陸上・駅伝

特集:第97回箱根駅伝

駒澤大・大八木弘明監督「優勝したい本気、選手たちに伝わった」箱根駅伝13年ぶりV

ゴールしたアンカーの石川(左)を主将の神戸が出迎え、ガッチリと抱擁をかわした(撮影・藤井みさ)

第97回箱根駅伝 

1月2~3日@大手町~箱根の10区間217.1km
1位 駒澤大学 10時間56分04秒(13年ぶり7度目の優勝)
往路3位 5時間30分29秒
復路2位 5時間25分35秒

1月2・3日の第97回箱根駅伝は、駒澤大学の13年ぶり7度目の優勝で幕を閉じた。10区に襷(たすき)が渡った時にはトップを走る創価大学との差は3分19秒。そこからの歴史的な大逆転劇だった。

2区田澤「エースの走りができなかった」

駒澤大学は昨年11月の全日本大学駅伝でも優勝し、青山学院大学、東海大学とともに「3強」の一角に数えられていた。事前の取材では主将の神戸駿介(4年、松が谷)が「優勝できる戦力は整った」と自信を持って発言するなど、エースの田澤廉(2年、青森山田)を筆頭にチーム力が充実していることを伺わせていた。

レース前はどのチームの監督も「1区はスピード勝負になる」と口にし、実際に各校のスピードタイプのランナーがエントリーされた。しかし牽制し合ったのか、1kmあたり3分30秒を超えるペースで10kmまで推移。駒澤大の1区を担当した白鳥哲汰(1年、埼玉栄)は先頭付近でレースをすすめるも、18km付近で遅れ始める。白鳥はトップと47秒差の15位で田澤につないだ。

「どの区間でも区間賞・区間新の走りをしたい」と言っていた田澤だが、思うようにペースが上がらない。東京国際大学のイェゴン・ヴィンセント(2年、チェビルべレク)と2秒差で襷を受け取り、「ついていったらやられてしまうので、落ち着いていこうと思いすぎた」と振り返る。自分のところで巻き返そうという思いが強く出過ぎるあまり、中盤で力を使い切ってしまい、20kmを過ぎて迎えた最後の上りでは前に足が出なくて進まなかった。

2区を任された田澤(左)は、流れを変えるような走りができなかった(撮影・藤井みさ)

7人を抜いて8位まで順位を上げたが、1時間7分27秒のタイムで区間7位の結果に「(1時間)6分台は最低でも出さなきゃいけなかった。力不足だなと思った」と口にする。昨年12月4日の日本選手権10000mに出場し、27分46秒09で現役学生トップのタイムをマークした田澤。以前は全日本大学駅伝、日本選手権、箱根駅伝とレースが続くことにも「気にしていないし、合わせられる自信がある」と語っていたが、レース後は「急ピッチでやってきたけど、やっぱり合わせきれなかった部分もある」と認めた。「エースとしての走りは全然できなかったです。しっかり結果を受け止めて、次につながる走りをしたいです」

往路3位でゴール、大八木監督によぎった「優勝は遠いのかな」

3区で襷を受け取ったのは4年生の小林歩(関大北陽)。結果的に今回のメンバーで唯一の4年生となった。以前大八木弘明監督が「レースになるといい味を出してくれる選手」と評価していた通り、積極的に前を追い、区間2位の走りで順位を3位まで押し上げる。4区は全日本大学駅伝で5区区間2位の走りをし、大八木監督からもキーマンとして挙げられた酒井亮太(2年、西脇工)。初の箱根駅伝は区間11位と苦しんだが、前を走っていた東海大の佐伯陽生(1年、伊賀白鳳)をかわし2位に。襷は5区山上りを任せられた鈴木芽吹(1年、佐久長聖)にトップと1分42秒差で渡った。

日本インカレ5000m3位入賞など、実力者揃いの駒澤の1年生の中でも一歩抜き出た存在の鈴木。7月頃に5区の可能性を大八木監督から言われたときは「冗談半分かなと思ってた」。その後11月ぐらいから本格的に候補になりはじめ、意識しつつ準備をすすめた。上りに対する苦手意識はなかったという鈴木だが、小田原中継所から箱根湯本までの間は向かい風が強く、設定タイムよりもかなり遅くなり焦っていた。

鈴木は最後「寒さで体が動かなかった」と言いながらも区間4位と健闘(撮影・佐伯航平)

鈴木から遅れること28秒、5位で襷をもらってスタートした東洋大の宮下隼人(3年、富士河口湖)が6kmすぎで鈴木に追いつく。鈴木は追いつかれて「意外と冷静に対処できた」と並走。区間記録保持者の宮下とともに走ることで、大八木監督も「いい勉強になったと思う」と評価した。しかし次第に風が強くなり、寒さで体が動かなくなってしまったという鈴木。初の箱根駅伝は区間4位、駒澤大はトップと2分21秒差の3位で往路を終えた。

復路スタート前、日体大の玉城監督と話す大八木監督(撮影・佐伯航平)

レース前から「総合3位以内」を目標としていた駒澤大。往路終了時点で、大八木監督の胸には「優勝するにはちょっと遠いのかな」という思いもあったという。3年生以下をメンバーに揃えた若いチームゆえ、「今回は3位でも充分」「次につながるようなレースをしたい」という気持ちもあった。

山下りの花崎が引き寄せた流れ

その思いをいい意味で裏切ったのが、6区の花崎悠紀(3年、富山商)だ。「最初から攻めようと思っていた」という言葉の通り、2kmすぎで8秒前を行った東洋大の九嶋恵舜(1年、小林)をとらえると、快調に飛ばし前との差を詰めていく。下りが終わったあとも箱根湯本駅で運営管理車と合流し、声をかけてもらえれば体が動くと思っていたという。大八木監督からは「区間賞いける!」「57分台だ!」という言葉が飛び、本当に57分台ペースで走れているのか信じられなくて何度も時計を見た。結果的に57分36秒で区間賞、区間歴代3位のタイムで小田原中継所へ。前との差は1分8秒まで縮まった。

花崎の好走がチームに勢いをもたらした(撮影・佐伯航平)

7区は1年生の花尾恭輔(鎮西学院)。区間4位と好走するが、前を行く創価大学の原富慶季(4年、福岡大大濠)のペースが落ちず、差は1分51秒に開く。8区の佃康平(3年、市船橋)も終始単独走となったが、前半から快調に飛ばし前との差を詰める。後半は少し落としたが、大八木監督からも「いいよ!」との声が飛んだ。9区の山野力(2年、宇部鴻城)も区間6位と健闘したものの、創価大の石津佳晃(4年、浜松日体)が区間新記録にあと13秒とせまる区間賞の激走を見せ、最終10区スタート時点では首位との差は3分19秒へと広がっていた。

アンカー石川、「男だろ!」でスイッチ

この時点で大八木監督は「2番は覚悟かな」と思っていた。それゆえ、アンカーの石川拓慎(3年、拓大紅陵)には区間賞狙いで、思い切っていけ、と声をかけた。石川は昨年も10区を走り、7位を走っていた早稲田大の宍倉健浩(現4年、早稲田実)とラスト勝負になるもわずかに及ばず8位となり、悔しさを味わい「悔しい思いを晴らしてやろう」という気持ちがあった。大八木監督も石川にはリベンジしてほしいという思いがあったといい、7区や9区も考えたが最後の最後で10区に決めたという。

襷を受け取った石川は、重みを確かめるように一瞬見やった(撮影・佐伯航平)

入りの5kmは14分40秒ほど。大八木監督の想定していたペースで石川は走った。5.9kmの鎌田のポイントでは2分45秒、13.3kmの新八ツ山橋のポイントでは1分57秒と、徐々に前との差がつまってきた。「そのあとみるみる差が詰まってきたので、もしかしたら最後の2kmぐらいでとらえられる可能性があるなと。15kmを過ぎてだんだん前が見えてきたので、そこで区間賞と優勝、2つを狙ってほしいという言葉をかけました」

石川も15kmの給水をもらったときに、普段なら後半は体がすこしきつくなるのに逆に体が動いてきて、「可能性はあるのかもと思った」と振り返る。そして20km地点でアームウォーマーをはずしたときに「これはいける」と思ったという。「監督からは終始攻めた走りをしろと言われていて、『男だろ、男だよ!』って言われたときに『よっしゃ!』ってスイッチが入りました」

前を行く創価大の小野寺勇樹(3年、埼玉栄)は時おり蛇行する苦しそうな走りで、ペースが上がらない。石川は力強い走りで小野寺の後ろにつくと、21km手前で一瞬気合を入れ直し、一気に抜き去りトップに立った。ラスト1kmで大八木監督からは「やったね、おまえ男だ!」と声をかけられ、手を上げる。時おり笑顔で運営管理車を振り返りつつ、最後の直線で1度手を挙げ、「よっしゃー!」の声とともにガッツポーズで優勝のゴールテープを切った。

最後の直線を笑顔で走る石川(撮影・藤井みさ)

石川は高校の時は、あまり強い選手ではなかったという。大八木監督の「個々の能力も伸ばすし、チームでも強くなる」という方針に共感し、「ここでしっかりやれば個々の能力も強くなる」と思い入学した。「監督も優勝したいと言っていました。全日本で優勝できて、勝てるチームの雰囲気ができてきているなと思いました。(今回)選ばれたメンバー以外にも育ってきているメンバーがいて、優勝できるなと思っていました」と改めて振り返る。

4年生への温情を捨て、次のチームづくりにかけた

今回、大八木監督は「若いチーム」と言い続けてきた。そのとおり、区間エントリー時点では3人の4年生が登録されていたが、最終的に走ったのは4年生1人、3年生3人、2年生3人、1年生3人。区間変更について問われた大八木監督は、4年生は一生懸命下級生を引っ張ってくれていた、とした上で「特に今回の3年生3人は、箱根前に2度ほど合宿をした中できちっと(練習を)やってくれて、使いたいなと。今回だけで終わることではないので、若い力を試してみたいなというのもあって、同じような調子であれば勢いのある3年生、1年生を使ってみようという思いがありました」と明かす。

神戸は一瞬、涙を堪えるような仕草をみせた(撮影・藤井みさ)

もともと1区は加藤淳(西脇工)、8区には伊東颯汰(大分東明)、10区には神戸が登録されていて、3人とも箱根駅伝の経験者。今回の登録メンバーからは外れたが、4年生では他にも小島海斗(市船橋)も箱根駅伝の経験者だ。大八木監督は4年生について、「1年間しっかりやってくれましたが、それぞれがけがで悩んでたりしていたところもある。そういう点も含めて1~3年生が力をつけてくれて、練習を見た中で今回は若い選手で行こうと」と起用について改めて言及。温情で4年生を使ってあげたい、と思うこともあったが「情でやると失敗することもあったので」と冷静に戦力を見極め、次に繋がるチーム作りを優先した。しかし本当にギリギリ、12月30日ぐらいまではどの選手を使うかは悩んでいたとも答えた。

監督と選手、気持ちがひとつになって

今シーズン、全日本大学駅伝では6年ぶりの優勝、箱根駅伝では13年ぶりの優勝。「平成の常勝軍団」と呼ばれていたが、勝てない時期は大八木監督も練習方法や選手たちとの接し方で悩むこともあった。以前は朝練の際に自転車でついていっていたが、最近は年齢を理由についていかなくなっていた。「そういうのを変えようと思って、今年は4月からずっと朝練習についたり、いろんな面を変えてきました。『監督も本気なんだ』と選手に伝わってきてからは、みんなが話しかけてくれるようになってきました」。そして以前は一人で引っ張っているという感覚だったが、今はスタッフ、マネージャー、いろいろな人に助けてもらっての優勝だと感じるといい「最高に嬉しいです」と笑顔を見せた。

来季の目標を問われると「当然全日本は連覇したい。出雲駅伝もあれば、3大駅伝を取りに行きたいです」。そしてOB・中村匠吾(富士通)の指導に携わっていることにも触れ、「このチームから世界陸上やオリンピックにつながるような選手も育てていきたい」と目標を語った。

新チームの主将は新3年生の田澤廉に決まった。「令和の常勝軍団」となるべく、気持ちをひとつにした大八木監督と選手たちはさらに突き進む。

in Additionあわせて読みたい