ラグビー

特集:第57回全国大学ラグビー選手権

天理大学のCTBシオサイア・フィフィタ、勇気与えるプレーで初の頂点へ

天理大学をバックスから引っ張るシオサイア・フィフィタ(撮影・斉藤健仁)

第57回全国大学ラグビー選手権大会決勝は1月11日に東京・国立競技場で行われる。連覇、そして最多となる17度目の優勝を狙う早稲田大学(関東対抗戦2位)に挑むのは、2シーズンぶり3回目の決勝で初優勝を狙う関西王者の天理大学だ。もし天理大が優勝すると1984年度に元日本代表の平尾誠二らを擁した同志社大学以来、36大会ぶりの関西勢の優勝となる。

天理大中盤の要で「大学生活のラストの試合なので、持っている力をすべて出して頑張りたい!」と意気込むのが、身長187cm、体重103kgの体躯(たいく)を生かしたプレーが持ち味のCTB(センター)シオサイア・フィフィタ(4年、日本航空石川)だ。

準決勝(2日)は、2シーズン前に決勝で敗れた明治大学(関東対抗戦1位)と対戦した。フィフィタは自らトライを挙げることはなかったが、それでもボールを持てば突破力を存分に発揮。またゴール前では「マークされているのがわかっていたので周りをうまく使うことを意識していた」という言葉の通り、2人、3人と相手を引きつけてからラストパスを通してトライも演出。41-15の快勝に貢献した。

サンウルブズに参加しさらに進化

フィフィタは昨季、大学選手権準決勝で早大に敗れた後、その姿は奈良の天理にはなかった。日本を本拠とするサンウルブズに大学3年生で唯一、正メンバーに選出された。「スーパーラグビーが夢だった。たくさん試合に出れば日本代表に近づける」と世界最高峰の舞台に参戦した。天理大の小松節夫監督も「本人や日本全体のことを考えたら出したほうがいいと思った」と後押しした。

サンウルブズに参加、アタック力は通用した(撮影・斉藤健仁)

50m走は6秒2のスピードを誇るフィフィタはCTBではなくWTB(ウイング)でプレーした。コロナ禍で中断するまでに6試合に出場し2トライ挙げて、世界の舞台でも攻撃力は十二分に通用することを証明した。しかし「世界と戦ってフィットネスやスピードを上げないといけないし、基本スキルももっとやらないといけない」と課題も実感した。

サンウルブズから天理に戻ってくると、フィフィタの練習態度は明らかに変わったという。コロナ禍の自粛期間でも休みの日でも、時間を見つけてはフィットネストレーニングに精を出している。小松監督は「世界を知って、自分にまだまだ足りないものがあると思ったのでしょう。大学だけだとそういうことを感じることは難しい。世界と勝負し、自分で足らないことを肌で感じて帰ってきた」としみじみと語った。

ロングパスで周りを生かすなどプレーの幅が広がる(撮影・斉藤健仁)

78-17で流通経済大学(関東リーグ戦2位)を圧倒した選手権準々決勝もそう、準決勝の明大戦もそうだったが、判断力は向上し、長短のパスで周りの選手を使うプレーも格段に上手くなった。また2年前の大学選手権の決勝の時とは違い、体を張ってタックルに行く姿もあった。サンウルブズの経験がフィフィタを一回りも二回りも大きく成長させた。

サンウルブズで戦っているとき、フィフィタに「大学でプレーせずにトップリーグでプレーしたくはないの?」と聞いたことがある。即座に首を振って「大学最後の学年だし、副キャプテンだし天理大で日本一が目標です」とキッパリと言ったことが強く印象に残っている。

副将を任される

フィフィタは小松監督が当初、キャプテンに指名しようかと悩んだほどの模範的な選手で、チームマンだという。「自分がルールを守らないと他の外国人選手が守らないから」と率先して規律やルールをしっかりと守っている。副キャプテンに任命された責任感、初優勝にかける思い、小松監督、チームメート、天理大へ恩返ししたいという気持ちの強さがフィフィタを突き動かしている。

トンガ出身のフィフィタは小学校まで陸上をやっており、小学校時代は100mハードルでトンガ1位の記録をたたき出した。そして12歳からトンガカレッジでラグビーを始めた。「あまり試合では一生懸命やっていなかったですね」と本人は振り返る。2学年上で仲が良かったという、2019年ワールドカップの日本代表に選ばれた東海大出身のCTB/WTBアタアタ・モエラキオラ(神戸製鋼)に憧れている。

前歯に入れた金は祖父の形見(撮影・斉藤健仁)

ちなみにフィフィタは前歯に金のアクセサリーをつけている。これは大学2年時に88歳で亡くなった祖父・ヴィリアミさんの形見の金の指輪を溶かしたもの。おしゃれの一つだが「ラグビーが大好きで、日本で頑張れよと言ってくれていました。おじいちゃん、俺が死んだらこの指輪を使ってと言っていたので」とはにかむ。トンガの家族の思いも背負って戦っている。

トンガから日本航空石川高へ

「もともと日本に行きたかったが、たまたまスカウトされて」と本人が言うように、高校1年生時に来日し、日本航空石川高に入学する。「花園」こと全国高校ラグビー大会などで活躍して、多くのトンガの先輩選手たち同様に天理大へと進学。なおフィフィタと同じくチームの中心のSH(スクラムハーフ)藤原忍(4年)とは高校、大学の7年間一緒のチームでプレーしている。

日本航空石川高時代、2年連続で高校日本代表に選ばれた(撮影・朝日新聞社)

大学1年時からその突破力は関西大学リーグでは群を抜いていた。それでも大学2年時の大学選手権決勝で明大と接戦したが17-22で惜敗。フィフィタはとりたてて目立った活躍はできなかった。昨年度もベスト4に進出したが、優勝した早大に14-52で力負けしまった。

今シーズンの天理大にはフィフィタだけでなく、中軸のSH藤原、SO(スタンドオフ)松永拓朗(4年、大産大附)のように1年生から中軸として試合に出場しており、悔しい経験をしている選手も多い。「アタックもディフェンスも誰にも負けたくない。練習から明治や早稲田をイメージして頑張っている」というフィフィタの言葉通り、関東の強豪に勝つためにスタンダード高く練習に取り組んできた。その結果が関西大学リーグ5連覇、そして大学選手権の決勝進出につながったというわけだ。

コロナ禍を乗り越え

またコロナ禍で春の試合がなくなり、夏合宿に行こうとした直前の8月中旬、天理大ラグビー部寮で部員が新型コロナウイルスに集団感染。出場辞退の可能性もある中で、天理大や天理市、地域の支援を受けて1カ月ほどで全体練習復帰を果たした。フィフィタをはじめとした天理大の部員からは、初優勝して天理大、天理市をはじめとしたサポートしてもらった人々へ恩返ししたいという気持ちもひしひしと伝わってくる。

残りわずかとなった大学ラグビーに集中しつつ、卒業論文で「トンガと日本のラグビーの比較について」書いているフィフィタは、「またスーパーラグビーやヨーロッパでもプレーしてみたい」と語気を強める。近い将来の目標は「アタアタと一緒に日本代表に選ばれて、2023年ラグビーワールドカップでプレーする」ことだ。

明大を破って決勝進出を決めSO松永らと喜ぶ(撮影・朝日新聞社)

今春からトップリーグでプレーし、国際舞台で大きく羽ばたく前に、フィフィタは目の前に迫った、大学最後の大舞台に集中している。「早稲田大は明治大よりいいラグビーをしてくるのではないでしょうか。準決勝でできていなかったことを修正して決勝につなげていきたい。天理大のために必ず日本一になりたい!」と真っ直ぐ前を向いた。

2019年ラグビーW杯で、「ブレイブブロッサムズ」ことラグビー日本代表の勇姿を見て、「『勇気』という言葉が好きになった」という。フィフィタが誰よりも先頭に立ってチームメートを鼓舞し、応援してくれている人に勇気を与えるようなプレーをすることが黒衣軍団に初の栄冠をもたらす。

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