野球

連載:監督として生きる

歯を食いしばって頑張れる人間になれ 早稲田大野球部・小宮山悟監督(下)

壁にぶち当たったとき、何とかしようと知恵を絞る選手を求める(インタビューカットは撮影・佐伯航平)

東京六大学野球の秋のリーグ戦が9月14日に開幕します。連載「監督として生きる」の第8弾は、今年から早稲田大学野球部の監督となった小宮山悟さん(53)です。3回の連載の最終回は、小宮山さんが求める選手像についてです。

明治の選手の奮闘ぶりに目を奪われた

小宮山さんは現役を引退後、2012年から早稲田で野球部の特別コーチとして指導を始めた。その年の春のリーグ戦終盤、明治大の岡大海(ひろみ、当時3年=現・千葉ロッテ外野手)の奮闘ぶりに目を奪われた。早稲田との戦いで、岡は1回戦から4回戦までいずれの試合も野手としてスタメン出場したのち、試合終盤にはリリーフでマウンドに立った。

「彼は、あの明治のユニフォームを着て、チームの柱として矢面に立ち、最後まで歯を食いしばって戦い続けた。打って、走って、守って、投げて、4試合のほぼ全イニングに出た。4回戦はもう余力がなかった。それでも歯を食いしばってがむしゃらに頑張る姿が、周りの仲間にどれだけの影響を与えたことか。彼のような人間を、これから育てていかなければいけないと思います。頑張りがきくか、きかないか。それは野球だけじゃなくて社会に出ても必要な部分です。目の前に障害物があって、その障害物をどう乗り越えるか。壁に当たった瞬間に『もう無理』ってあきらめるのか、それとも何か手を尽くそうと知恵を絞るのか。がむしゃらに何度も何度も立ち向かっていくのか。歯を食いしばって頑張っている姿が、仲間からの信頼を得るんです」

歯を食いしばって壁に立ち向かい、知恵を絞り、その壁を自ら突破していく。小宮山監督はそんな人間を早稲田で育成していきたいと考えている。

「逆に許せないのは、壁に穴があいてから行く者。頑張った者が、ようやくその壁を突き破って向こう側に行ったのを、それに乗じて何の苦労もせずにスーッと行く者。これを許しちゃいけないのがアマチュア野球です」

頑張った人のあとについていくという生き方は許せない

監督として選手の勧誘にも関わるが、「どうしても早稲田へ」という強い思いのある学生に入ってきてもらいたいという。

「何が何でも早稲田なんだ、っていう思いがあれば、ちょっとやそっとじゃへこたれない。歯を食いしばって頑張るというのが一番尊いことなんです」

教えすぎない

学生を指導するにあたって、基本に置いているのは教えすぎないことだ。

「最初に答えを教えちゃうと、『こんなこともできないのか』っていう話になっちゃうんで。学生たちにとっては知らないことなので、できなくて当たり前。それをできるように導かなければならない。自分の頭で考えさせて、どうすればいいのか、それぞれが瞬時に頭の中でイメージできるというようなレベルにしたいんです。全部教えてしまうと、学生は教えられたことで満足しちゃう、そこで終わってしまいます」

監督、コーチ陣が用意した勝つための作戦を教え込むスタイルの野球部もある。結果を出すにはそれが近道かもしれないが、「それではその先が続かない」と小宮山監督は話す。

「毎日ミーティング漬けにして、全部教えて、できないやつには『こんなこともできないのか』って、グラウンドから外す。それが一番てっとり早いと思いますよ。でもそうすると、そこでは解決できても、その先が続かない。新しいチームになるとまた一からやり直しになりますから。そうならないように。時間はかかると思いますけど、学生が大人として扱ってもらえるような、そんな集団にしていきたいと思ってます」

1年生、中川卓也への大きな期待

この春、主将として大阪桐蔭高校で春夏連覇を経験した男が早稲田に入ってきた。内野手の中川卓也だ。昨夏の甲子園。小宮山監督には中川に関して、忘れられないシーンがある。

「夏に優勝したとき、中川は応援席へあいさつに行ったあと泣き崩れました。あれが印象に残ってるんです。相当なプレッシャーを背負って戦ったと思います。何ともいえない雰囲気がありました。今年の2月の頭に中川が両親と一緒に合宿所へあいさつに来たとき、僕は『卒業するときには立派な野球選手としてプロ野球へ送り出します』と約束しました。だから、徹底的に鍛え上げるつもりです」

春のリーグ戦で、打席に向かう前の中川に語りかける(撮影・杉山圭子)

この春、中川は開幕戦からリーグ戦全13試合に出場、47打数6安打。打率は、規定打席数に到達した38人中37位の1割2分8厘だった。小宮山監督は打てずに苦しむ中川を、一貫してスタメンでフル出場させた。

「彼の野球人生の中で、こんなに打てないのは初めてだと思います。高い授業料を払ったかもしれないけども、それを生かせるだけのものを彼は持っている。早稲田としても大事に、大きく育てないといけない選手。4年の秋には『もうどっからでもかかってこい』というぐらいのバッターになっているように育てたいと思ってます」

9月14日、監督として2度目のシーズンが幕を開ける

もう1度、野球界を引っ張る存在に

小宮山監督は練習が終わったあと、合宿所の監督室でその日の学生たちのプレーを思い返し、考えを巡らせる。「考えることが苦にならないんです。マネージャーの学生は『早く帰ってほしい』と思ってるでしょうけど(笑)」。時には2時間以上考え込むこともある。

「日本の野球界がこれだけのものに発展してきた中で、早稲田大学野球部の力は相当大きかったと思います。いま、再びアマチュア野球界のリーダーとして、慶應とともに、全体を引っ張っていかなければならない。そこはしっかりと意識しないといけないと思ってます。ただ、それはその当時のことであって、いまは決してそうではない。もう1度、早稲田がそういう存在になれるような、そういう組織にしなければいけないんだろうと考えてます」

そうした強い決意を持って、小宮山さんは早稲田の監督に就任した。就任2年目の佐藤孝治助監督のサポートを受け、打撃部門はベテラン指導者の徳武定祐コーチ、守備・走塁部門は昨年まで横浜DeNAなどでプレーした田中浩康コーチが受け持つ。

「能力の高い選手たちがいるということは、この春、証明できました。そうなってくると、あとは監督のコーディネート力だろうということになります」

手ごたえはつかんでいる。9月14日の法政戦から、監督として2シーズン目の戦いが始まる。

監督として生きる

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