野球

早川隆久が投げれば何かが起こる、土壇場の蛭間拓哉の逆転弾で早大が10季ぶりV

優勝を決めた早大の早川主将は捕手の岩本と抱き合い喜んだ(撮影・すべて朝日新聞社)

東京六大学野球秋季リーグ戦第8週最終日

11月8日@神宮球場
▽2回戦(早大2勝)
早大 001 000 002|3
慶大 001 100 000|2
【早】今西、西垣、山下、徳山、柴田、早川-岩本【慶】森田、小林綾、長谷川、長谷部、増居、関根、木澤、生井-福井
【本塁打】蛭間(生井)
▽最終成績 (1)早大7勝3引き分け、勝ち点8.5(2)慶大、明大6勝2敗2引き分け、勝ち点7(4)立大3勝5敗2引き分け、勝ち点4(5)法大2勝6敗2引き分け、勝ち点3(6)東大9敗1引き分け、勝ち点0.5

早稲田大学と慶應義塾大学がともに全勝でぶつかった東京六大学野球秋の早慶戦。早大は引き分けでも優勝だった慶大有利の1回戦に続き、2回戦にも連勝し、通常の勝ち点に相当するポイントを8.5に伸ばし、2015年秋以来、10季ぶり46度目の優勝を飾った(優勝回数は法政大学と並ぶリーグトップタイ)。

1点を追う八回途中マウンドへ

優勝の瞬間、マウンドに立っていたのはやはりこの男だった。慶大2回戦、早大の早川隆久(4年、木更津総合)は最後の打者から三振を奪うと、喜びを全身で表した。先のドラフトでは4球団競合の末に楽天から1位指名されたスーパー左腕も、これが入学以来初のリーグ優勝。「野球をやっていてよかったな」。試合後、手塩にかけて育ててくれた小宮山悟監督の優勝インタビューを聞きながら、人目もはばからず涙した。主将として受け取った天皇杯の重みは、筆舌に尽くしがたく、手にした瞬間に鳥肌が立ったという。

前日の1回戦に早川の1失点完投で勝った後、小宮山監督はこう明言していた。「明日も最後は早川でいきます」。その言葉通り、早川は「トリ」で登場する。ただ登板したのは、リードした場面ではなく、1点ビハインドの八回2死一、三塁。1点差だったが、打線は八回まで計3安打で1得点と振るわず、さすがの小宮山監督も「奇跡でも起きないと……」と、この時点では早川が優勝投手になる絵面が浮かばなかった。

九回表早大2死一塁、蛭間は逆転の2点本塁打を放つ

だが早川は違った。思い描いたのは法大2回戦、2点リードされた八回1死満塁から登板した試合だった。早川はこのピンチを見事に切り抜けると、その裏、打線が同点に追いつき、勝ちに等しい引き分けをもぎ取り、0.5ポイントを得た。

たとえ負けていても、早川が出てくれば何かが起きる――それは早慶2回戦で伝説になる。早川がこの場面を抑えると、九回、ドラマが待っていた。主役は前日の1回戦で決勝2ランを放った蛭間拓哉(2年、浦和学院)だ。2死一塁、あとアウト1つで慶大の優勝が決まる中、蛭間が放った打球はぐんぐん伸びて中堅バックスクリーンへ。劇的な逆転2ランとなった。「ベンチに入れなくても献身的にサポートしてくれた4年生のために打ちたかった」。連日の打のヒーローは、目に涙をためながらダイヤモンドを回った。

九回表早大2死一塁、蛭間(左)は逆転の2点本塁打を放ち生還、涙を浮かべる

チームのためにという姿勢が大きな力に

小宮山監督は言う。「自分のためにというよりも、誰かのためにという方が大きな力を生むんです」。秋のリーグ戦、早川は他校から徹底的にマークされ、ドラフト1位候補としても常に注目を浴び続けていた。今年、特に秋からの早大は、名実ともに“早川のチーム”だった、と言っていいだろう。しかし、決して自分の評価を高めるために左腕を振っていたのではない。彼が口にするのはいつもチームのことだった。主将兼エースとしてこの姿勢を貫いたからこそ、他の選手もチームのためという思いを持ち続けることができたのだろう。そしてこれは小宮山監督の言う通り、優勝にもつながる大きな力を生んだに違いない。

九回表早大2死一塁、早大の蛭間(右)に逆転の2点本塁打を打たれた慶大の生井

敗れた慶大はあとアウト1つで泣いた。慶大からすれば、アウト1つの重みを、1球の怖さを骨の髄まで知ることになった。八回から登板したエース木澤尚文(4年、慶應義塾)は「九回2死からヒットを許したツメの甘さがあった」と唇をかんだ。エースとして優勝に導けなかった責任は自分にある。木澤からマウンドを引き継ぎ、蛭間に2ランを浴びた生井惇己(2年、慶應義塾)が試合後、目を赤くはらしながら謝ってくると、「これからも堂々と投げてくれればいい」と伝えたという。

木澤もまたヤクルトから1位指名された「ドラ1」だが、気持ちをプロに切り替えるのは少し時間がかかりそうだ。「自分たちの代で早慶戦に勝って優勝することだけをモチベーションにしてきたので……この負けをプロの糧にするとか、今はそこまで考えられません」。それでも最後は前を見据えてこう誓った。「ただでは転ばないつもりです」。

小宮山監督は優勝インタビューで「長く野球に携わってきたが、この試合(早慶2回戦)が一番感動した」と感極まった。敗れた慶大にはこの試合、悔しさしかないかもしれない。それでもきっといつの日か全部員にとって、何ものにも代え難い財産になるだろう。早慶戦史に深く刻まれる熱戦だった。

優勝し記念写真におさまる早大の選手たち

コロナ禍で行われた優勝をかけての早慶戦。試合後しばらくは、上限いっぱいにスタンドを埋め尽くした1万2千の観衆の拍手が鳴りやまなかった。

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