感心したホームスチール、目についた意識の低さ 早稲田大野球部・小宮山悟監督(上)
東京六大学野球の秋のリーグ戦が9月14日に開幕します。早稲田大学野球部は通算45度のリーグ優勝。これは法政大と並んで六大学最多の優勝回数です。その伝統校を今年から監督として率いるのが、OBの小宮山悟さん(53)です。ピッチャーとして日本のプロ野球で通算117勝を挙げ、アメリカのメジャーリーグのマウンドも経験されました。連載「監督として生きる」の第8弾として登場いただき、3回の連載の1回目は春のリーグ戦について語ってもらいました。
早慶戦の奇襲に神宮が沸いた
この春の東京六大学野球リーグ戦最終週、早慶1回戦での出来事だった。4回表のワンプレーに神宮球場が沸いた。1点を追う早稲田は1死二、三塁のチャンスを作った。三塁走者は瀧澤虎太朗(3年、山梨学院)、打席には主将で4番の加藤雅樹(4年、早稲田実)。カウントは2-2になった。
慶應の左のエース、「ボンバー」こと高橋佑樹(4年、川越東)が、キャッチャーからの返球を受ける。5球目の投球動作に入る前、ほんのちょっとのスキを突いて、瀧澤はホームへ駆け出した。頭から滑り込んでホームスチール成功! 意表を突かれた高橋がキャッチャーに送球できないほど、完璧なタイミングだった。これで早稲田は追いついた。両者1点ずつを加え、2-2で迎えた8回表には瀧澤のソロホームランで勝ち越し、接戦をものにした。
控えでも研究を欠かさなかった滝澤
このホームスチールについて、小宮山監督はうれしそうに語り出した。
「瀧澤はここ何シーズンもの映像を確認して、慶應の高橋のクセを見つけてました。高橋は三塁ランナーを背負うピンチになるとロジンバッグを手にとって、3回以上小さく投げ上げる。ロジンに触って投げ上げた瞬間にスタートすれば3秒ぐらい時間があるから、たぶんいけますと言ってきたんです」
瀧澤の準備が実ったホームスチールだったのだ。この日の試合前、瀧澤は小宮山監督にそのことを報告。「サードまで行ったらホームスチールしていいですか?」と言ってきたという。
「トップバッターの瀧澤が三塁に進むということは、打席には3番、4番、5番あたりのバッターがいるはずなので、どうしようかなと思ったんですけど、ホームスチールが成功すればインパクトは大きい。そう思ってゴーサインを出しました」
見事な奇襲の成功に、早稲田側のベンチもスタンドも沸いた。小宮山監督も拍手して喜び、試合後、報道陣の前でも瀧澤のホームスチールを絶賛した。
「彼はこの春からレギュラーに定着した選手です。それまでの2年間は試合に出たり出なかったり、代打で出たりという選手でした。にもかかわらず、ずっと映像で高橋のクセを探し、見つけていた。そこに価値があるわけです。自分がもし試合に出たら、ということを想定しながらいろいろ研究してたんでしょうね。彼にとっては忘れられない試合になったと思いますよ。これを今後の野球人生に生かせられれば、より深く研究するということにつながるでしょう」
能力は高くても、取り組みが甘い
こうして早慶戦の初戦には勝ったが、続く2回戦、3回戦にはそれぞれ1-5、0-2で敗れ、慶應から勝ち点は奪えなかった。慶應の投手陣の前に、2回戦は6安打で1点のみ。3回戦は高橋に完封された。監督として戦った最初のリーグ戦、早稲田は明治と慶應に勝ち点を落とし、7勝6敗の勝ち点3で3位に終わった。小宮山監督は険しい表情で振り返る。
「春はね、早慶戦の前に明治の優勝は決まってたんです。でも、早慶戦でもし勝ち点を挙げられたら、合格点をあげようと思ってました。それぐらいの頑張りに見えたので。ところが1戦目に勝ったところで緊張の糸が切れてしまったのか、2戦目、3戦目がみっともない試合になってしまいました」
力がないわけではない。外野手の加藤と瀧澤はリーグ戦の打率十傑に名を連ねた。ふたりに加え、キャッチャーの小藤翼(こふじ・つばさ、4年、日大三)、ショートの檜村篤史(4年、木更津総合)の計4人がベストナインに選ばれている。左のエース早川隆久(3年、木更津中央)は侍ジャパン大学日本代表に選ばれ、日米大学野球で先発を任されるまでに成長した。
「選手たちの能力は相当高いと思います。ところが、学生たちの思考能力というのかな、これが、僕が思っていたよりはるかにレベルが低い。これは早稲田に限らず、すべての大学の指導者が苦労してる部分だと思います。一つ言って一つしか理解できない。それによって付随するもの、派生するものも含めて考えが及ぶようにならないといけないんですけど、そういう経験をしてきてないので、考える習慣がついてないんだと思います」
早稲田は2015年に春秋のリーグ戦を連覇し、6月の大学選手権を制して大学日本一に輝き、11月の明治神宮大会でも準優勝を果たしている。小宮山監督は12年から14年まで野球部の特別コーチとして指導にあたっていたが、当時の選手たちと現在の選手たちを比べても「能力の高さはいまの方が上」と言いきる。
「ただ、野球に取り組む姿勢は、その当時の選手たちの方がはるかに高かった。あの年はもし神宮大会に勝ってれば“グランドスラム”でした。相当に意識が高かった選手たちです。それに比べるといまは、それだけの高い能力を有してる選手がいるにもかかわらず、取り組みが甘い。これはもう、明らかに甘いです」
考える力、野球に取り組む姿勢が小宮山監督の求めるレベルには遠く及ばない。春のシーズンで、それがはっきりした。