水泳

特集:東京オリンピック・パラリンピック

慶應・佐藤翔馬、世界新まで0秒90 憧れの北島康介が手にした世界の頂点へ

佐藤は男子200m平泳ぎで2分07秒02という大会新記録をマークし、2連覇を果たした

第96回日本学生選手権水泳競技大会

10月1~4日@東京辰巳国際水泳場 
佐藤翔馬(慶應義塾大2年)
男子100m平泳ぎ 1位 59秒55 ☆大会新記録
男子200m平泳ぎ 1位 2分07秒02 ☆大会新記録

電光掲示板を見た瞬間、大きく口を開けて天を仰いだ。記録的には十分すぎるほどハイレベルなもの。それでも、佐藤翔馬(慶應義塾大2年、慶應)は納得がいかなかった。

自己新での2連覇も「複雑な気持ちですね」

10月4日、水泳のインカレ最終日。男子200m平泳ぎに出場した佐藤は、レース前から気合い十分。むしろ、その2日前に行われた男子100m平泳ぎで59秒55の自己ベストを更新して優勝した時から、この200mには並々ならぬ決意を持っていた。

前半からまさに“攻める”という言葉がピッタリな泳ぎを見せる。どこか、100mで絶対的王者として世界に君臨するアダム・ピーティー(イギリス)を彷彿(ほうふつ)とさせるようなフォーム。力強いプルと、真っすぐ後ろに水を蹴り出すキック。それでいて、正面から受ける抵抗は少ない。特筆すべきは、その腰の位置。水面近くに位置していることは当然のことながら、まったくぶれない。上下にも、当然左右にも。

そういえば、北島康介も同じだった。腰の位置がまったく上下せず、動くのはみぞおちから上と股関節から下だけ。まるで腰だけ水に固定されているかのように、まったく動かない。尊敬してやまない北島の泳ぎと同じように、佐藤の泳ぎも腰がまったくぶれないのである。

150mを世界記録を0秒47も上回ったままターンする。ラストスパートのためにテンポを上げるが、さすがに苦しい。あれほど安定していた腰の位置が多少上下し始める。それでも自己ベストを0秒56も短縮する、2分07秒02の大会新記録で2連覇を果たした。

男子200m平泳ぎは優勝が・佐藤(中央)、2位は東洋大・花車優(左)、3位は明治大・永島諒だった

「複雑な気持ちですね。自己ベストはうれしいんですけど、世界記録を目標にしていたので届かず残念。最後はきつかったです。テンポを上げることはできたんですけど、逆に少し焦ってしまったかな、という感じです」

反省の弁を述べる佐藤だが、トレーニングしてきたことの8割は出せている。この大会に向けて彼が取り組んできたのは、最初の50m以外のラップタイムを32秒前半でそろえること。最初を29秒0で折り返し、残り3回のラップを32秒前半でまとめれば、合計タイムは2分06秒前半から、2分05秒台後半にまで手が届く。それだけの練習を積んできたという自負が佐藤にはあったのだ。

結果もその通り、50mから100mは32秒23、100mから150mまでは32秒62。おおむね合格ラインのタイムだ。だからこそ、ラスト50mのラップタイムが33秒26だったことが悔しかった。

「ラストラップが目標よりも1秒遅い。ここが目標通りのタイムでまとめられたら、2分06秒02の世界記録が出せた。悔しいですね」

日本代表選出がターニングポイントに

佐藤の全国大会デビューは、少し遅めの中学1年生の時。いきなり優勝、などといった華々しいデビューではなく、予選落ちと失格という散々なものだった。だが、3年生の全国中学では、100m平泳ぎで4位、200mでは5位に入った。

高校に入ってからも少しずつではあったが記録を伸ばし続け、高校3年生の時にジュニアパンパシフィック選手権の代表に選ばれた。この当時はまだ父の後ろ姿を追って医者への道を進むことも考えていたという。しかし、ジュニアとはいえ日本代表に選ばれたことで、佐藤は水泳に集中する道を選んだ。

決意をしてからの佐藤は、一気に階段を駆け上がる。慶応義塾大に上がってからの1年目、シニアの代表にはなれなかったが、世界ジュニア水泳選手権の代表に選出。2度目のジュニア日本代表となったこの大会の200m平泳ぎで前半から攻めた佐藤は、ラスト50mでジョシュ・メッシーニ(アメリカ)に逆転されるも、2分09秒56で銀メダルを獲得する。

負けたことが、よほど悔しかったのだろう。世界ジュニアから1カ月後のインカレで、佐藤は2分09秒21の世界ジュニア新記録を樹立して優勝を飾る。この時から、佐藤は自分の持ち味と、進むべき強化の道を定めていた。

「後半は気にせず、強いキックを生かした前半から攻めるレースをずっとしてきました。それが僕の持ち味。課題は、そこから後半どうやって落とさないか。後半3つ(50~100m、100~150m、150~200m)のラップタイムをそろえる練習をしてきました」

前半から攻めるレースが佐藤の持ち味

さらに、2020年の飛躍を予言するかのようなコメントもしていた。

「今年(2019年)4月の日本選手権から、2秒ベストを出すことができました。ここからさらに2秒縮めれば、日本代表に入れる。4月から半年で縮められたので、できるんじゃないかな、と」

冗談交じりだったかもしれないが、心のどこかでできると信じていたのだろう。今年1月に開催されたKosuke Kitajima Cupで、佐藤は2分07秒58をマーク。平井伯昌日本代表監督も、その泳ぎには脱帽。「集中した時の力の絞り出し方が北島に似ている。集中力とガッツのあるところがそっくりですね。もしかしたら、佐藤の方がタフかもしれません」と最大の賛辞を呈した。

感謝を素直に出せる純粋さこそが最大の武器

彼の人柄の良さは、インタビューで話していても伝わるほど。純粋に水泳が楽しくて、記録を伸ばすことが楽しくて、努力を積むことが楽しい。このインカレのフラッシュインタビューでも、普通ならば自己ベストを出して『うれしいです』とか『目標に届かず悔しいです』などと自分のことを語るところ、彼は違った。

「まず、このような状況の中で大会を開催してくださった関係者のみなさんのおかげで、この記録が出せたと思うので、感謝しています」

レース直後は興奮状態にある。そんな中で、冷静に言葉を発することができる佐藤の頭の回転の速さには感嘆する。冷静な時も興奮状態の時であっても、自分を客観視できるのは彼の強みのひとつである。

トントン拍子で一気に記録を伸ばし、今や日本代表候補筆頭にまで成長した佐藤だが、おごりはみじんも感じられないところにも、そのメンタルの強さを感じる部分でもある。

「まだ課題はたくさんあります。全力を出してこのタイムですから、まだまだこれからも全力で頑張らないといけない。4月の日本選手権に向けて全力で練習していきます」

課題一つひとつと向き合い、世界の表彰台を目指す

それもそのはず。2分07秒02は確かにハイレベルだが、彼が目指すのは世界の頂点。彼よりも速い記録を持つ選手は、実は全員が現役選手だ。世界記録保持者のアントン・チュプコフ(ロシア)が2分06秒12、前世界記録保持者である渡辺一平(トヨタ自動車)とマシュー・ウィルソン(オーストラリア)が同タイムで2分06秒67、そして山口観弘が2分07秒01。佐藤はそれに次ぐ5番手。特に上位3人は、2分06秒台を保持。すでに世界の表彰台の枠は埋まってしまっているのである。その牙城を崩すには、佐藤自身が話す通り、「2分05秒台を出さないとオリンピックでは優勝できない」。気を緩める時など、あるはずもない。

まだ世界で結果を残したわけではない。安定感があるわけでもない。それでも日本のみならず、世界の度肝を抜く泳ぎを期待してしまうのは、そういう彼の純粋さを目の当たりにしたからかもしれない。21年、きっと佐藤はその名前を世界中に知らしめる泳ぎをしてくれることだろう。

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