立命館大学のRB王本剛平 最初で最後、忘れられないタッチダウン
アメリカンフットボールの関西学生リーグ1部は10月17日にトーナメント方式で開幕し、11月8日の準決勝は立命館大学-関西大学、関西学院大学-神戸大学の顔合わせになった。1回戦の4試合を神戸・王子スタジアムで取材して、ひときわ印象に残るシーンがあった。
ガッツポーズなきTDが一番の盛り上がり
立命が桃山学院大学を30-3とリード迎えた第4クオーター(Q)6分すぎ。敵陣6ydからの立命の第1ダウンだった。すこし古い表現だが、「豆タンク」のような背番号98の選手がボールを持つと、誰もいない左オープンを走ってタッチダウン(TD)。本人はガッツポーズもしないが、このプレーに入っていたオフェンスのメンバーが駆け寄ってきて、彼を囲んで大喜び。立命のサイドラインもこの日一番の盛り上がりで、彼が戻ってくると何か声をかけながらヘルメットをたたいたり、抱きついたりと祝福した。
一体何なんだ。そう思って手元のメンバー表を見ると、98番は立命館宇治高出身の4回生RB(ランニングバック)で王本剛平(おうもと・ごうへい)とある。知らない。身長159cm、体重90kg。まさに豆タンク。試合終了間際にも、98番はボールを持った。これは1ydのゲインに終わった。
真っ先に抱きついた主将
98番がタッチダウンを決めてサイドラインに戻ってきたとき、真っ先に彼に抱きついたのが、立命の主将でエースRBの立川玄明(たつかわ・ひろあき、4年、大阪産大付)だった。1回生からこの日まで、関西学生リーグで286回ボールを持ち、1514ydを走り、34TDを挙げてきた男だ。それが、いままでのどんな瞬間よりもまっすぐに喜びを表現していた。だから、私は試合後の記者会見形式の取材で、立川に聞いた。
王本君がTDしたとき、なんであんなに喜んだんですか?
立川はまた、満面の笑みになって言った。
「あいつが頑張ってきたのを、近くで見てきました。これまでずっと試合に出られなくても、練習から声を出してムードメーカーになってくれました。あいつがタッチダウンして、僕自身のこと以上にうれしかったです」
98番のタッチダウンにみんなが大騒ぎした理由が見えてきた。ある記者は私に「立川が98番と抱き合ってるとき、古橋(由一郎)監督も『俺が先にいこうと思ってたのに』って笑ってましたよ」と教えてくれた。
身長159cm、体重90kg、公式戦初出場
さあ、この日の「主役」に話を聞こう。何度も書くが、身長159cm、体重90kg。小さいけどデカい。独特の体形をした丸顔の男が、うれしそうにやってきた。ナイスプレーでした、と声をかけると「気持ちよかったです。現実かどうか分からない感じです」と返した。王本にとって、この日が公式戦初出場だった。
彼は日本海に面する京都府舞鶴市で生まれ育った。小学生になるとき、受験して京都市内の私立小に入学。家族で引っ越してきた。立命館宇治中に入ると同時にフットボールを始めた。その当時から身長はほとんど変わっていない。ただ体重は53kgだった。花形のQB(クオーターバック)になった。2年生、3年生のときはWR(ワイドレシーバー)をしていた。立命館宇治高ではRBになった。3年生のときはRBのローテーションに入っていた。秋の関西大会初戦で関西学院高等部に負け、高校フットボールは終わった。
「高校3年間と大学4年間で太らせていただきました」と王本。食べて食べて、大学入学のころには80kgになっていた。パンサーズには関西、関東から有望なフットボーラーが集まってくる。ほかの競技出身者でも身体能力の高い選手がやってくる。王本は完全に埋もれた。3回生まで、主な居場所は「仮想敵」としてディフェンス陣の練習台となるスカウトチーム。そして最後の1年も、スカウトチームで貢献しようと決めた。
今シーズンの関西学生リーグでは、試合中のサイドラインにいられる選手の上限が60人。約140人の選手がいるパンサーズで、RBとしての序列が14人中13番目の王本が防具を着けてサイドラインに入れるとは考えにくい。実際に本人も無理だと思っていた。なのに初戦の前日、試合のメンバーに入った。自分でもなぜだか分からなかったという。
そして桃山学院大学相手に大量リードして迎えた第4Q、98番がフィールドに送り込まれた。パンサーズは例年、リーグ戦終盤の強豪と当たる前の試合で大差をつけたあと、これまで出番に恵まれなかった4回生を起用してきた。人数制限のある今シーズンも、できれば4回生に公式戦出場の機会を、と王本のような立場の男に防具をつけさせておいたのだろう。
初ボールキャリーでTD「運よかった」
そして王本はなんと、大学で初の公式戦での最初のボールキャリーでエンドゾーンに駆け込んだ。QBからボールを手渡されて左オープンに出た瞬間、そこには花道が開けていた。「運がよかったです。向こうは僕を見て『こいつが走るわけない』と思ったから、開いてたんじゃないですか?」。王本はそう言って爆笑した。ボールを持つことがあったら、相手に思いっきり当たってタックルを外そうと思っていたが、誰もタックルにこなかった。
立川に抱きつかれ、みんなから祝福されたことについて「うれしかったです。普段の僕とギャップがあったからやと思います」と、王本は照れた。
次の戦いは11月8日、準決勝の関西大学戦だ。昨年のリーグ戦で足元をすくわれた相手。そのあとも強豪との戦いが待っている。もちろん王本は4回生として覚悟を決めている。もう試合での出番はないだろう。「あとはスカウトチームで自分の役割を果たすことだけです。練習前のストレッチから一番に声を出して、やっていきたいです」
そんな王本にしつこく聞いてみた。
とはいえ、忘れられない日になりましたね?
王本は「はい」と最高の笑顔で言った。彼の顔写真を撮っていると、通りがかった仲間から「ゴウヘイ、ガッツポーズもしとけ」と声がかかり、王本は即座に右腕でポーズをとった。
社会人でアメフトを続ける気はなかったが、「今日のタッチダウンが気持ちよくなってきたら、分からないです」と言い出した。まずはフットボール10年目のシーズンをパンサーズでやりきったあと、来年以降にボールを持って不器用に突き進む王本の雄姿が見られることだろう。