バレー

春高準優勝の駿台学園・金田晃太朗が魅せた値千金のブロック、明治大でも挑戦を

身長190cmの金田は最高到達点337cmとチーム随一のジャンプ力を持つ(撮影・全て松永早弥香)

年始の高校バレーボール日本一を決める「春高バレー」に出場した選手から、4月に大学へ進む注目のアスリートを紹介します。駿台学園(東京)の金田晃太朗(3年)です。前回の春高では準優勝。コロナ禍の中でも意識高く練習を継続し、2年連続で春高決勝の舞台に立ちました。今春には関東大学リーグ1部の明治大学へ進学します。

フルセットまでもつれた市立尼崎戦で脅威の1本

フルセットはどちらが勝ってもおかしくない。2年連続の決勝進出を果たすべく、迎えた準決勝。市立尼崎(兵庫)との一戦に臨んだ駿台学園の金田は、白熱した試合の中でも頭は冷静に、試合の行方を冷静に捉えながら「ここぞ」という時を待っていた。

1、2セットをともに25-23で駿台学園が連取し、3、4セットは市立尼崎が奪取。まさに激闘、死闘ともいうべき展開の中でフルセットに突入。最後の第5セットで「ここぞ」という場面がまさに訪れた。

5-4と駿台学園が1点を先行した状況で、梅川大介監督はリリーフサーバーに菅原辰斗(3年)を投入。相手のローテーションから攻撃パターンを絞り、駿台学園はブロックとレシーブでつなぎ何とか1本ブレイクしたい。もちろん市立尼崎からすれば逆。相手が試合を動かそうと選手交代をしてきた以上、1本で取って再びサーブ権を得て連続得点すべく、試合を通し高い決定率を上げていた坂本雄大(3年)にトスを上げ、伸びやかなフォームからサウスポーの坂本が豪快にスパイクを打つ。

その1本をブロックで仕留めたのが金田だった。梅川監督も「真っ直ぐ跳んで、真っ直ぐ手を出していたにも関わらず、自分の横を抜こうとしたボールに手を出して止めた。普通はあんな止め方はできない」と舌を巻いた脅威の1本が、駿台学園に流れを呼び込む。6-5から4連続得点で10-5と突き放し、このセットを15-9で取った駿台学園が2時間を超えるフルセットの熱戦を制した。

トレーニングコーチと体をつくり、鍛えたジャンプ力

2年連続の決勝進出。金田は「最後は体が勝手に動いた」と笑みを浮かべたが、実はこの1本にはそこに至る背景がある。試合を通してなかなか止め切れなかった坂本を止めるべく、本来はミドルかライトでブロックに跳ぶ金田が自らスイッチを要求。ライトから攻撃に入る坂本に自分が対峙(たいじ)すべく、レフトで跳ぶ選手と位置を変えた。

「普通はあんな止め方はできない」と梅川監督も金田(右)のブロックを評価している

もともと駿台学園は梅川監督の掲げる戦術に基づき、サーブやブロック、スパイクにも意図を持って取り組むスタイルではあるが、監督から「こうしろ」と言われたことに対応するのではなく、選手自身が考え、動くことができるのも強みのひとつ。金田の1本は、まさにその証明でもあった。

昨シーズンまではセッターの対角に入るオポジットで試合に出場してきたが、今シーズンはミドルブロッカーに転向。もともとポジションを限定せず、どのポジションもできるように普段から練習を重ねるのが駿台学園の特徴でもあるが、チームの中でブロックが最も優れている金田はブロックの要だけでなく、リベロの矢島大輝主将(3年)とともにトータルディフェンスの柱となる存在だ。

ブロックの形やジャンプ力は入学当初から目を見張るものがあったが、特に成長を遂げるきっかけになったのが、一昨年の11月にトレーニングコーチを招聘(しょうへい)し、選手一人ひとりの特性に応じたトレーニングに取り組むようになってから。体組成や筋力を分析し、ジャンプひとつとってもハムストリングスの力が強いのか、腱(けん)の力が強いのかによって、トレーニングメニューも異なる。

その結果、弱い箇所を補うのはもちろんだが、長所をより伸ばすことにもつながりジャンプ力や筋力値も大幅に向上。金田自身も「筋力がついたことでブロックのステップでの切り返しや、踏み込みがしやすくなって前よりも高く跳べるようになった」と言う。梅川監督も「一度ジャンプした後に、もう一度別のスパイクを抑えるために跳ぶスピードが抜群に速い。大学生やVリーグの選手と比べても、あのタイミングで高さを出せる選手はなかなかいない」と高く評価するように、トレーニングの成果で筋力が増え、ジャンプ力も増した。

3年生が中心になり、互いのプレーを厳しく指摘し合う日々

成長を遂げたのはそれだけではない。昨年の春高では決勝で東山(京都)に敗れ、リベンジを誓った高校最後のシーズンだったが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いインターハイ、国体など全ての公式戦が中止になった。特に感染者の多い東京は練習や登校の制限も厳しく、トレーニングコーチから与えられたメニューを自宅で黙々と行うしかない。モチベーションを維持する難しさ、当時の不安を金田はこう振り返る。

「自粛期間が明けて再開されても都を越える遠征はできないので、なかなか練習試合や合宿もできない。ここまで練習してきたことがどれぐらい身についているかも分からないし、自分たちが今どのレベルにいるのか分からなくて、ずっと手探り状態でした」

練習試合や合宿が制限された中、金田(左)たち3年生は練習の中で一つひとつのプレーの意図を全員に意識させてきた

成果も課題も見つけられるのは練習だけ。だからこそ、3年生を中心に厳しく日々の練習に取り組んできた。ゲーム形式の練習時には一つひとつのプレーで意図を考え、安易なミスをすれば選手同士で互いに叱責(しっせき)する。夏が過ぎ、少しずつ練習試合ができるようになってからは、より実践的な面まで互いに指摘し合ってきた。金田は言う。

「練習試合では1周目のローテーションではサーブミスをしないことが、駿台の決まりなんです。でもそこで攻めたサーブのミスではなく、単純なサーブミスをしたら主将の矢島を中心にミスした選手を注意する。他にもブロックのステップとか、個々のプレーに対して妥協しないように厳しく言い合ってきました。いつもは春高前になると3年生が怒られることが多いのですが、今年は1、2年生が『3年のためにやってくれ』と先生から怒られることが多かった。梅川先生からもちゃんと見てもらえていたことがうれしかったです」

大学でもいろんなポジションにチャレンジ

リベンジをかけた東福岡(福岡)との決勝戦。準決勝と同様に金田はブロック、スパイクで活躍を見せたが、東福岡の攻撃を防ぎきれず1-3で敗れ、昨年に続く準優勝。大会開催すらかなわないのではないかと思う中、最後まで戦い切ることはできたが、だからこそ、この場に立てなかった仲間たちの分も勝ちたかったと悔しさは残る。

春高の悔しさを力に変え、大学バレーの舞台でも挑戦を続ける

春高、そして高校での選手生活は終わったが、ひとりのバレー選手としてはまだまだこれから。

「高校ではライト(オポジット)やミドル、いろいろなポジションをやらせてもらって、それなりに経験値はあると思っているので、大学でもミドルに固執せずいろいろなことをやってみたい。まだまだ足りない部分がたくさんあるので、もっといろいろなパターンにも対応できるような選手になりたいです」

我慢が続いた1年も、決勝で敗れた悔しさも力に変えて。金田の新たな挑戦が始まる。

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