するも、「箱根を走ったことがない自分には荷が重い」と15年11月にGMに専念。ヘッドコーチから監督に昇格した中川禎毅氏をサポートする立場としてマネジメント、スカウトなどに携わっている。

そもそも大学の陸上部では「GM」という役職を置いているところは少ない。具体的にはどのような仕事を担当するのか聞いてみると、スカウト、スポンサーシップの締結、学内の折衝や協力体制の構築など、いわば「なんでも屋」のようなところもあると教えてくれた。

中川監督(右)が選手の指導に専念できるようにするのもGMの役割だ(写真提供・関東学院大学陸上部)

「この仕事には既存のレールがありません。監督、コーチが現場に集中できるようにするのがGMの役割です」と話すが、指針となるものがない中、仕事をする上で迷いはないのだろうか。「リクルート時代に、先輩のマネージャーに『仕事は自分で創るものだ』と教わりました。その意識がずっとあって、自分で仕事を創出していかないと、ということはずっと考えながらやってきました」。いわば「一人ベンチャー」のような取り組みを日々行っている。

Twitterで本音のスカウト情報を発信

上野氏は今年に入ってから個人のTwitterアカウントを開設し、スカウト情報なども積極的に発信している。候補者と面談を行った、獲得したい選手が他大学と競合しているなど、ある意味「赤裸々」とも言える実情まで公開している。

「例年、秋から冬の駅伝シーズンに加え、その後のロードレースなどにも出向いて高校生をチェックしています。ですがこの(新型コロナウイルスの影響を受けた)状況下で、大会は中止になり、学校訪問もすべてできなくなってしまいました。その中で選手を獲得できないのではないか、という危機感がありました。スカウトには毎年苦労していますが、このままでは一人も来ないかもしれない。今までのやり方を変えないと、と思ったのです」

箱根常連校ではない学校にとって、スカウト活動は毎年の苦労の種だ(写真提供:関東学院大学陸上部)

毎年箱根駅伝に出場する強豪校と違い、高校とのパイプが太いわけではない。高校時代に飛び抜けた成績がなくても、コツコツ1人で練習できるタイプや、県大会で4~5番目に入るような選手を探して見つけ、育成していく方針だ。実際に選手を見られなくなってしまったからこそ、SNSを活用して全国から情報を集めたいという思いがあった。発信を続ける上で様々な連絡が入り、Twitter経由で入学が決まった選手もすでに2人ほどいるという。

先日は「急募!」と題して、スカウトしたい学生の条件をツイートした。入学が内定していた高校生が諸般の事情で入学できなくなってしまい、来年入学の選手の枠が空いてしまったのだ。このツイートは拡散され、実際に選手の父兄などから情報が入ってきた。

関東学院大学のファンを増やしたい

また、関東学院大学自体の認知度が下がっていることも感じていたという。「ホームページもあり、更新もしていて『発信しているつもり』ではいました。でも昔からの駅伝ファンの方は『ああ、箱根に出たことがあるよね』と分かってくれていますが、最近のファンは『そんな大学あったっけ?』という方も多い。なによりスカウト対象の高校生から『どこにある大学なんですか』と言われて、これはまずいぞ、と。今すぐ行動にはつながらなくても、まずは関東学院大学を知ってもらって、将来的なお客さんになってもらうことや、ファンづくりも必要だなと痛感しました」

上野氏は今ではほぼ毎日Twitterを更新、noteにも精力的に執筆している。ときには何を考えてチームを作っているか、どんな学生がほしいかなど、踏み込んだ内容を本音で発信することもある。格闘技が好きな上野氏だが、試合だけ見てファンになるというよりは、その選手のバックにあるストーリーを知ってファンになることも多い。それを陸上にも応用したいと考えている。「今後は私だけでなく、選手の生い立ちや素顔、指導者の考えなども発信していきたいですね」

関東学院大のことを知ってもらうことがまず第一歩だ(写真提供:関東学院大学陸上部)

関東学院大のGM以外にも大阪国際女子マラソンの海外選手招聘(しょうへい)、世界陸上日本代表選手のコーチなど、世界と関わる仕事をしてきた上野氏だが、意外にも今までは学生に対してそういった話はしてこなかった。「実業団やプロ選手のように結果に重きを置くのではなく、あくまで学生なので、学生生活を第一にしてほしいと思っていました」と語るが、はからずもこの発信で、上野氏がどんな考えを持っているかを学生も知るところとなった。「今までは無理をして切り分けていたところもありました。でも、変なこだわりは捨てて等身大の自分で接する、その方がいいのかなと思うようになりました」。必要に迫られて始めた発信だが、思わぬいい方向への効果も生んでいるようだ。

育成チームをつくり、全体の底上げをはかる

上野氏から見た今の関東学院大の課題をたずねると「選手の育成、強化」という言葉が返ってきた。

「いい選手が入ってきても、1年生のうちに記録会や大会にどんどん出してしまってけがをしてしまい、3、4年生で活躍できないというあまりよくない循環が続いていました。それから、レベルの違う選手が一緒に練習していたので、下の方にいる選手たちが育ってこなかったりなど、1年1年『その場しのぎの強化』になってしまっていました」

問題点と向き合った結果、昨年から育成チームを設け、5000m15分台の選手などはまず基礎体力づくりから取り組めるようにした。さらに日本選手権800mで2連覇した経験を持つ教え子、岸川朱里(あかり)コーチを招聘し、世界を経験した選手の目からも指導をしている。「まずは5000mをきちっと走れるようにしようと。昨年1年だけでもだいぶ形になってきているなと感じます」

昨年の箱根駅伝予選会は26位だった(写真提供・関東学院大学陸上部)

いい流れは徐々にあらわれてきている。6月下旬に学内で非公認のタイムトライアルを実施したところ、育成チームに属する鈴木健太(2年、三浦学苑)がそれまで15分21秒だった自己ベストを14分29秒まで縮める快挙を見せた。「久しぶりに霧が晴れた感じがしました。うちのチーム全体にも明るい兆しが見えてきたなと」と顔をほころばせる。この結果が他の学生にもいい効果を生むことを期待している。

陸上部としての第一目標は箱根駅伝予選会を通過し、本戦に出場することだ。だが昨年は予選会26位。4年前から見ると17位、24位、23位、26位と徐々に下がっている。「今年の(予選会)通過は、正直なところ厳しいだろうなと思っています。なので、まずは1つでも2つでも順位を上げていくこと。そして、今の2年生が4年生になった年に勝負したいと思っています」

そこには、育成チームから実力をつけた選手も走っていることは間違いないだろう。関東学院大学の今後にも引き続き注目だ。

in Additionあわせて読みたい