大学野球

昨夏、サヨナラ本塁打の福本陽生 甲子園交流試合に向け 法政大準硬式で目指す日本一

延長14回、左中間へサヨナラ3点本塁打を放った福本(撮影・すべて朝日新聞社)

甲子園に高校野球が帰ってくる。今春中止になった選抜大会に選ばれた32校による2020年甲子園高校野球交流試合が10日、開幕する。1年前、履正社(大阪)が初優勝した第101回全国選手権で記憶に残るシーンの一つは3回戦で星稜(石川)の福本陽生(はるお)が延長14回に放ったサヨナラ本塁打だろう。「やっとチームの役に立てた」と言う起死回生の一発だった。法政大学の準硬式で野球を続ける福本に昨夏を振り返ってもらい、特別な舞台に臨む心構えのヒントをもらった。

23奪三振の奥川恭伸に何とか報いたい

2019年8月17日、大会第11日の第2試合。星稜-智弁和歌山の試合は1-1のまま延長へ。13回からは今大会初の無死一、二塁から始まるタイブレークに入った。14回表を終え、東京ヤクルトスワローズに入った星稜の奥川恭伸投手は23三振を奪っていた。第55回大会(1973年)で江川卓(作新学院)が1回戦の延長15回でマークした記録に並んでいた。6回に智弁和歌山に追いつかれて以降、守りを終えた後のミーティングでは「野手がここしっかり点を取ろう」と声をかけあっていたが、1点は遠かった。

サヨナラ本塁打を放った福本(3)を迎える星稜の選手たち。抱き合って喜ぶ奥川(1、右)

14回の攻撃はその奥川からだった。しかし、送りバントを失敗。1死一、二塁で福本に打順が回ってきた。「最悪なのは内野ゴロの併殺打だなと思ったが、あまり考えることなく自分の打撃をしようとだけ思えた」。球種ではなく高さはで打つ球を待っていた。初球は打ちごろの直球だったが、空振りした。「タイミングが遅れてしまい焦った。2球目も真っすぐだったら多分、空振りしていた。スライダーがそんなに厳しいところにこなかった。真っすぐに遅れていた分、変化球にタイミングがあった」。打球は左中間へぐんぐん伸びた。「打った瞬間、外野は越えたなと思って喜んでいたんですけど、まさか入るとは。もう鳥肌が立って、真っ白になって、あまり覚えてないんです」。バントを失敗して一塁に残った奥川が腕を突き上げて喜ぶ姿を追いかけるようにダイヤモンドを一周した。「ホームにかえるまで奥川を見ていたら、ちょっと胸にくるものがあって。泣きはしなかったですけど」

史上22本目「やっと役に立てた」

夏の選手権で石川勢は和歌山勢になかなか勝てなかった。語り継がれる61回大会(1979年)の同じ3回戦、延長18回までもつれ星稜が3-4で箕島にサヨナラ負けした試合など6連敗中だった。大会史上22本目のサヨナラ本塁打は節目の白星にもなった。

サヨナラ本塁打を放ち三塁へ向かう福本

「やっとチームのために役に立てたと実感した瞬間です」と福本が振り返るのには訳がある。新2年生の選抜大会で初めて甲子園の土を踏んだ。チームは8強まで進んだが、無安打に終わり思うような結果を残せなかった。迎えた夏、石川大会はメンバー入りしたが、甲子園では背番号をもらえなかった。第100回大会2回戦の済美(愛媛)戦。星稜は延長13回に史上初の逆転サヨナラ満塁本塁打を浴びて敗れた。福本はアルプス席からその打球の行方を見届けた。「試合に負けて悔しいというより、ベンチにも入れない自分が悔しくて。1回戦も勝ったが、素直に喜べないというか、悔しさが大きくて」

正直な気持ちだった。金沢へ戻り新チームの練習が始まった。「危機感を感じ、その期間で誰よりも強い意思で練習できた」と胸を張って振り返れる。昨春の選抜大会では甲子園初安打をマークしたが、最後の夏に、また試練が待っていた。

石川大会ではノーヒットの不振

石川大会では全くの不振。10打数無安打で、決勝の出番はなかった。「夏の大会前の練習試合は打てていたんですけど。自分に過度なプレッシャーを与えたというか。結果を残さなきゃいけないという思いがちょっと強かった。打てないことを引きずる状態が続き、石川大会は調子を戻せず、そのまま終わってしまった」

甲子園でも1回戦は出番がなかった。ところが、その旭川大戦でチームの打線がつながりを欠き、思わぬ出番が回ってきた。守備の名手だった二塁手の山本伊織(明治大)に代わり本来は一塁を守っていた福本が打撃の潜在能力を期待され起用された。二塁や遊撃での起用もあると告げられ練習はしていたが、甲子園で守るとなると別だ。「自分が守っている時は、ベンチの山本と連絡をとりあい、ジェスチャーなどで守備位置などの指示をもらった。サポートしてもらい、2人で守っている感覚でした」

2人で守ったセカンド

山本とは小学生の時、東京世田谷ボーイズで一緒に鍛えた仲だった。中学は別々のチームになったが、再会することになった。ともに星稜にいくことが決まった中学3年の夏、2人で甲子園へ応援にいった。観戦したのは1回戦の市和歌山戦。奇しくも和歌山勢に対する連敗が「6」に伸びた試合だった。

福本は7番・二塁で先発した2回戦の立命館宇治(京都)戦で3安打し、期待にこたえた。智弁和歌山戦でも2安打した後に迎えた14回の打席だった。「チーム内にすばらしいグラウンドで智弁和歌山と試合ができるということにまず感謝というのがあった。やっぱり勝ちたいですけど、勝ち負けよりも楽しんでプレーしようと。延長でどうなるとか、負けたらどうしようということはあんまり考えてなかった」。3時間近くの熱戦を星稜はそんな風に戦った。

日本一と人間的な成長

法政大学準硬式野球部で次のステップを目指す福本

高校時代に苦しんだこともあり、「硬式で高いレベルでの野球はここまでと自分の中で決めた」という。進学したのは準硬式野球で強豪の一つ法政大学だ。星稜の林和成監督も日本大学で準硬式野球部だったこともあり興味を持った。昨夏の大会後、実際に見学してそのレベルの高さに驚いたという。打球のスピード感やバッティング技術など学ぶことは多い。

東京世田谷区の出身だが、多摩キャンパス近くで一人暮らしをはじめた。コロナ禍から徐々に練習が再開され、8月下旬には中止になった全国大会の代替試合が組まれた。「野球では全国で勝つことを目標にやっていますが、周りから応援されるような行動であったり、自分の中の人間性を磨けたりできれば」。あっという間に1年が過ぎた。あきらめないこと、仲間に支えられていること……。あの本塁打から多くを学び、次につなげようと思う。

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