陸上・駅伝

東洋大・酒井俊幸監督 箱根駅伝総合優勝に向けて「東洋大の存在感を見せたい」

夏合宿で選手を指導する酒井監督(写真提供・東洋大学陸上部)

20年の箱根駅伝総合10位から、1年で3位に返り咲いた東洋大学。酒井俊幸監督はどのような考えでチーム作りをしてきたのだろうか。前半シーズンの振り返りと、現在のチーム状況、期待する選手について聞いた。

年始にチーム解散、「出遅れ感」大きく

昨年の年始、箱根駅伝で総合10位に終わったあと、酒井監督は新チームを立ち上げたときにミーティングを重ねた。「本来は優勝を目指すチームなので、最低3番にすぐ戻らないとなかなか上位には戻れないのではないか」と共通認識をもった。そこから新型コロナウイルスの影響により、春前には他のチームよりも比較的早い段階で寮を閉鎖。それぞれの「自立・自律」をテーマに掲げて取り組んだ。

「話し合いを充分できていたこともあり、新しいものを作っていかないと、という思いがありました。伝統は目指しますが、同じやり方だけでなく、違うやり方を作り出すチャンスかなと思って昨年は取り組みました」。その結果がしっかりと現れたのが今年の箱根駅伝だった。

では、今年はそれを受けてどうするか。単に、昨年のコピペをするだけではだめだとはわかっていた。「ただ、コロナの感染拡大で想定外の事態も多数あります。大会もですし、取材も、今までの『当たり前』が通用しなくなってきています。去年やってきたことが今年ハマっていくのかと考えると、そうではないなと」。実際、今年は12月から感染が拡大していたこともあり、箱根駅伝後に緊急事態宣言が出る前に寮を閉鎖し、選手を地元に帰した。どうしても対面で対応しなければいけない授業のある者をのぞき、自宅から授業、練習も各自。全員がふたたび揃ったのは3月末になってからだった。

関東インカレ長距離種目では5000mでの及川の11位が最高位だった(撮影・藤井みさ)

「出遅れ感は非常に大きい」と酒井監督。実際、3月の学生ハーフマラソンでは目立った結果を残せず、4月のユニバーシアード10000m代表選考レースにはチームから一人も出場がなかった。前半シーズンの大きな山場となる関東インカレでは、5000m、10000m、ハーフマラソンの長距離種目で入賞できず、0点。「これまでにない大惨敗でした。箱根3番ということで、『勝負』では3番になりましたが、改めて危機感をもってやっていかなければいけないという認識に立ちました」

「なんのために走るのか」考える機会にも

解散期間には練習メニューを示していたというが、各自の授業の時間割も異なり、最終的には自らがしっかり動けるかどうかにかかってくる。「その中で強くなる子たちというのは、『本来なんのために走るのか』を突き詰めた子だと思うので、いい機会だったんじゃないかなと思います」。中には「走らされている」選手もいままでにはいたのかもしれない。だが各自に任せられることにより、本当に意識を持って取り組んでいる選手しか走れなくなっている、と酒井監督は口にする。

チームが全体合流してからも、主将の宮下隼人(4年、富士河口湖)は年始の箱根駅伝時からのけがからなかなか回復できずにいた。蝦夷森章太(愛知)、腰塚遥人(桐生工)、鈴木宗孝(氷取沢)といった経験のある4年生たちも就活や故障などがあり、チームを引っ張る練習がなかなかできなかった。

日本インカレ10000mに出場した前田(右)と柏(左)。前田は夏の手応えを語った(撮影・藤井みさ)

ではトラックシーズンの不調は、ある程度わかっていたということでしょうか? とたずねると、「そうですね」との答え。「しっかり分析もしています。インカレの、特にトラックに関しては、留学生もいる中で入賞するとなると、しっかり主力クラスでトレーニングを積めていないと厳しいと思います。順調さがない状態ではごまかしはきかないというのは、エントリーの段階から想定できました。主力が抜けた中での穴を埋める、調子のいい選手たちが点数を取れなかったのは、やはりチームの経験値の浅さ、消極的になってしまったところかと思います」

主将・宮下への期待

主将の宮下は前述の通り、けがの影響で前半シーズンはレースに出られずに終わった。今までチーム内で役職についていなかったが、宮下を主将に任命した理由を改めて聞いてみると「人間性、競技面、両方から」という。「もし最後の箱根でも5区に挑むとしたら、区間賞だけではなくて、今井くん(正人、順天堂~トヨタ自動車九州)の区間記録に挑むぐらいの、しっかりマラソンにつながるような走りをしてほしいと思います」。今井が05年の81回箱根駅伝で樹立した記録は1時間9分12秒。このとき5区の距離は20.9kmで、その後距離が変遷し、93回大会からは再び20.8kmと当時に近い距離になっている。宮下が持つ現在の区間記録は1時間10分25秒と、今井の記録に迫るためには1分近くの更新が必要だ。

2年時の箱根駅伝で区間新記録を更新した宮下。ラストイヤーの走りに監督も期待している(撮影・佐伯航平)

宮下は高校時代は全国区のランナーではなかった。大学2年の出雲駅伝で3大駅伝デビューし、そこから頭角をあらわしてきた。酒井監督は宮下の可能性について「まだまだ力をつけていくこともできるし、体から感じるパワーがあります。将来非常に楽しみだと思います」と期待をかける。将来、日本を代表するようなマラソンランナーに加わっていけるような最終学年の1年を過ごしてほしい。主将への任命はその期待のあらわれでもある。

ルーキーがチームに与える刺激

チームの核となるのは、宮下や箱根駅伝で2区を走った松山和希(2年、学法石川)。前田義弘(3年、東洋大牛久)、児玉悠輔(3年、東北)、佐藤真優(2年、東洋大牛久)、そして4年生の蝦夷森、腰塚、鈴木の名前も上がった。また、爆発力のあるルーキーの石田洸介(東農大二)や甲木康博(城西大城西)についてたずねると、走りだけでなく、その考え方・ビジョンがチームに影響を与えているという。

甲木(中央)や石田ら強力なルーキーの考え方は、チームの上級生にも刺激となっている(撮影・藤井みさ)

「彼らはともにトラックだけでなく、個人のレースに対するモチベーションも高く持っています。もちろんチームで同じ方向に向かっていくベクトルはありますが、個人で大会に対するプランニングをする力もある。それを突き詰めていくと、自分の中の芯、『何のために陸上をやるのか』という哲学にもなっている。彼らはすでにそれがしっかりしています。もちろん箱根は目指すけど、目指し方もいろいろあるよね、というのを高校時代から考えていると思います」

駅伝シーズン、東洋大の存在感を見せる

世界を目指す、高いビジョンといったものがある一方で、「箱根駅伝」のもつ要素は普遍だという思いもある。それはやはり4年生の力だ。前回の箱根駅伝でも、野口英希(松山)、小田太賀(浜松商)が4年生にして初の大学駅伝ながら、8区区間2位、9区区間7位と好走した。「最後の1年で頑張る、伸びてくる選手が必ずいると確信しています」。この状況で不透明なところはあるが、3大駅伝が開催されたらいろんな選手にチャンスをあげたいと話してくれた。

箱根駅伝総合優勝につながっていくように。しっかりとチーム全体を底上げしていく(写真提供・東洋大学陸上部)

2年ぶりに開催される10月10日の出雲駅伝は、「経験を積むにはすごく良い大会になる」と酒井監督。「大いに経験させたいと思います。やはり前半戦からトラックで頑張っていた子を中心に起用したいですね」。続く全日本大学駅伝で考えているのは「最低でもシード権」。「ある程度のベストメンバーで臨みたいと思います」。そして最大の目標とする箱根駅伝で目指すのは、総合優勝だ。「宮下が5区を走れば、うちのストロングポイントになってくると思います」。それを生かしながら、児玉や松山などの経験者も残っているので、ある程度の組み立てはできると話す。「今年は他校でタイムを出しているチームもいますが、そういう中にあって東洋大もしっかり存在感を出せるように、総合優勝できるように持っていきたいと思います」

まだまだコロナの影響や感染拡大などもあり、「油断せずにいきたいと思います」と締めくくってくれた酒井監督。鉄紺の強さを証明するシーズンはまもなく始まろうとしている。

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