陸上・駅伝

特集:佐藤悠基 The Top Runner

いつかトップレベルの選手を育てるために、これからも第一線で進化する 佐藤悠基6

自分の経験してきたことを伝え、トップレベルの選手をいずれ育てていきたいと話す(すべて撮影・佐伯航平)

常に日本男子陸上長距離界の第一線を走り続けてきた佐藤悠基(34)。彼はどんな思いで競技に取り組んできて、そして今後何を目指していくのか。ロングインタビューの最終回は、昨年11月にSGホールディングスに移籍したこと、これから目指していきたいこと、若い選手たちに伝えていきたいことについてです。

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選手の育成や指導に携わりたい

佐藤は2020年11月に11年半在籍した日清食品グループを離れ、SGホールディングスに移籍した。肩書は「アドバイザー兼選手」だ。将来的にやりたいことの1つに、選手の育成や指導があるといい、SGからの誘いは申し分のないものだった。今までも若い選手と接する機会はあったが、同じ選手という立場だとどうしても躊躇してしまっていた。それがアドバイザーという肩書を持つことで、若い選手も聞きに来やすくなるし、自分からも教えにいきやすくなると考えている。

今考えているのは、自分が経験してきたことを他人にうまく落とし込めるようになりたいということ。言いたいことはあっても、それを言語化する力がまだ足りないと自覚している。現役のうちから教えるスキルを磨き、引退後につなげていきたいという思いがチームの求めているものと合致した。

もっとあの時考えてやっていれば、10秒ぐらいずつ速くなれたかも……

いま34歳という年齢を迎えて、佐藤には「あのときを振り返ると、もっとああしておけばよかった」と思うことがたくさんある。特にトレーニングについては、大学までは出されたメニューを全力でやるという感じだったが、そこをもっと年間の試合や自分の体調も考慮して考えていけていたら良かったのかもと思うという。どうしても調子の大きな波というのはあり、波が下のところでレースを迎えるときもある。しかし若いうちはあまりそれも感じず、勢いで走れてしまっていたこともあった。

「今考えたら、もっと考えてやっていれば5000mも、10000mもあと10秒ずつぐらい速く走れたんじゃないかな、って思うこともあります。知識も経験も、その引き出しもなかったので、その時の自分にどういうものを選んだらいいかもわかっていませんでした。年齢とともに知識も引き出しも増えていくので、若い選手にはそれを伝えていきたい。すぐにはピンとこないかもしれないんですけど、『自分で考えないともったいないよ』『チャレンジしないともったいないよ』と言い続けていきたいです」

けがさえしなければ、もっと強くなれる

そして年齢を重ねるほどに重要になってきているのが、日頃のケアだ。佐藤は陸上を始めた小学生の頃から、社会人6年目ぐらいまで1週間以上休んだことがないという。大学3、4年のスランプの時ですら、練習を継続していた。それが自分の強みであり、強さの源になったと自覚している。「いくら強くなっても、休んでしまうと筋力が落ちてしまいます。落ちたあとに筋肉をつけなおすのにも時間がかかるので、半年休むと戻すのに1年ぐらいかかる、という感覚ですね。そのためにもまずそうだな、と思ったら早め早めで切り上げるのが必要かなと」

佐藤には、「けがさえしなければもっと強くなれる」という思いがいまもある。強くなろうと思ったら高負荷なトレーニングに取り組む。その分リスクも高くなるので、他の選手以上に気を使っていると話す。例えば治療院などに導入されている超音波の器具なども自宅で購入し、いつでも使えるようにしている。「競技に対する投資は一切惜しみません」と言い切る。

「優勝するチームの雰囲気」を伝えたい

SGホールディングスは特に若い選手が多く在籍するチームだ。チームの印象を聞いてみると「力のある選手がいっぱい入ってきてるけど、まだ良さを出しきれてないと思う」。優勝経験のあるチームは、「勝つ」雰囲気を持っている。かつての日清食品グループがそうだった。その雰囲気を知る者として、SGに対してそれを落とし込んでいけたら、という。

「意識の面でもまだ日本のトップ選手とはズレている部分もあります。いま仮にSGに世界トップレベルの指導者が来たとしても、世界トップのチームにはなりません。選手の側が高いモチベーションや意識を持つ、中身が伴っていないと意味がない。そこをどう引き出していくかだと思っています。勝負していくために意識を変えていけば、いずれ日本一のチームになると思います」

まだ日本トップレベルの選手たちとは意識の差がある。そこをどう引き上げていくか

強い選手は、目標に対して足りないものを常に考え、言われなくても自ら行動にうつすことができる。「強い選手と弱い選手の分かれ目はそこ」だと佐藤は言う。今の選手にどう言葉をかけたらモチベーションを上げられるのか。当たり前が当たり前と思えるように、どう導いていけるか。練習メニューを出すことにとどまらず、やるかやらないかの思考に持っていくのが一流の指導者だと佐藤は考えている。

そしていずれは、日本のトップ選手を育てたいという思いもある。先日のびわこ毎日マラソンでサブテン(2時間10分切り)が40人以上出たように、陸上界の中間層のレベルはかなり上がっている。鈴木健吾(富士通)がついに2時間4分の世界に突入したが、世界の主流となりつつある2時間5分台以下のタイムを持つランナーは日本では鈴木と大迫傑(ナイキ)のみだ。

「ピラミッドの頂点は高くなくて、停滞していると言っても過言ではありません。大学や実業団ではなく、プロのコーチとして、指導力やコーチングスキルを評価されてやっていけたら面白いんじゃないかなと思い描いてます」。イメージは横田真人さんが率いる中長距離チーム・TwoLapsだ。それぞれの所属チームは持ちつつ、トップ選手の集まる場のようなものを、長距離に特化した形で作っていけたらと考えている。「そのためには指導の実績も重要になると思うので。そんな漠然とした将来のビジョンを考えながらやっていきたいと思ってます」

新しい環境が自身にも刺激に

新しい環境に身を移したことは、自身にとってもいい影響を及ぼしている。昨年12月の日本選手権10000mに出場し、27分41秒84で7位入賞。元旦のニューイヤー駅伝では、日本選手権に出場した選手が調子を合わせられなかったことも多い中、エース区間の4区(22.4km)を1時間4分00秒と、区間記録にあと3秒にせまる快走で区間賞を獲得するなど、「佐藤悠基ここにあり」と存在感を示している。

「今楽しいですね」と笑顔で話す

「やっぱり、長いあいだ同じ環境にいるとどうしてもマンネリ化してしまうことがあります。今回移籍したことで、練習の流れが変わったりと刺激がすごく多いなと感じています。練習相手も若い選手になったので、『弱いところを見せたくない』という気持ちもあって、新鮮な気持ちで練習できているのもプラスになっています」。自分が活躍し、結果を出していくことは、若い選手たちに指導する上で説得力も増す。「いろいろとまだまだだなと思うことも多いけど、SGに入って良かったなと思うことのほうが多いです。今楽しいですね。楽しく競技に取り組むのが一番です」と笑う。

長くトップレベルで続けたい

最後に「現役を何歳ぐらいまで続けたいですか」と質問してみた。少し考えてから「明確な数字はないですけど」と話す。「やろうと思えば40歳まではいけると思うし、それも自分がやりたいことの一つではあります。陸上界って35歳過ぎてくると一気に人も少なくなるし、その中でトップレベルというと、片手で収まるぐらいの人数しかいない。サッカーやプロ野球は現役選手の年齢が高くなってきてます。それはキング・カズ(三浦知良)さんとかが道を切り開いてきたことが大きいんじゃないかなと。そこを自分がやり方次第で、年齢が上がっても日本トップレベルのパフォーマンスを出せる、と示せていけたら」。そうすれば陸上界にも自分にとってもプラスになるし、競技を続けるモチベーションにもなるのだ、という。

引き際はまだ見えない。できるだけ長くトップレベルで続けるために。これからも挑戦をやめない

やるんだったら、ただ長く続けるのではなく「トップレベルでいる必要がある」と思っている。「難しいですね。どこまでがトップレベルと言えるのか、というのもあると思うし、この年になると『引き際の美学』みたいなのも考えたりするんです。どうやったら納得して終われるのかなとも考えたりするんですけど……そこのところはまだ全然見えてなくて、ということはまだ全然その時じゃないのかな、って思ってます」

自分に対していろいろなことを試すことで、指導できることも増えていく。高い位置で長く競技を続けるために、佐藤悠基はこれからもチャレンジと進化をやめることはない。

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