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特集:#atarimaeni CUP

流経大、下克上でアミノバイタルカップ初V 曹貴裁コーチとともに成長していく

延長戦の末、流経大が初優勝を果たした(すべて撮影・松永早弥香)

アミノバイタルカップ2020 第9回関東大学サッカートーナメント大会 決勝

11月3日@東京・AGFフィールド
流通経済大 3-2 早稲田大
流通経済大が初優勝

11月3日、アミノバイタルカップ2020の決勝が行われ、2部の流通経済大が延長戦の末に3-2で1部の早稲田大を下し、初優勝を飾った。流経大主将で浦和レッズ内定のDF伊藤敦樹(4年、浦和ユース)は「非常に難しい展開の中で先制されて、本当に苦しい展開でしたけど、最後まで諦めない気持ちが結果につながったと思います」と話す一方で、今年3月より研修も兼ねてチームを指導してきた曹貴裁(チョウ・キジェ)コーチの存在の大きさ、感謝の気持ちを口にした。

流経大・アピアタウィア久、東京五輪延期で再挑戦 ラストイヤーはチームのために
「人のために」が肝心 流経大サッカー・中野雄二監督(上)

ラストワンプレーで同点、勢いのまま延長戦を制す

昨シーズン、流経大は1部11位となり、現行の関東リーグ体制で初めて2部に降格した。今シーズンの流経大にとって、1部昇格は絶対条件。そして1部のチームともタイトルを競う今大会への思いは強かった。

流経大は立ち上がりからボールを支配した。早稲田大もサイドから狙うも、FW加藤拓己(3年、山梨学院)にはベガルタ仙台内定のDFアピアタウィア久(4年、東邦)がしっかりマーク。「加藤くんを抑えるのが自分の役割だと思っていましたし、曹さんにも『空中戦では絶対負けるな』と言われていて、そこだけは絶対負けないように強くプレーしました」。アピアタウィアと伊藤、ふたりのセンターバックが守りを固め、早稲田大にシュートを許さない。0-0のまま、前半を終えた。

身長190cmの高さを生かし、アピアタウィア(12番)は空中戦を制した

後半22分、流経大はDF佐々木旭(3年、埼玉平成)のクロスにFW満田誠(3年、広島ユース)が合わせるも、シュートは枠外へ。後半39分には早稲田大の加藤がドリブル突破からシュートを放つが、GK北川空(2年、三重)が正面でキャッチ。両者得点がないまま、後半43分、流経大DF宮本優太(3年、流経大柏)のハンドで早稲田大はPKを獲得。これを加藤が決め、早稲田大に先制点が入る。流経大も諦めない。宮本に代えてFW伊藤隆人(4年、盛岡商)を送り込み、果敢に攻める。後半のラストプレーでPKを獲得。伊藤敦は冷静にこれを決めて1-1。延長戦に突入した。

土壇場で追い上げた流経大の勢いは続き、延長前半5分、コーナーキックからのこぼれ球をベガルタ仙台内定のFW加藤千尋(4年、流経大柏)が押し込み、逆転弾を奪う。延長前半14分にはさらに伊藤隆が追加点。延長後半アディショナルタイム1分、早稲田大はこぼれ球を拾ったFW杉田将宏(3年、名古屋U-18)がゴールを決めるも、試合終了。流経大に歓喜の瞬間が訪れた。

流経大の加藤(9番)の逆転弾。「こぼれ球をずっと狙っていたので、いいところにきたな。枠に入れることだけを考えていて、たまたま入ってラッキーだった」

試合後、早稲田大の外池大亮監督は「得点したことで、逆に我々の緊張がとれてしまったのかもしれない。(後半)ラストワンプレーで失点してしまったというダメージは、正直、延長戦でもあったと思います」とコメント。昨シーズン、早稲田大は最終節で1部残留を果たした。ともに1部残留を争ってきた流経大に対し、降格した悔しさをバネにして力を蓄え、最後まで諦めないハングリーさで戦ってきた強さを感じたと振り返る。

曹コーチのチャレンジ精神と教育観

試合中、流経大のベンチでは中野雄二監督は一歩引き、曹コーチが指揮をとっていた。「『現場は曹さんがやりたいようにやってよ』と言っていて、こちらからこうやってくれとかオーダーは何もやっていないです」と中野監督。昨年10月、曹コーチはスタッフと選手へのパワーハラスメント行為で湘南ベルマーレの監督を退任し、中野監督の声かけで流経大にやってきた。中野監督としては流経大を強くするためにというよりも、曹コーチが復帰するためにという思いで曹コーチを預かったと話す。

「若い選手の能力を引き出すのがうまいと思いますし、チーム作りにおいても守りに入らない。貴裁さん自身がやり慣れたやり方ではなくて、世界のサッカーの新しいものをどんどん追求していこうとやっています。思っていた以上に素晴らしい人なんだな、プラスの効果は本当にたくさんあったな、と思っています」

現場での指導は曹コーチが中心になっている

例えば、センターバック2人だけを残して前に攻め、ラインを下げることなく前でボールを狙うなど、失敗を恐れることなく挑む。チャレンジした結果、相手にいいものを出されたらどうしたらいいかを考えた方が、選手たちもより成長できるのではないか。そうした曹コーチの言動を中野監督は「学生たちに将来を見すえた指導をしてくれているので、それが今のチームにはっきりと現れていると思います」と評価している。

中野監督は当初、曹コーチがJ1の監督として活躍していたことから、「もっとサッカーサッカーしているかな」と感じていたという。しかし実際に接してみるとそんなことはなかった。「彼には教育観があります。学生ともよく話し合いをしますし、メンバーから外れた選手とのコミュニケーションをすごく大切にしています。日々のミーティングでもこういう考え方なんだと驚くことが多く、人が成長するために、サッカー以外のこともよく考えています」

曹コーチ「改めてサッカーを好きになれた」

曹コーチがチームに加わった時、主将の伊藤敦は不安を感じることなく、練習でも常に球際の激しさや切り替えを求められたことで意識が高まり、1カ月の間でもチームの変化を実感したという。「ピッチ内では結構厳しいんですけど、練習が終わったらフレンドリーな感じで接してくれます」。決勝前には曹コーチから感謝の気持ちを伝えられ、「曹さんのためにも絶対優勝してやる」という思いが強くなったという。

試合後、優勝に沸くチームの様子を、曹コーチは少し離れたところで眺めていた。そんな曹コーチの元に選手たちが駆け寄り、胴上げをしようと引き寄せる。曹コーチは「俺はいいから」と遠慮していたものの、結局、選手たちの手で宙を舞った。

選手たちに囲まれ、曹コーチも笑顔で胴上げ

曹コーチは今大会の優勝に対して、「別に僕が何かをやったわけではなく、中野監督をはじめスタッフの日々の積み重ね、なにより選手にもっとうまくなりたいという気持ちがあったからです。僕は研修という立場で、ピッチの上でだけ『こうすればいいかな』と思うことを提示しただけ。流通経済大学サッカー部に『おめでとうございます』という気持ちです」と控えめに話す。

流経大のコーチとして大学生、大学サッカーに向き合うにあたり、たくさんのことをスタッフや選手に教わった。プロの世界で戦う中で、目の前の試合で勝つことを優先させるあまり、自分の視野が狭くなってしまっていたと振り返る。サッカー選手として技術を極めることだけではなく、人と人とが助け合うこと、我慢強くなること、勝負にこだわること。学生の姿を見て、選手たちはそういうことを大事にしているんだなと感じたという。

「Jリーグで監督をしている時は、大学生とそういう時間を過ごすことはほぼ不可能でしたので、サッカーを純粋に好きな人たちの中にいて、改めてサッカーを好きになれたところもあります。ここでそういう時間をもらえたことは自分にとってすごく大きいし、感謝の気持ちしかないです」

指導者資格の公認S級ライセンス停止が明けてJリーグの監督に復帰も可能になり、現在、曹コーチの元には複数のクラブからオファーがきているという。中野監督は「本音を言えば、このまま流通経済大学に残ってほしい」と笑顔で話すも、「J1の舞台で優勝してほしい」という気持ちもある。

伊藤敦(左から2人目)は曹コーチのおかげでチームは変わったと言う

1部昇格を目指す流経大のシーズンはまだ続く。「曹さんが来てくれてありがたかった。まだシーズンは続くので、これから曹さんと一緒に成長していきたい」と伊藤敦は言う。初優勝で得た自信を胸に、リーグ戦後期、来年1月の全国大会に挑む。

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