水泳

特集:いざ、東京オリンピック・パラリンピック

近大での4年間、水泳も勉強も妥協なくやり遂げた 入江陵介から学生へ(上)

入江陵介から学生アスリートへ、自身の大学時代も振り返りながら(撮影・竹中圭樹)

高校2年生で初の日本代表入りを果たして以来、一度も代表から外れたことがない。14年間、日本の背泳ぎを支え、常に世界のトップと渡り合ってきた。背泳ぎの日本代表といえば、彼しかいない。日本のみならず、世界からもそう認知されているのが、入江陵介(イトマン東進)という選手だ。

30歳を迎えた今もなお成長を続け、オリンピックでの頂点を目指し、モチベーションを見失わずに泳ぎ続けている。ただ、すべてが順調だったわけではない。時には道を見失い、自分の方向性を見失う時もあった。それでも、自分が前を向いて、世界に向けて泳ぎ続けてくることができた理由のひとつに、自身も「本当にいろいろあった、とっても濃い4年間でした」と話すほど、濃密な時間を過ごした大学生活があった。入江陵介から学生アスリートへ、2回連載の前編は近畿大学で過ごした4年間についてです。

水着問題に振り回されながらも、夢の五輪の舞台へ

入江が大学生だったのは、今から12年も前のことだ。2008年、近大の1年生になったばかりの入江は、北京オリンピックの代表に選出された。夢にまで見たオリンピックの舞台に立てる。そのうれしさから、浮き足立っていたと振り返る。

「オリンピックに出場するための派遣標準記録を突破して、日本選手権でオリンピックを決められた時は、本当にうれしかったです。ただ、そのうれしさが先に立ってしまって、オリンピック本番では全然地に足がついていなかったですね」

近大1年生だった2008年、入江は北京オリンピック200m背泳ぎで5位入賞を果たした(撮影・朝日新聞社)

それと同時に、世間から注目を集めることの大変さも味わった。2008年というと、SPEEDO社が出したレーザー・レーサーという水着が大きな物議を醸し出していた時代だ。その後もこの水着問題は世界を駆け巡り、結果として09年の夏が終わった後、国際水泳連盟が水着に対する規定をつくり、ひとまずは収束を迎えた。入江もその渦中にいたひとりだった。

「レーザー・レーサーを使ったことで、今まではオリンピックで決勝にいけたらいいな、くらいのレベルだったのが、一気にメダルに手が届くくらいまでになってしまったんです。その途端に周囲からの期待値も跳ね上がってしまった。それに応えようという焦りに近い余計な緊張も生まれてしまって、結果として自分の実力を全部出し切れずに北京オリンピックは終わってしまった、という感じでした」

水着問題は入江をさらに巻き込んでいく。09年5月には、200m背泳ぎで当時の世界記録をも更新する1分52秒86をマークするも、国際水泳連盟がその時に入江が着ていた水着を認可せず、世界記録として認められなかったのだ。同年7月の世界水泳ではその記録を上回る1分52秒51をたたき出し、銀メダルを獲得。今もその記録が日本記録として燦然(さんぜん)と輝いている。

遠征後に6時間の追試もこなし

水泳に関して言えば波瀾万丈なスタートだったが、大学生活自体はとても楽しかったという。

「高校生の時から日本代表に入っていて、たくさんの大学から推薦のお話をいただけました。でも、ちょうど大学1年生になる08年は北京オリンピックの年。4月に行われる、一発勝負のオリンピック選考会を兼ねた日本選手権のことを考えると、今のトレーニング環境をできるだけ変えたくない。そう思って、近畿大学への進学を決めました」

近大時代の入江。遠征の隙間時間を活用しながら勉学にも励んだ(撮影・朝日新聞社)

学部は法学部に進んだ。水泳の練習などのことを考えて決めた学部だったが、今まで知り得なかった知識を学べることは気分転換にもなって楽しかった。

「やっぱり学校と水泳は別ですから、水泳をやっているから勉強をおろそかにしていい理由にはなりません。遠征や試合などで授業に出られないことが多かったですから、遠征中にリポートを提出することもありましたし、遠征から帰ってきたら6時間ぶっ通しで追試、なんてこともありました。大変なことはたくさんありましたけど、知識がないことを知られるというのは、とても楽しかったですね」

また、忙しさの中で自分の時間をコントロールする、まさにセルフマネジメントの方法を体感しながら学んでいった。

「練習時間の合間を使ってできることは何か、空いた時間でちょっとずつリポートを進めるとか。もちろん、教授にどうやってアプローチすればいいか、とか(笑)。授業に出られないのなら、出ないなりに何をすればいいか、そのための時間はどう作ればいいかを考える力は、社会人選手として活動している今にもつながっています」

何が何でもやり遂げることが大事

学業でもやらなければならないことは山積みだったし、水泳でも、大学時代に日本記録を更新したり、水着問題があったり、とても濃い時間だった。スポーツの面で言っても、この大学4年間の経験が今に生きている。

「日本学生選手権(インカレ)なんかは、たった3日間で個人種目に出て、3つあるリレーも全部予選決勝も泳いで。本当に体がボロボロになるくらいでした」

過密スケジュールの中で行われるインカレにも鍛えられた(撮影・朝日新聞社)

日本選手権や世界選手権、オリンピックもレース数はたくさんあるが、日程も長い。それはそれで調整は大変だが、そのすべてが3日間に凝縮されるインカレほど忙しいレースはない。

「インカレもそうですし、学業もそう。本当に毎日たくさんやることがあって大変でした。でも、社会人選手になってからは、そこまで追い込まれることは少ない。ちょっと物足りなさを感じるくらいです。でも、詰めに詰め込んだ4年間があったから、こうすれば限界がくる、こうすればうまくやりくりできる、という方法を学ぶことができました。自分をコントロールする術を覚えられたんです。だからこそ、今の学生の選手たちには、どんどん詰め込んで、いろんなことにチャレンジしてみてほしいですね。それを意地でもやり遂げてほしい。僕も何とか、体もボロボロになりながらでもやり遂げました。それは学生の時しかできないことですし、その忙しい中でやってきた経験は、必ず社会人になった時に生きるんです」

だから私は五輪を目指す、苦しくても少しずつ前へ 入江陵介から学生へ(下)

『それでも、僕は泳ぎ続ける。 心を腐らせない54の習慣』

「正直、自分は賞味期限が切れた人間なのかなと思ったりします」(2016年、リオデジャネイロオリンピック決勝後の著者へのテレビインタビューより)。16歳で日本代表入りし、日本選手権では10連覇。100m、200mの日本記録保持者(2009年~現在)。2012年のロンドンオリンピックでは銀メダル2つと銅メダル1つを獲得。端から見ると順風満帆な水泳人生だが、4年前、入江陵介選手の心は砕け散ってしまった。「2020東京オリンピックは、もう無理なのでは…」。批判の声にも負けず、毎日毎日を大切に4年間「コツコツ」と練習に励む、入江選手の「心の強さ」の秘訣とは? 超えるべきは常に「昨日の自分」だけ――「正しい目標の持ち方」を学ぶ1冊! 発行:KADOKAWA 定価:1540円

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