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オービックVS.関西学院大 2013年ライスボウルの名勝負を振り返る

2013年ライスボウル。試合終了10秒前、熱戦にけりをつけたオービックRB古谷のタッチダウン(撮影・全て朝日新聞社)

アメリカンフットボールの日本選手権プルデンシャル生命杯第74回ライスボウルは来年1月3日、東京ドームでキックオフを迎える。社会人Xリーグを7年ぶりに制したオービックシーガルズと、3年連続の出場となる関西学院大学ファイターズの顔合わせ。両チームは2012~14年に3年連続で対戦し、いずれもオービックが勝っている。ただ21-15で決着した13年の対戦は、最後まで分からない展開になった。当時関学の監督だった鳥内秀晃さん(62)の話を中心に熱戦を振り返る。

第66回ライスボウル

2013年1月3日@東京ドーム
オービック 21-15 関西学院大
得点経過
第1Q【オ】6分19秒 TD RB古谷1ydラン○          7-0
第2Q【関】14分41秒 TD RB鷺野→RB望月3ydパス○     7-7
第3Q【オ】2分2秒   TD QB菅原→WR木下20ydパス○ 14-7
第4Q【関】12分    TD RB望月1ydラン◎       14-15
   【オ】14分50秒 TD   RB古谷1ydラン○                21-15
〈1クオーター(Q)15分、◎はTFPのプレー成功、○はキック成功〉

「4年生に申し訳ない」居酒屋で漏らした鳥内前監督

大阪市内にある鳥内さん行きつけの居酒屋の店主は、2013年1月3日の夜のことをよく覚えている。「オッサン東京から戻ってきて、家に帰らんとウチに来たわ。しばらく、ようしゃべらんかった。口を開いたと思ったら『4年生に申し訳ないことした』って言うたわ」。1992年から2019年のシーズンまで28年間にわたって関学の監督を務めた鳥内さんにとって、最も後悔の残る試合の一つだ。

2013年のライスボウルを前に健闘を誓い合うオービックの大橋ヘッドコーチ(左)と関学の鳥内監督

当時のオービックは2010年の秋から公式戦35連勝中で、社会人初のライスボウル3連覇がかかっていた。法政大学時代に2度の学生日本一に輝いたQB菅原俊(現コーチ)が加わって3年目で、エースとしての存在感が高まっていたシーズンだ。関学は法大との甲子園ボウル直前に、4年生で大黒柱のQB畑卓志郎が足をけが。劣勢の第4クオーター(Q)から登場すると、次々にパスを決めて逆転勝利を支えた。Xリーグ勢と学生チームとの力の差が決定的になる前の時期の対戦で、戦いようによっては関学の11年ぶりの日本一も十分にあると思われた。

ディフェンスから入った関学はオービックに最初のオフェンスでタッチダウン(TD)され、0-7となった。関学のオフェンスは進まない。だがディフェンスは進まれても粘り、オービックにミスも出て、このスコアのまま時間が過ぎていった。

観衆も度肝抜かれた関学のトリックプレー

関学は前半残り1分41秒、自陣37ydからオフェンス。QB畑はWR南本剛志(当時4年、現・エレコム神戸)にボールを集める。ノーハドルでテンポよく南本へのパスで攻撃権を更新しては、時計を止めるためのスパイクを繰り返すこと3度。ゴール前30ydからの第3ダウン10ydでは左にいたWR梅本裕之(当時3年)に5ydアウトのパスを通し、残り40秒からの第4ダウン5ydで42ydのフィールドゴール(FG)を狙う体形をとった。関学のタイムアウトは3つとも残っている。通常ならキッカーに落ち着いて蹴らせるためにもタイムアウトをとるところだが、とらない。蹴るつもりがなかったからだ。

トリックプレーだ。通常のFGの際はキッカー、ホルダー以外の9人は相手のラッシュを防ぐために壁を作る。しかし、このときは8人しかいなかった。ボールは左のハッシュにある。前のプレーで左へのパスが決まり、FGのメンバーと入れ替わるとき、南本が遠く離れた右のサイドライン際に残っていたのだ。右のサイドラインの外は関学のベンチ。オービックはベンチも含めて誰も南本の存在に気づいていない。キッカーの堀本大輔(当時4年)がキックの狙いをつけているふりをしていると、ホルダーの櫻間康介(当時4年)に向かってスナップが出た。南本が無人の右サイドをまっすぐ走る。櫻間は体を右へ開き、大きく振りかぶって山なりのパス。東京ドームに集まった観衆は度肝を抜かれた。

前半終了間際、関学のRB望月がエンドゾーンでパスを受けてタッチダウン

ゴール前6yd付近で捕った南本がバランスを崩し、3yd付近でサイドラインを踏んでしまったのは誤算だったが、3プレー後にRB鷺野聡(当時2年)からRB望月麻樹(当時4年、現・オービック)へのパスが決まってTD。オフェンスの獲得距離はオービックの218ydに対して関学は118ydながら、7-7で試合を折り返した。「ラッキーやったわな」。鳥内さんはいま、このひとことで前半を総括する。

後半も先手はオービック

後半の関学はオフェンスから。しかし最初のプレーで畑のパスが奪われ、オービックにゴール前36ydからのオフェンスを与えてしまう。これをあっさりとQB菅原からWR木下典明への20ydTDパスにつなげられ、7-14と勝ち越された。

今回のライスボウルではオービックのコーチとして臨む菅原

その後はともに1度ずつFGを失敗。第4Qに入ってオービックは敵陣11ydで第3ダウン1ydを迎え、WR木下に右オープンを突かせたが、関学DB保宗大介(当時4年)のタックルを受けてファンブル。関学がボールを抑え、自陣11ydからのオフェンスとなった。

3プレーで攻撃権更新はならず、関学は自陣18ydで第4ダウン3ydとなった。試合時間は残り9分を切った。大きなリスクを背負って、関学はチャレンジャーらしく仕掛けた。

再びみせたトリックプレー

攻撃権を放棄するパントの体形をとり、ロングスナップがパンターの堀本に飛ぶ。堀本が捕ってパントを蹴る、と誰もが思ったその瞬間、堀本がポンと投げ上げたボールを右から回り込んできたWR小山泰史(当時4年、現・パナソニック)が持って左オープンを駆けた。切れ味のあるトリックプレーで自陣29ydまで進み、オフェンスが続くことになった。

攻撃権が更新できなければ、オービックにTDを奪われていたであろうフィールドポジションでのギャンブル。最終的に「ゴー」を出した鳥内さんは「そやから効くんや」と言ってニヤリと笑った。確かに2018年の西日本代表決定戦でも、第3ダウンでQBサックを食らって第4ダウン16ydとなったときにパント体形からのギャンブルを成功させている。「ここはさすがにやってこないだろう」というところで、時に仕掛ける。完成度の高いとっておきのプレーで。それが関学というチームだ。

追い込まれてからの走りの巧みさが光った関学QB畑

このシリーズは是が非でもTDがほしい。畑がパスを決めて攻め込んだが、ゴール前16ydで第4ダウン7ydとなった。試合の残り時間は4分7秒。関学はタイムアウトをとった。サイドラインに引きあげてきた畑に、鳥内さんは言った。「投げられへんかったら、お前の個人技で走れ」と。そしてプレー開始。レシーバーは相手にカバーされて投げられない。右サイドへ出た畑は、投げるふりをして目の前の敵をジャンプさせること2度。右のサイドライン際を駆け抜けて攻撃権を更新してみせた。「アイツもウソつきやから、投げるマネしながら走りよった」。もちろんこの場合の「ウソつき」は鳥内さん流の最高のほめ言葉だ。当時の映像には、珍しく試合中に笑っている鳥内さんの様子が映っている。2プレー後に望月がTD。13-14として、関学は2点コンバージョンに出た。

逆転の2点コンバージョン

プレー開始地点を左ハッシュに指定し、狭い左サイドに4人のレシーバーを出した。プレーが始まると畑はすぐに4人の最後尾にいる望月へ後ろパス。駆け出した望月は、オービックの主将でLBだった古庄直樹さん(現・オービックコーチ)にタックルされる瞬間、両手でエンドゾーン内へ山なりのトス。これにWR小山が飛び込んで地面ギリギリでキャッチ。2点を加えて15-14と初めてリードを奪った。

このプレーはもともとオービックがゴール前でやっていたプレーをアレンジしたもの。「走れたら走れ、あかんかったら投げろよ、と。小山がなあ、勝負ええ(強い)ねん」と鳥内さん。古庄さんは「何か匂ったから、タックルにいくときに少し躊躇(ちゅうちょ)してるんです。何も考えずに突っ込んだら間に合ったかもしれませんね」と振り返る。その匂わせぶりも含めて、関学のフットボールの奥深さなのだろう。

1点リードを奪って、残り3分。鳥内さんは苦笑いで言う。「もっと時間使え、と思っててんけどなあ。入ってしもたんや。ほんまになあー」

続くオービックのオフェンス。自陣44ydからの第1ダウンでQB菅原の投じたパスを、鳥内さんの次男である将希(当時3年)がインターセプト。残りは1分39秒。関学の選手たちの喜びがはじけた。だが、鳥内さんは焦っていたという。「あんなとこで喜んでるから負けんねん。ほんまに。1分39秒ではまだあかんねん。ファーストダウンとらな、相手に時間が残んねん。しかもFGで逆転やで。だからな、『最初からパス放ってもええぞ』って大村に伝えなあかんかってん」

明暗分けた二つのヘッドセット

大村とは今年2月に監督を引き継いだ大村和輝さんのこと。当時はオフェンスのプレーを決定するオフェンスコーディネーターで、東京ドームのスタンド上方にいた。当時、監督である鳥内さん用にオフェンス、ディフェンスで別々のヘッドセットがあった。ディフェンスが終わると、裏方の学生にディフェンス用を渡し、オフェンス用を受け取って装着。コーチ間のやりとりで気になることがあれば「ツッコミ」を入れていた。

当時はオフェンスコーディネーターだった関学の大村監督

攻撃権を更新するために「パスから入ってもええぞ」と言いたかったが、ヘッドセットを付け替えているうちに第1ダウンのプレーが始まってしまった。RB望月に持たせる右へのランプレーだったが、望月がプレーサイドを間違ったことでボールを渡せず、QB畑が突っ込んで2ydのゲインに終わった。オービックが時間を止めるために後半2回目のタイムアウトをとる。残り1分33秒、第2ダウン8yd。望月が右サイドを突いたがノーゲイン。オービックは最後のタイムアウトを使った。第3ダウンは畑が右のロールアウトからキープ。これは1ydのロスに終わった。オービックの古庄さんが振り返る。「あそこは賭けないといけない状況だったから、ディフェンスとしてランだけ止めにいってました。パスを投げられてたら、多分終わってました」

わなをかけたラッシュ、雰囲気が一変

自陣31ydからの第4ダウンで9ydが残った。関学がタイムアウトをとる。残りは41秒。パントだ。関学としては少しでも遠くからオービックのオフェンスを始めさせたい。オービックの古庄さんはこのシーズンは選手兼任コーチで、パントリターンも担当していた。この日これまで関学は5回パントを蹴っていた。オービックは1回だけブロックを狙いにいっていた。そのときだけ、関学の堀本は思いきり蹴り込まず、短く蹴って転がしてきた。「ラッシュをかけたら、短いパントがくるはずや」。タイムアウトの間にそうひらめいた古庄さんは、仲間に「ラッシュ」と伝えるとともに、リターナーのWR池井勇輝に浅めの位置にセットするよう指示した。池井はプレーが始まる前に、スッと前に出てきた。「上がってきよったーーー、って思ったらもう(池井に)ダイレクトで捕られてたわ」と鳥内さん。池井はさらに5ydほどリターンした。一気に東京ドームの雰囲気が変わった。

残り34秒、ゴール前49ydから1点を追うオービックのオフェンスが始まった。関学は2つ続けてパスを通され、ゴール前1ydに。最後はRB古谷拓也にエンドゾーンへ飛び込まれ、15-21。残りは10秒。勝負は決した。

鳥内さんが振り返る。「残り34秒やろ。もう向こうにはタイムアウトないから、パスを捕られても外に出さんようにしたらええねん。外に出して時間を止められへんような守り方をせなあかん。そやけど、一回も説明できてないねん。その前のパントもそう。もしリターナーが前に出てきよったら、頭を越したれって堀本に言うといたらよかった。言いたいことは言わな損やなと思った試合やねん。俺の危機管理も甘かった。だからここからあらゆる状況に備えて、めちゃくちゃ危機管理するようになってん」。この翌シーズンから、関学の監督用のヘッドセットは、手元でオフェンス用とディフェンス用に切り替えられるタイプになった。

現役時代は日本代表の主将も務めた古庄さん

古庄さんは「あの試合の関学は、ほんまにすごかったです。隙が出たのは最後の最後だけでした」と語った。「試合前はしんどいと思ってたけど、意外とオービックもはめられよったな、と。社会人でも焦りだしたらあかんねん。だから予定通りやねん。最後のオフェンスだけやねん。悔いが残るのは」。心底悔しそうな表情になって、鳥内さんが言った。

語り継がれる大熱戦よ、再び。

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