野球

特集:2020年 大学球界のドラフト候補たち

慶應義塾大学のエース木澤尚文、不器用であることを強みに真っ向勝負

慶應義塾大学のエース木澤尚文(撮影・すべて朝日新聞社)

ケガに泣いた慶応義塾高時代を乗り越え、慶應義塾大学で成長を遂げた木澤尚文(4年)。
10月26日のドラフト会議で上位指名候補の剛腕は、ストライクゾーンで勝負して、リーグ優勝と最高の評価を手にするつもりだ。

今春までの奪三振率は驚きの13.09

木澤は自分のことを「不器用」と言う。

「ボールの出し入れが得意なわけではないですし、1試合の中で何回も緩急をつける投球ができるわけではないので」

確かに木澤のピッチングは今のところ、洗練されているとは形容し難い。だが「剛」を貫き、打者と真っ向から勝負する様は見る者を惹きつける。「ストライクゾーンで勝負して、その中で空振りが取れるのが僕の強みだと思っています」

183cmの上背から最速155kmのストレートを投げ込み、カットボールやタテのスライダーも操る右腕は奪三振率も高い。今春までリーグ戦では計44イニングスで64。奪三振率は実に13.09である。木澤はテクニックを駆使する投球をすることなく、これだけの三振を奪った。

堀井哲也監督は木澤について「西武の十亀剣(とがめ・けん)に近い」と話す。社会人野球の名門・JR東日本で、2019年まで15年間監督を務めた堀井監督は、数々の好投手をプロの世界に送り込んだ。十亀もその1人である。「タイプは違いますが、真っすぐの強さ、決め球の変化球は十亀に近いものがあると思います」。十亀は2011年のドラフトで埼玉西武ライオンズから1巡目指名を受けた。

秋は勝利を優先する投球にチェンジ

「剛」のイメージが強い木澤だが、秋のリーグ戦ではそのスタイルを少しだけマイナーチェンジしているという。

「これまでは先発してもリリーフの延長のような感じで投げていましたが、長いイニングを投げるために1球1球が勝負球という考えは改めました」

マウンド上ではアグレッシブな慶大の木澤

木澤は春のリーグ戦では、先発、セットアッパー、抑えと三役をこなし、チーム4勝のうち2勝をマークした。秋は先発に専念し、これまで3カード全てで1回戦の「頭」を担っている。まずはチームの勝利を優先する投球を。この言葉はエースとしての自覚の表れだろう。

第3週の立教大学戦では勝利投手にはなったものの、7回を投げて10安打6失点と打ち込まれた。だが、第5週の明治大学戦では立て直す。「試合がなかった2週間で、技術的なことは戻しきれませんでしたが、頭をクリアにしました」。入江大生(4年、作新学院)との「ドラフト上位候補対決」としても注目を集めたこの試合、8回2失点と先発の役割を果たす。入江より先に点を許さなかった。それでも試合後の木澤の表情は冴えなかった。2失点した7回を振り返り「1点で終わらせないと」と、2点目を悔いた。目線は高い。

ケガを乗り越え成長

木澤は子供の頃から表舞台で光を浴びてきた。小学時代はロッテジュニアに選ばれ、12球団ジュニアトーナメントで優勝。当時のチームメートには、後に横浜高校に進み、ドラフト1位で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団した藤平尚真もいたが、投手の中心になったのは木澤だった。中学でも才を発揮し、八千代中央シニアのエースとして、3年春の選抜大会で全国制覇を果たしている。木澤の未来には明るい展望しかなかった。

ところが、慶應義塾高では順調だった道のりに影が差す。理由はケガだ。木澤は1年冬に右肩を痛めると、3年春には右ヒジを痛めてしまう。神奈川大会決勝まで進んだ同夏は、治療しながらなんとか2試合に登板したものの、エースの座は高校・大学を通じて1学年後輩の森田晃介(3年)に譲る形になった。

慶大入学後も1年時はケガの影響でリーグ戦登板はなし。フォームの感覚を取り戻すのに時間を要した。2年春に神宮デビューを果たし、秋には初勝利を挙げたが、本領を発揮し始めたのは3年生になってからだ。3年春は4カードで2回戦の先発を任され、2勝をマークする。秋は1試合2イニングの登板に終わったが、明治神宮大会では城西国際大学との準決勝に先発して勝利投手。19年ぶり4度目となる秋の日本一に貢献した。

ピンチを脱した場面で吠えるなど、マウンドではアグレッシブな姿を見せる木澤だが、素顔はかなり違うようだ。慶應義塾高で1、2年時に同じクラスだった小貫(おぬき)怜央(慶大理工学部4年)はこんな話をしてくれた。小貫は車いすソフトボールのプレーヤーでもある。

車いすソフトボールの小貫怜央(撮影・上原伸一)

「木澤は高校に入った時から、学校では有名でした。野球のすごいやつが来たぞと。もっとも本人はそんなそぶりは見せることなく、クラスに溶け込んでいました。どちらかというと物静かで、真面目でしたね。何事もコツコツやる性格のようで、野球と勉強もしっかり両立させていました」

3年生になってクラスが分かれてから、大学でも学部が別と(木澤は商学部)話す機会もなくなったが、木澤がドラフト上位候補と呼ばれていることには驚いているという。

「高校ではケガもあって、そこまでになるとは思わなかったので。もちろんポテンシャルもあったのでしょうが、きっとコツコツと積み上げていったのでしょう」

毎試合、引退試合と思って挑む

慶大は第5週終了時点で、5勝1引き分け。勝ち点ポイント5.5で首位を走る。木澤は優勝を目指し、残り2カードも完全燃焼するつもりだ。伝統の早慶戦ではドラフト1位指名が確実な早川隆久(4年、木更津総合)との熱い投げ合いも見られるに違いない。

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「コロナの影響で突然、リーグ戦が中止になるかもしれません。残りの試合も毎試合が引退試合だと思って挑むつもりです」

背番号「18」。不器用さが木澤の魅力でもある

リーグ戦期間中に行われるドラフトが迫っている。気にならないと言えば、それは嘘になろう。しかし、まずは優勝。神宮大会の中止が決まり、2年連続秋の日本一の目標は失われたが、その右腕で38度目のリーグ優勝に導く。

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