早稲田大学の小林賢太、命運握る1番は「歯磨き」のようにスクラム練習
関東大学ラグビー対抗戦で開幕から連勝し2試合ともボーナスポイントも獲得し勝ち点10で首位に立つ早稲田大学。対抗戦優勝だけでなく、2年ぶりに大学王者奪還を狙っている。ユース代表経験者が並ぶバックス伝統の展開ラグビーに目がいきがちだが、FW(フォワード)が接点で奮闘しセットプレーを安定させているからこそ生きてくる。そんなFWで、スクラムの先頭に立って下級生を引っ張っているのが副キャプテンの「コバケン」ことPR(プロップ)小林賢太(4年、東福岡)だ。
世界を見据え、右から左プロップへ
気づいたラグビーファンも多いはずだ。今季、小林は東福岡高時代から慣れ親しんだ右PRの3番から左PRの1番に変わった。小林と言えばPRとしてセットプレーの安定に貢献しながら機動力があり、ボールキャリーやオフロードパスなどのアタックでもさえを見せる。
小林自身、(リーグワンのチームに入るための)就職活動をしていく中で、「1回、(1番に)挑戦してみないか」と言われたという。「日本代表になるのが目標」という小林は、将来も考えて決断する。一般的に両肩でスクラムを組んでいる3番より、右肩でスクラムを組む1番の方がフィールドプレーに参加しやすい。
「世界的に見ると(身長181cm、体重114kgだと)サイズ的に3番としては小さいし、日本代表の選手を見ても劣る部分がある。(世界で活躍するには)1番の方が可能性があり、自分の武器でもあるフィールドプレーを活(い)かすためにもスクラムの比重を減らせる。だから(3番から1番に)転向しました」(小林)
今季からヤマハ発動機(現・静岡ブルーレヴズ)や日本代表で活躍したOBの大田尾竜彦監督が就任した。大田尾監督は早大のスクラム強化にあたり、ヤマハで日本代表の長谷川慎スクラムコーチの薫陶を受けた仲谷聖史コーチを招聘(しょうへい)。早大FWも低く8人一体となって組む、いわゆる日本代表流のスクラムを導入した。
小林は「ヤマハ発動機や日本代表に近いスクラムのノウハウを仲谷コーチに教えていただけるので、自分にとっていい刺激になっています。3年間の早稲田大のスクラムはヒットにフォーカスしていましたが、(8人でタイトに)キチキチに組むという新しい形になりました。自分が今季から1番になったこともあり、すべてが新しい感覚でした!」と声を弾ませた。
対抗戦のライバル明治大学、帝京大学、そして全国大学選手権で対戦するかもしれない関東リーグ戦の優勝候補筆頭の東海大学、関西の強豪である天理大学や京都産業大学、近畿大学もすべてスクラムに自信を持っている。
そのため小林は「スクラムは本当に試合を決めると言っても過言ではありません。 やはり自分たちがスクラムで押されてしまうと、バックスの選手たちも『今日のスクラム、ちょっとやばいかな……とメンタル的にブレてしまいかねないので、FWのみんなは危機感を持って取り組んでいます。自分たちの課題ではありますが、武器にしていかなければ日本一という目標には届かない」と先を見据えた。
スクラムまとめ、防御も進化
4月から新しいスクラムを導入したこともあり春季大会で東海大などには歯が立たなかったが、夏合宿を経て徐々にレベルアップし「成熟度としてはまだ4割ぐらい」だという。「FW全員が自分たちのやりたいスクラムの方向性、共通認識ができている。みんな頭では理解していますが、まだそれが体現できていない。8人全員がビシッと同じ動きをするという点ではまだ完成度が低い。試合を重ねながら、という感じです」(小林)
毎週2回ほど、ユニット練習の中でスクラムに時間を割く。ユニット練習がなくてもFWの選手たちは率先してスクラムの強化に勤(いそ)しんでいるという。「毎日やることなので、スクラムの感覚を忘れない練習を『歯磨き』と呼んでいます。8人でスクラムを組む直前のセットアップまでやったり、前3人や5人だったりといろいろやっています!」(小林)
HO(フッカー)川﨑太雅(2年、東福岡)は今季、PRから転向した選手であり、右PR亀山昇太郎(茗溪学園)は入部したばかりのルーキーである。当然、4年の小林の双肩にかかる期待は大きい。小林は「その責任を感じなら自分でもやっています。全体練習が終わったら『歯磨きしよう!』と声を掛けています」と日々、率先してスクラム練習に取り組んでいる。
立教大学と対戦した開幕戦、大田尾監督は小林について「ディフェンスが良かった」と称(たた)えた。それを伝えると小林は「アタックは自信がありましたが、ディフェンスの局面に課題があると思って、今季になってからフォーカスしてきたので、そこを評価していただいたのは素直に嬉(うれ)しい。年々、改善してきましたが、まだ自分の納得いく形になっていないので、努力次第で変えていくことができるのかな」と目を細めた。
芦屋RSから東福岡高へ
小林がラグビーに出会ったのは4歳の頃だった。当時から体が大きく、幼稚園の同級生に兵庫・芦屋ラグビースクールに通っている子がいて、誘われて始めたという。そこからラグビー一筋で、平日は神戸製鋼のグラウンドを使用しているSCIX(シックス)ラグビークラブにも通い、土日はラグビースクールと週3回くらい練習に取り組んだ。
小学校時代はあまり強いチームではなく、9人制の大会で、「体重が80kgあった」小学校6年時に運良く県で3位になったのが最高成績だった。中学2年生の時は、1つ上に早大でも一緒にプレーした古賀由教(ブラックラムズ東京)らがおり、「太陽生命カップ」こと全国中学大会で決勝に進出した。しかし3年生の時は県大会の1回戦負けだった。
もともと小学4年生の時に第89回全国高校大会(2009年度)で優勝した東福岡高のPR垣永真之介(早大→東京サンゴリアス)に憧れ、さらに同高が大会中に神戸で練習しているときはよく見に行っていたという。そして古賀が東福岡高に進学したこともあり、練習見学を経て九州に渡ることになった。
中学時代の一時期、スタンドオフやセンターでもプレーしていて「スキルには自信があった」という小林は強豪校でも機動力のあるPRとして1年生から頭角を現し、2年生の時は中心選手の一人として花園での優勝を含む「高校三冠」に貢献、最後の全国大会は早大で主将を務める長田智希らがいた東海大仰星に敗れてベスト4で涙を呑(の)んだ。
早大に誘われたこともあるが「小学生の頃、早明戦を国立競技場に見に行って、(FWコーチの)権丈(太郎)さんらがいた早稲田大が明治大に圧勝して、『かっこいい』しかなかったですね!」と憧れての進学だったという。相思相愛だった。
一貫性で再び歓喜を
早大に入学後、動けるPRとして小林は1年生から試合に出場し、2年になると大学選手権優勝に寄与する。しかし昨年度は大学選手権の決勝で天理大に28-55と大敗した。「天理大にコンタクト、ブレイクダウンで圧倒されたので、新チームになってから半年くらい、強度高く、そこにフォーカスしています」(小林)
開幕から連勝した早大は今後、10月9日に筑波大、11月3日に帝京大、23日に慶應義塾大、12月5日に明大と強豪との対戦が続く。もちろんその先には大学選手権も見据える。
副キャプテンでもある小林が掲げるキーワードは一貫性だ。「夏の3連戦は自信になりましたが、(対抗戦が始まって)相手に合わせてしまうような時間帯があったので、まだ自分たちのこだわりたい部分をやりきれていない。シーズンが深まっていく中でどれだけ一貫してやっていけるか、コンタクト、ブレイクダウンでどれだけ相手を上回れるかが鍵だと思っています」(小林)
小林は、卒業に必要な単位はほとんど取得し、あとは卒業研究を残すのみ。テーマは「大学ラグビーにおけるセットプレー」にする予定だ。強豪5大学の全試合のスタッツを取って、どこまでスクラムやラインアウトが起点となっているかを調べている。
「データに紐付けつつ、各大学にスクラム、ラインアウトの専門コーチが少ないというのを感じているので、日本ラグビーの強化にはセットプレーの専門コーチが必要という結論につなげていけたらいいなと思っています」(小林)
小林の座右の銘は「なるようになる」だ。「しっかり準備すれば結果的にはなんとかなる。だから、なんでも取り組んでみようというのが自分の中にあるので、好きな言葉です」。試合前のルーティンは、部屋の整理整頓、掃除だという。暇があれば掃除機をかけたり、カーペットを「コロコロ」で綺麗にしたり、同部屋の選手の机をかってに整理したりし気持ちを落ち着かせている。
大学卒業後は1月から始まる新リーグ「リーグワン」の強豪チームに進む予定である小林の選手としてのターゲットは、もちろん、「1番として桜のジャージーを着てワールドカップに出場すること」だ。
ただ、その前に、早大の副キャプテンとして「もう一度、日本一になることが今の自分の目標です。2年前に歌った(早大が日本一になった時のみに歌うことが許される第二部歌)『荒ぶる』が忘れられない……。あの舞台で、また全員で歌いたい」と真っ直ぐに前を向いた。
強豪との対戦でもアカクロの1番がスクラムを引っ張り、ブレイクダウン、タックルで目立つような試合になれば早稲田大のペースとなるはずだ。早大自慢の高速バックスが生きるか死ぬかもFW次第であり「コバケン」がその命運を握っている。