水泳

特集:いざ、東京オリンピック・パラリンピック

日大・本多灯「名前通りに明るく、日本中を沸かせたい」 後半の強さを武器に世界へ

今年4月に行われた日本選手権200mバタフライで優勝し、本多は喜びを爆発させた(撮影・朝日新聞社)

経験というものが、いかに選手を成長させるものかを本多灯(ともる、日大2年/ATSC.YW、日大藤沢)は教えてくれた。

4月の競泳日本選手権の200mバタフライ決勝。ラスト15mで前をいく瀬戸大也(TEAM DAIYA)を捉えたと思ったら、一気に抜き去り、1分54秒88の自己ベストで日本選手権2連覇。タイムと順位を確認した後、ゆっくりと手を高々と突き上げた本多は、夢の東京オリンピックの切符を手にした。

自己ベストにも課題を見つけ

「僕の強みは最後の50mの追い上げ。狙ったタイムは1分53秒台だったので少し悔しいですけど、強みを生かしたリースで勝てて本当にうれしいです。でも、まだこのタイムではオリンピックで表彰台には登れない。53秒台、52秒台を目指してこれから練習していきたい」

いつでも明るく、笑顔を絶やさず、元気いっぱいな本多は、チームのムードメーカーにもなることが多い。昨年の日本インカレで、1年生ながら男子200mバタフライと400m個人メドレーの2冠を達成し、チームに勢いをもたらした。このとき、レース直後とは思えないような明るさでインタビューに答えていた姿が印象的だった。

「2冠は本当にうれしいです! この2種目で東京オリンピック代表になるために練習してきましたから。日本選手権でもいい泳ぎができるように頑張ります」

その言葉通りとまではいかなかったが、200mバタフライでは有言実行。優勝と自己ベストとこれ以上ない形で夢を実現させた。しかし、喜びだけに浸るだけではなく、冷静さも持ち合わせているのが本多の良さである。

「自己ベストはうれしいですけど、弱点の前半は思うように泳げなかった。ラスト50mは強みを生かせたところもありましたけど、まだまだ伸びきれずにレースが終わった、という印象でした。このラスト50mを思い描いている通りに爆発させられれば、表彰台も狙えると思う」

自分の弱みもしっかり見つめ、東京オリンピックに向けて課題に取り組んでいる(代表撮影)

自己ベストを出した喜びよりも、本多はすでにその先を見据える。そのための練習計画も本多の頭の中にはできあがっていた。

「最初と最後だけではなくて、中間にある50m~100mと100m~150mのタイムを速くすることがポイントだと思います。ただ速く泳ぐのではなく、無駄な体力を使わず、ラスト50mに力を溜めつつ、周りについていけるスピードをつけるための練習が必要だと思っています」

本多の冷静さは、元からあったわけではない。そのきっかけは、昨秋に参戦した大会にあった。

ISLの経験が本多の意識を変えた

本多は2019年の夏、世界ジュニア選手権(ハンガリー・ブダペスト)の200mバタフライで1分55秒31で銀メダルを獲得。このタイムは当時の日本ランキング3位につけるものだった。ここで一気に東京オリンピック代表候補にまでなれたが、待っていたのは東京オリンピックの1年延期という現実だった。

コロナ禍で練習が思うようにできない日々もあったが、そこで気持ちが切れることはなかった。「自分自身水泳は大好きですから、思うように泳げないからといって投げやりになることはありませんでした」

持ち前の明るさで難関も乗り越える本多に、ひとつ大きな転機が訪れた。昨年10月にハンガリー・ブダペストで開催された、インターナショナルスイミングリーグ(ISL)に出場するチーム、北島康介さんがGMを務めるTOKYO FROG KINGSへの勧誘だった。昨年の活動停止を受けた瀬戸の穴埋めという位置づけで、ブダペストへの出発の約1週間前の連絡だったが、「これは大きなチャンスになる」と出場を決意。

ISLは約1カ月で予選リーグ、準決勝、決勝と合わせて全13戦行うチーム戦だ。試合もレースも、短期間で凝縮されて行われる。そんな短期間に多くの試合数、レース数をこなしたことがなければ、周りの出場者は世界トップクラスの選手たちばかり。気後れしてしまいそうなところだが、そこは底抜けに元気な本多。「緊張もしましたけど、尊敬する人たちと一緒に泳げるのは楽しみでしかありませんでした」とあっけらかんと話す。

「それに、世界と自分の差がどのくらいなのかを実感できました」

ISLで世界との差を実感できたことたことは大きかった(撮影・朝日新聞社)

世界トップクラスのチームで戦う経験は、本多にとってまさに大きく成長できるチャンスだった。ジュニアパンパシフィック選手権や世界ジュニア選手権といったジュニアチームで戦うのと、オリンピックや世界選手権を主戦場とする選手たちがそろうチームで戦うのとでは、レースだけではなく、そのレースに向かう調整の段階から大きく異なる。

本当の世界一を争う場所で戦うというのは、どういうことか。それを1カ月間という短期間ながら凝縮された濃密な時間を過ごすことで学んだ本多は、一気に日本のトップ選手としての自覚を身につけたのである。

日本を明るく照らし、沸かせるレースを

ISLから帰国後すぐの12月に行われた日本選手権と、今年2月のジャパンオープンで、その自覚は優勝という結果として表れる。

昨夏の日本インカレ後の本多であれば、笑顔で「優勝できてうれしいです!」で終わっていただろう。だが、日本選手権でもジャパンオープンでも、「このタイムは満足できない。世界とは戦えない」と悔しさが先に立つ。それは、ISLで世界との壁を痛感したからこその言葉だった。

また、自分に厳しくするのには、もうひとつ理由がある。200mバタフライは04年のアテネオリンピック以来、ずっと日本はメダルを獲り続けている種目でもある。その伝統を守りたい、という思いがあるからだ。

「前回は坂井聖人さん(セイコー)が銀メダルを獲って、自分もそれに続きたい。日本が積み重ねてきたものがあるので、絶対にそれは崩したくないし、更にレベルアップさせられるようなレースがしたい」

後半、最後の50mで波に乗るようにグングン進む本多のバタフライ。体重移動がうまいからこそ、前半に体力を温存でき、ラスト50mで勝負できる。この持ち味を生かし、ラスト50mで一気に世界をごぼう抜きするその姿が待ち遠しい。本多なら必ず伝統を守り抜き、あの笑顔で見るものに元気を与えるような泳ぎをしてくれるに違いない。

瀬戸大也(左)とともに東京オリンピックで表彰台を狙う(写真は今年4月の日本選手権にて、中央が本多、撮影・朝日新聞社)

水泳を始めた時から、ずっとオリンピックの金メダルを獲(と)りたいと言い続けてきた。その夢の舞台は、もうすぐそこまで迫っている。

「灯、という名前は周りを明るく照らすような存在になってほしい、という思いでつけたと聞いています。名前に負けじと明るい性格だと思っているので、それをレースでも見せつけて、名前通りに明るく、日本中を沸かせたいですね」

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