野球

福井工業大の下野博樹監督、快進撃支えた「やる気スイッチ」押す人間力

初の決勝進出を決め、笑顔の下野監督(撮影・全て朝日新聞社)

第70回全国大学野球選手権では福井工業大学(北陸大学野球連盟)が43回目の出場で初の決勝進出を果たした。決勝は慶応義塾大学(東京六大学)に2-13と大敗を喫したが、下野博樹監督(60)は「歴史の1ページを刻んでくれた」と大健闘の選手たちをねぎらった。

日本一へ導いた慶大の堀井哲也監督 「大胆かつ細心」な采配生む驚きの記憶力

出場43回目で初の決勝

「慶應さんに完膚なきまでにたたきのめされ、力不足を痛感しました。それでも、選手たちは歴史の新たな1ページを刻んでくれた。決勝まで来られたのは大健闘だと思います」
下野監督はそう言った。

福井工大は1984年、1994年と過去2回ベスト4進出の実績がある。2011年の第60回大会以降、10大会連続出場(昨年は大会中止)をしており、ここまで4大会連続で初戦を突破したが、2戦目で敗れていた。2勝目の壁を今回ついに乗り越え、一気に決勝までたどり着いた。
1回戦、北海学園大を11-3と7回コールドで下すと、2回戦は4大会連続出場の強豪・大阪商業大を4-1で破りベスト8進出。名城大との準々決勝は打撃戦を制して17-8で勝利。福岡大との準決勝は2-0の接戦をものにし、決勝進出を決めた。

3年生の立石はさらなる成長が期待できる

リーグ戦開幕直前に膝を痛めていたエース・立石健(3年、大体大浪商)が大会直前の登録変更でメンバー入りし、リリーフとして4試合に登板、勝利を呼び込むピッチングを見せた。打線では、これまた大会直前の登録変更でメンバー入りした木村哲汰(4年、沖縄尚学)が22打数11安打、打率.500、3打点、1本塁打の活躍で敢闘賞を受賞した。

抜擢(ばってき)に結果でこたえ敢闘賞の木村

2人のプロ出身コーチが底上げ

チームの強化にはプロ野球を経験した2人のコーチの存在が大きいという。同校OBの水尾嘉孝学園統括投手コーチ(元横浜-オリックス-西武)が3年前から投手陣を指導。今春からは水尾コーチと明徳義塾高で後輩に当たる町田公二郎野手総合コーチ(広島-阪神)がバッティング指導にあたっている。

「水尾コーチが投手陣を指導してくれて、先発、完投ではなく継投のスタイルを確立して、それが3年目で形になってきた。今春からは町田コーチがバッティングの底上げをしてくれて、学生たちがその気になってバットを振った。この二つが相まって、決勝進出という結果を生んだと思う」と下野監督は水尾コーチ、町田コーチの功績を強調する。

今春、北陸大学野球連盟はコロナ禍で再三、スケジュール変更を余儀なくされた。開幕後、2カード目を終えたところで富山大が課外活動禁止とされたため「春季リーグ戦」を中止。残った5チームによる「交流戦」という形で試合を続けたが、5月上旬、石川県が独自の緊急事態宣言を発令したことから、この「交流戦」も中止となった。それでも全日本大学選手権出場チームを決めるため「リーグ戦」「交流戦」の成績に基づいた上位3チームによる「代表決定戦」が5月末に行われ、福井工大がこれを勝ち抜いて代表権をつかんだ。

下野監督は「いつもの年ならもっと早くに全国大会への出場が決まっていたんですが、今回は5月31日に出場が決まって、1週間後に開幕でした。お祭りワッショイで勢いのついたまま大会に入れたことも、ここまで来られた要因の1つですね」と話した。

クレーム対応で磨いた言葉の力

下野監督は敦賀高(福井)-福井工大ー社会人野球のNTT北陸で捕手としてプレーし、現役引退後は5年間、同チームでコーチを務めた。各地にあったNTTの野球部は1999年シーズンを最後にNTT東日本、NTT西日本の2チームに統合されることになった。下野監督はNTT北陸の最後の監督として1999年シーズンの指揮をとり、選手十数人のチームを都市対抗野球に導いた。その後は9年間、NTTの金沢コールセンターに勤務し、クレーム対応の仕事に就いた。この時間が指導者としての基礎になっているという。

優勝した慶大の堀井監督(右)と健闘をたたえ合う下野監督

「若い方からご年配の方、いろんな方向からのクレームに対応してきまして、それをこなしてきたというのが、本当に大きな財産だなと思います」

2009年から母校を率いて今年で13年目になる。指導者として大切にしているのは、選手の「やる気スイッチ」を探すことだと下野監督は言う。

「『やる気スイッチ、どこにある?』っていうコマーシャルを見まして。これだなと思いました。チームのやる気スイッチもそうですし、一人ひとりのやる気スイッチもそれぞれ違います。それを探し出すのが指導者の役割かなと思います。今の学生は『俺の話を聞け』じゃ動かない。『君はどう思うんだ?』『どういう思うでやっているんだ?』と、まず学生の話を聞いて、彼らのやる気スイッチを探します」

選手たちの「やる気スイッチ」を見つけ出し、クレーム対応で磨いた言葉力で、そのスイッチをオンにしてきた。

身長178cm、体重130kgの大きな身体を揺らしながら選手たちに指示を送り采配を振る。試合後はスタンドから向けられるカメラに笑顔で応える。今大会では開幕前からSNSで「#みんなだいすき下野監督」のハッシュタグが作られるなど、大学野球界屈指の人気を誇る。今回の決勝進出で「下野監督推し」がさらに増えることは間違いないだろう。金沢に自宅があるが、現在は大学近くの寮に単身赴任し寮監も務める。3人のかわいい孫の写真を見てニヤニヤするのが楽しみだと話す。

大敗のスコアボードを写真に残す

大学としても北陸大学野球連盟代表としても初優勝を目指して臨んだ決勝では慶大に大敗を喫した。慶大の15安打に対し、福井工大は3安打。試合終了後、この結果を記したスコアボードを下野監督はスマートフォンのカメラで撮影した。

記録的な大敗となった決勝のスコアボード

「慶應さんには次元の違いを見せつけられました。ここを目標に、また選手たちを鍛えていかないといけない。自分への戒めも込めて、もう一度、という材料にしたくて写真に残しました」と下野監督はその理由を明かした。

悲願の優勝と胴上げは持ち越された。体重130kgの指揮官を胴上げする屈強な選手たちの姿を、うれしそうに宙を舞う下野監督の笑顔を想像しながら、秋の大学野球取材に入りたい。

in Additionあわせて読みたい