アメフト

慶應義塾大のRB大河原陸、スケール大きなランで1部BIG8を駆け抜けた

慶應義塾大学のRB大河原陸。今季の関東大学BIG8で輝きを放ってきた(撮影・全て北川直樹)

慶應義塾大学アメリカンフットボール部ユニコーンズは、今シーズン所属する関東大学1部BIG8(下位リーグ)で圧倒的な成績を残している。初戦の青山学院大学に47-0、明治学院大学に46-7、神奈川大学に62-0と大勝を重ね、来シーズンのTOP8昇格を決めた。12月5日、横浜国立大学とのBIG8・1位決定戦が今季のラストゲームとなる。

ラグビー選手の動きも参考に

慶大オフェンスの中心にいるのがRB(ランニングバック)の大河原陸(4年、慶應義塾)だ。大河原は3試合で306ydを走り、BIG8のリーディングラッシャー。身長180cmとRBとしては上背があり、伸びるスピードと独特の間合い、カットバックで対戦相手の守備を翻弄(ほんろう)する。

大河原が自信を持っているのは、カット、スピード、動きのキレだ。これはひとつのことに固執せず、アメフトにも固執せずに編み出した。YouTubeでNFLのハイライトを見てテクニックを参考にし、中学時代に部活として経験したラグビー選手の動きも見る。「アメフトは全員が向かってきますが、ラグビーは目の前の選手とのマンツーマン。ただし発想の転換としては参考になることも多い。アイデアやイメージが大事なので、引き出しを増やすようにしています」

アメフト以外からも自分の走りのヒントを得てきた

見返したい、QBから決意の転向

慶大で主将(1986年卒)をつとめた父の純さん(58)の影響で、慶應幼稚舎(小学校)1年のときにフラッグフットボールをはじめた。ポジションは一貫してQB(クオーターバック)。普通部(中学)に上がるとアメフト部がなかったため、同じ楕円(だえん)球を使うラグビー部でセンターとウィングをプレーしたが、慶應義塾高に進級してから再びアメフトをすることにした。小学6年の時に、全国大会決勝で草津リトルパンサーズに負け、日本一を逃した悔しさが決め手だった。

高校3年間もQBをした。ラグビーで身につけたランニングスタイルを生かして、とにかく走るのが好きだった。QBはけがのリスクを減らすために自分から当たりにいかないのが鉄則だが、ついつい相手にぶつかりにいき、コーチからたびたび注意されたと懐かしそうに話す。同期にパスの得意な久保田大雅(慶應義塾)がいたことで、思い切りいけたことも大きかった。

慶大に上がると、1年目からQBとして交代で出場機会を得たが、第6節の日本体育大戦を前にRBに故障者が続出。デイビッド・スタント・ヘッドコーチ(HC)に「RBやってみないか?」と声をかけられて、シーズン限定でポジションを変更することになった。初めてのポジションだったがやれる自信があって試合に出た。しかし、3回走って記録はマイナス5yd。相手のDL(ディフェンスライン)にタックルされた時にこう言われた。「お前みたいな1年じゃ無理だよ」。走れなかった不甲斐なさと悔しさでRBとして見返してやりたい。そう考えて、自らコーチに「このままRBさせてください」と完全転向を申し出た。

数々の試練も

2年の春シーズン、関西学院大戦で新エースとして覚醒する。前年の学生王者を相手に走りまくって2TDを挙げた。この試合を取材していた私自身、「慶應にとんでもないRBが出てきた」と鮮明に覚えている。惜敗したが、大河原にとって自信となる一戦だった。

2019年5月の関西学院大戦。目の覚めるようなプレーをみせた

しかし、秋のシーズン途中に部内の不祥事が発覚。活動自粛によってリーグ戦を棄権し、最下位でBIG8への降格が決まった。当たり前に練習していたこと、試合をできていた現実が消え去った。部内の根本的な問題を解決しない限りは、ユニコーンズとしてアメフトをする資格はないと考えた。

大河原は体質的には痩せ型だが、当たり負けないことを念頭において2年生のシーズン前に体重を増やした。現在は83kgがベストのパフォーマンスができる体重と自覚しているが、このときは食べ物の内容は問わずに1日6、7食をとり、95kgまで増やしていた。体のキレに課題を感じていたので、この機会に食事を徹底して見直すことにした。フルーツ以外の糖分カットと、体を冷やすアイスやお菓子をとらないこと。今も食事制限は続けており、経験的に自分の体に合わないと感じた食べ物や、人工甘味料なども絶っている。一方で鶏肉を毎日必ず1.5kgとることも決めている。試行錯誤しながら、自分が一番動ける体を見つけたという。

同じ頃、たまたま通っていたトレーニングジムで一緒だった、慶大の先輩で同じRBでもある李卓(オービック、CFLモントリオール・アルエッツ)と一緒にトレーニングする機会も得た。「誰が見てもエースで、徹底マークされてもどんな状態でも結果を出す。苦しくても自分が引っ張るというあり方を教わりました」。RBとしての心構えやプレーのアドバイスを受けて、選手としてのビジョンが広がった。翌年のTOP8昇格を目指して、今やれることを見つけた。

3年生になった2020年シーズン。春を前に部の自粛解除は決まったが、新型コロナウイルスの影響でリーグ戦は縮小開催でTOP8昇格の機会がなくなった。在学中に甲子園ボウルを目指せないことが確定。ショックを受けたが、チームとしてどうするのか、3年生で話し合った。モチベーションの根源が個々で違うため、そこをすり合わせてユニコーンズの目指す方向を探った。

大河原はこのときを振り返っていう。「すぐに、へこんでいても仕方ないと考えるようになりました。デイビッドHCが日頃から言っている『自分がコントロールできることに集中しろ』という言葉の通り、前を向いてできることをしようと。何としても自分たちが卒業するときに昇格しないと、後輩にも同じ思いをさせてしまう。そのためには、自分が活躍しないといけないと考えるようになりました」

信頼するデイビッド・スタントHCからは多くのことを学んだ

フラッグフットボールの経験

そして最上級生になった。春のオープン戦は、TOP8の明大、中央大、法大と対戦した。法大からは得点ができずに0-7で惜敗したが、他は勝って積み重ねてきたことの自信にもつながった。一方で勝負できた手応えがあったからこそ、TOP8でやれないことの悔しさも改めて感じた。

春の終わりにフラッグフットボールの対抗戦があった。「日本一を狙えるチャンスだから本気でやろう」という前田晃監督の呼びかけもあって、大河原をはじめ本当に勝ちたいメンバーが出場し優勝した。日本代表の強化試合の相手として用意された、関東学生選抜にも入った。
「自分はフラッグの経験もあるし、代表を相手にしても勝負できる自信がありました。でも実際にはアメフトとフラッグはまったく別で、頭も使うし代表の選手たちは足が速すぎて、レベルの違いを痛感しました」
試合に負けた悔しさはあったが、一流に挑戦して気づきも多かった。

フラッグフットボールから学んだこともあった

秋シーズンはただ試合に勝つことだけではなく、「日本一のオフェンスをつくる」という目標を掲げている。相手どうこうではなく、自分たちのすべきことをやる。そのために、試合ごとの前半・後半で得点数の目標を設定している。どのチームよりも得点を上げて、メンバー全員が試合に出場することを目指している。この目標は、第3節の神奈川大戦ではじめてクリアできたという。一方でまだ課題もある。「反則が多かった。誰がどういう状況でしてしまったのかまで完璧に落としこんで振り返らないと、課題の解決はできないんです。とにかく全員が少しでも成長することを突き詰めています」。

大河原に、モチベーションを尋ねた。今年は個人もチームも実力はありながら甲子園ボウルは目指せない。「驚かれるかもしれないですが、個人的なモチベーションとかはないんです。下級生の頃はとにかく自分が走れれば良いと思っていたんですが、リーダーになってからはどれだけ自分が活躍できてもうれしくない。チームとして全員が同じ気持ちを持てているか、状態としてどうなのかの方が大事ですから」

父からのアドバイス、最高の仲間と

メンバーには、厳しいことでもしっかり指摘することを大事にしている。たとえ口うるさく言って嫌われたとしても、チームの方向を正すことの方が大事だと考えるようになった。

この考えの根底には、父・純さんのアドバイスがある。現役時はLB(ラインバッカー)で主将だったため、RBがどう走ってきたら嫌かをディフェンスの視点で教えてくれる。加えてリーダーとしての振る舞いや心構えについても話してくれる。「優しい声をかけるのがリーダーの仕事ではないよ」と。何かをしろと言われたことはこれまでもなかったが、聞いたことに対してはしっかり助言をくれるから心強いという。

最後まで信頼できる仲間と駆け抜ける

大学4年間でいろんなことがあったが、慶應でアメフトをしたことで仲間の絆に対する感謝を学んだ。「(高校の)僕らの代は、医学部を目指すやつ以外は全員が大学で続けたんです。今年で7年目、大学からは外部入学のメンバーも増えた。全員が本当に仲が良く、最高のチームだと思っています」

卒業後は広告業界に進むことが決まっていて、アメフトを続けられるかはわからない。だからこそ今は、学生アメフト人生の集大成に心を燃やしている。「これが最後。自分のプレー、姿、サイドラインやハドルでの言動を残していきたい」

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