陸上・駅伝

帝京大・中野孝行監督 我慢の3カ月から前進、箱根駅伝に向かう学生たちの覚悟

3月下旬から約3カ月、中野監督はあえてメニューを出さず、選手たちに好きな、得意な練習をするように伝えた(すべて撮影・松永早弥香)

帝京大学は6月19日、約3カ月ぶりに集団での練習を再開した。7月4日のホクレンディスタンスチャレンジ士別大会から陸上界も動き始めたが、「レースに出られる選手がいるなら出したいけど、今はしっかりとベースを作る練習をさせたい。体も心も準備をさせて」と中野孝行監督は言う。3月末からの約3カ月、あえてメニューは出していなかった。「私も我慢した。先行きが見えないことでマイナス部分は大きかったけど、でも収穫もありました」。来年の箱根駅伝で過去最高の3位以内を目指す、チームの今の思いを聞いた。

自分とは違い、優勝できる選手になってほしい 帝京大駅伝部・中野孝行監督1
帝京大の新主将・星岳、箱根駅伝で目指す2区“最高体験”と過去最高順位

目標のレースがないなら、得意な練習を

緊急事態宣言が発令前の3月下旬、練習拠点である帝京大学八王子キャンパス周辺地域の人々の反応を見ていると、グラウンド外での集団走行はもうできないと実感させられた。選手たちはうがいや手洗いはもちろん、電車移動や外食の禁止を自ら掲げ、新型コロナウイルスの感染拡大防止に取り組んだ。一部の選手は本人や家族の強い希望で寮を離れたが、ほとんどの選手は寮に留まった。そんな選手たちの覚悟を受け、中野監督は寮での食事提供の回数を増やし、練習環境の確保のためにグラウンドの開放を大学に求めた。練習は各自、もしくは2人1組で行い、日常でも練習でもソーシャルディスタンスを徹底した。

しかし練習そのものは各自に任せ、中野監督は参考までに昨春のメニューを提示しただけ。選手には「自分が好きな、得意なメニューをやりなさい」と伝えた。今年は先が見えない長期戦になるということが分かっていたからだ。「人は目標があるから耐えられる。例えば箱根駅伝のために8月から走り込んで、駅伝シーズンを迎えて、1月2~3日にピークをもっていくわけです。でも目標とするレースがない中でメニューを出しても、私の自己満足でしかないと思ったんです」

例年と違う春、不安も悔しさも

主将の星岳(4年、明成)は自粛期間、1年生を含めて個人面談をし、一人ひとりに向き合った。「1年生は入寮してすぐだったし、4年生には就活をしている人もいたから、現状に不安を感じている人も多いようでした」。関東インカレや記録会が延期・中止になった影響も大きい。関東インカレに過去3大会出場している星は、これまでに満足いく結果を残せていない分、今年こそはという思いは大きかった。また遠藤大地(3年、古川工)は昨シーズンの反省から、今年は2週間に1回のペースでレースに取り組もうとしていた。

星は自粛期間中も主将として全員の状況を把握し、一人ひとりの行動を促してきた

小野寺悠(はるか、4年、加藤学園)も、今年3月15日にニューヨークシティハーフマラソンを走る予定だった。昨年11月の上尾シティマラソン・ハーフ男子大学生の部を1時間2分03秒の自己ベストで走り抜け、日本人2位でレースに招待された。初めての海外レースに向けて箱根駅伝後も練習を継続。コロナの影響で大会が中止になるかもしれないと聞かされたが、可能性にかけて走り続けた。しかし渡米当日に中止の連絡を受け、すぐにフライトをキャンセルした。「5位以上を目標にしていました。ショックではありましたけど、来年開催されれば出場権がありますし、自分たちは駅伝がメインなので、駅伝に向けて、駅伝があると信じて練習していくしかないと思いました」

1年生たちは入寮して1~2週間は集団練習に取り組んでいたが、それから約3カ月は先輩たち同様に各自での練習となった。昨年の全国高校駅伝(都大路)で1区4位だった小野隆一朗(1年、北海道栄)も、最初は慣れない環境で不安を感じていたが、星との個人面談でチームの理解を深め、「こういう期間だからこそ、自分に合ったトレーニングをした方がいいよ」などと先輩たちにアドバイスをもらったという。目標にしているのは寮の同部屋である小野寺先輩。「生活面でも学ぶことが多いです」と言い、1年目から箱根路を目指している。

ルーキーの小野は、帝京大の練習は厳しいと聞き、その方が自分に合っていると考えて帝京大に進んだ

どんな結果でも今はポジティブに

集団練習を再開できてからも、中野監督は慎重に練習を組んだ。「個人でやっていた練習とレースを想定した集団での練習、双方の感覚の違いを体感してほしいと思ったんです」。小野寺は実際、「一人の練習ではずっと引っ張らないといけなくてきつかったけど、久々に全員でやると楽だなと感じました」と話す。その一方で、みんなと走るから負けたくないと思い、きつくなるまで自分を追い込める。改めてチームの力を感じてほしい、というのが中野監督の狙いだ。

また、週を変えて同じ練習に取り組ませ、1回目と2回目での変化も見るようにした。個人練習期間に得意な練習をした結果、どうなったのかを理解させるためだ。想定以上の結果が出ていれば、「よかったね。きつい練習をやったらもっと強くなるんじゃない?」と言う。もし思うような結果が出なければ、「好きなことしかやってないとこうなっちゃうんだよ。だから頑張ろう!」とポジティブに励ます。直近に目指すべきレースが定まっていない今だからこそ、選手たちのモチベーションを上げる声かけを心がけている。

自粛期間中、小野寺(左)は基本的に一人で練習していたが、集団練習が再開され、仲間がいる心強さを感じた

選手自身、約3カ月という長期間、自分でスケジュールを立てた経験は全員なかった。実際、中野監督の目には技量が落ちている選手もいるように見えた。しかしそれも、一つの判断基準になったと言う。「これはいいなってこのままやらせようと思えた学生もいたし、しっかり導いてあげないといけないなという学生もいました。我々も見えたものがありました」。とくに実業団に進む選手にとっては、自分で考えて行動することを学ぶきっかけになったのでは、と中野監督は考えている。

来年の箱根で、今を思い出して泣いちゃうかも

例年であれば、帝京大の夏合宿は選抜合宿をした後に全体合宿へ移行する。しかし今年は今シーズンの走りを確認できる場がなかったため、全体合宿から入り、その走りを見て選抜合宿をする方針だ。自分の今の走りを確認できないまま、駅伝シーズンに入る不安を感じている選手も少なくない。それでも目の前の練習を一つひとつこなし、学生三大駅伝(出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝)へ心も体も合わせていく。「箱根駅伝3位以内、出雲駅伝と全日本大学駅伝は4位以内」という目標はぶれない。

6月下旬には駅伝競走部のグラウンドだけでなく、隣接したサッカーグラウンドにも学生たちの姿が戻った。「最初はうち(駅伝競走部)だけだったから集中できるよねとか思っていたんだけど、やっぱり寂しいですよね。他のスポーツと共存しながら、みんなでワイワイ声を出してやるのが学生スポーツ。それが学生スポーツの本質なんだと思うんですよ。それすらできなくて学生たちは今、飢えている。だからなんとかしてあげたい」と中野監督は言う。

目標となるレースがない現状に不安はあるものの、駅伝に向けて今できることを一人ひとりが取り組んでいる

3月1日の東京マラソン以降、6月19日に越境移動の自粛要請が解除されるまで、中野監督は学生たちとともに行動を制限していた。本来であれば大会遠征に加えて高校の視察で忙しく飛び回っているころだ。公共機関を使わず、自家用車で出向くこともできなくはなかったが、自分が感染源になってしまう可能性はゼロではないと思い、留まった。「学生たちは必死になってやっています。なんとかして彼らが活躍できる場所を与えてあげたい。だから来年の箱根で走る(選手たちの)後ろ姿を見ながら、今のこの状況を思い出して泣いちゃうかもしれない。こいつら、あんなに頑張ってやってきたんだよなって」

少しずつ前に進まないといけないという思いは、学生たちにも中野監督にもある。今までと同じではなく、できる可能性を探りながら、少しずつ段階を踏んで進んでいく。

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