陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

駿河台大が初の箱根駅伝でつないだ襷、徳本一善監督が目指す「唯一無二のチーム」

箱根駅伝初出場の駿河台大は最後まで襷をつなぎ、アンカーの阪本主将は笑顔でゴールした(撮影・藤井みさ)

第98回箱根駅伝

1月2・3日@東京・大手町~箱根・芦ノ湖間往復の217.1km
駿河台大学
総合19位(往路20位、復路15位)

44校目の箱根駅伝初出場となった駿河台大学は「最後まで襷(たすき)をつなぐ」ことを目指し、初の舞台に立った。往路を20位で終え、復路は往路15位以下の大学と一斉スタート。最後まで襷をつなぎ、アンカーの阪本大貴主将(4年、西脇工業)はガッツポーズをして大手町のゴールに飛び込み、笑顔で「楽しかった!」と口にした。「あいつずるいよね。最後の最後で全部持っていった。素直な気持ちで発した言葉でしょうから、泣けますよね」。徳本一善監督もまた、笑顔で言った。初めての挑戦は総合19位だった。

駿河台大・徳本一善監督「メンタルだけは1番」、初の箱根駅伝に揺れ動いた選手らの心
法政のエースとして見た箱根駅伝の天国と地獄 駿河台大駅伝部・徳本一善監督2

箱根駅伝予選会で燃え尽きた選手たち

これまで駿河台大は「箱根駅伝初出場」だけを目指して戦ってきた。そして昨年10月、箱根駅伝予選会を8位で突破し、悲願を達成。しかしそこからが本当の勝負だった。「明らかにバーンアウト(燃え尽き症候群)してました。学生たちは『絶対に箱根駅伝に出るぞ』という思いで本当に人生をかけてやってくれたし、自分もその気持ちは分かってたから、すぐに『次は』とは言えない。言ったらはじけてしまう。選手たちの力量を見ながらアプローチをかけないといけないなと思ってました」

箱根駅伝予選会から1カ月の間、徳本監督はコーチたちに任せて練習に極力顔を出さないようにし、選手たちの様子をうかがった。中にはメンバー選考から漏れてしまうのでという不安から、半泣きになりながら徳本監督に相談するような選手もいたという。「とてもじゃないけど、スタートラインに立てるような精神状態ではない」と徳本監督も感じながら選手一人ひとりと向き合い、箱根駅伝の最終調整を進めた。

区間配置を決めるのに難儀した。当初の構想では、1区をエースのジェームズ・ブヌカ(4年、リルタセントラル)、2区を前回大会で関東学生連合チームとして9区を走った町田康誠(3年、白鷗大足利)、3区清野太成(3年、飯能南)、4区新山舜心(2年、鹿児島)、5区今井隆生(4年、都立大泉)で考えていた。しかしブヌカはレース1カ月前に新型コロナウイルスのワクチン2回目を打った関係で体調を崩し、3週間ほど走れない状況が続いた。また足の痛みを訴え、1区で走るよりは2区で追い上げたいと徳本監督に主張した。加えて、今井の調子が上がらない。昨年12月17日の早朝に坂でタイムトライアルをしたところ、永井竜二(3年、武蔵越生)に続いて町田、間が開いて今井の順だった。その結果、1区清野、2区ブヌカ、3区池原悠月(1年、東農大二)、4区新山、5区町田、6区小泉謙(3年、開志国際)、7区今井、8区永井、9区田尻健(4年、開新)、10区阪本で考えた。

だが、「絶対に襷を最後までつなぎたい」と言い続けてきた阪本のことを考えると、「これでは復路で途切れてしまう」と再び悩んだ。10000m28分台の新山を復路に、往路で耐えるために10000mでブヌカに次ぐ2番目の記録(28分39秒82)の町田を平地に回すことを構想。そうなると5区は永井しかいないと考えた。何度も悩みながら最後まで選手の状態を見極め、1区清野、2区ブヌカ、3区町田、4区今井、5区永井、6区小泉、7区新山、8区出仙龍之介(3年、鯖江)、9区田尻、10区阪本に決まった。

当初の構想ではブヌカ(右)が1区、清野は3区だったが、最終的には1区清野、2区ブヌカとなった(撮影・北川直樹)

何度も選手を入れ替えることになったが、6区小泉と10区阪本は当初の予定通りだったという。「小泉は“宇宙人”というか、あいつなら何かやってくれるんじゃないかという気持ちがありました。阪本は23kmという距離への適性があると思っていたけど、それ以上に、予選会から一気にいけたのはあいつだけでしたから」と徳本監督は言う。

箱根駅伝予選会が終わった段階で、阪本はチームの中で11番目の選手だった。阪本を鼓舞するため、徳本監督はあえて「お前は11番目なんだよ」と言い、阪本は「分かってます。最後まで気を抜かずにいきます」と返してきた。「だからといって諦めるんじゃなくて、キャプテンだからという理由で走るのでもなくて、しっかりとした走りで自分たちを支えてくれたいろんな方々に恩返しがしたかったんです」。阪本はその言葉通り気持ちを切らすことなく走り続け、時にはチームメートのために一発芸もして笑顔をもたらし、箱根駅伝を迎えた。

往路20位に徳本監督「やっぱり甘くはなかった」

1区のスタートで清野は集団の先頭に立ち、攻める気持ちを示した。6kmすぎで中央大学の吉居大和(2年、仙台育英)が飛び出し、清野は後続集団の後方へ。次第に遅れ始め、17位でブヌカに襷をつないだ。徳本監督の構想ではブヌカの力なら1時間7分でいけると考えていたが、万全な状態でレースに挑めなかったブヌカは1時間10分19秒での区間19位と苦しみ、19位で襷リレーとなった。

3区の町田は専修大学を抜いて18位に順位を上げたが、4区を託された今井のペースが上がらない。中央学院大学と専修大に抜かされて20位となり、徳本監督は「永井が待ってんだから、1秒でも早く渡してやれ!」と声をかけた。31歳の今井は日本体育大学を卒業してからもトライアスロンを続けた後、中学校の体育教師となり、2年間の自己啓発等休業制度を利用して駿河台大学心理学部に編入した。5区の永井は越生中学校(埼玉)で指導した教え子でもある。「正直ずっときつくて早く終わってほしいと思いながら走ってたんですけど、『永井が待ってんだから』と言われた時、自分1人じゃないなと思いました」。今井は持てる力を振り絞り、苦しさに顔をゆがめながら永井に襷を託した。

4区今井(左)と5区永井の“師弟襷リレー”は「偶然そうなった」と徳本監督は言うが、今井が頑張る1つの理由にもなった(撮影・北川直樹)

前を走る専修大とは1分16秒差。次第に差は開いていったが最後は粘り、永井は20位で往路のゴールに飛び込んだ。首位の青山学院大学とは19分5秒差。「想像はしていましたけど、やっぱり甘くはなかった。それは選手たちも感じてくれていると思う」と徳本監督は悔しさをかみしめた。

9区のレース中に原監督から「繰り上げまちませんよ!」

復路は首位の青山学院大の10分後に一斉スタート。繰り上げスタート(首位と20分)を回避するには、復路での首位との差を10分以内にとどめて全中継所を通過しないといけない。6区の小泉なら区間一桁でいってくれるのではと徳本監督は期待して首位と1分30秒差以内、7~9区の選手がそれぞれ2~3分差以内で耐えてくれれば襷はつながると計算した。そんな中、小泉は区間3位と快走し、14番目の早稲田大学と関東学生連合チームに次ぐ16番目で7区の新山に襷をつないだ。「小泉は何かやってくれるだろうと思ってたけど、本当にやってくれた」と徳本監督はたたえ、小泉が作ってくれた“貯金”に「これで襷はつながる」と胸をなでおろした。

新山と出仙はともに区間15位で襷をつなぎ、9区の田尻へ。そのレース中、徳本監督は同じ広島出身で交流も深い青山学院大の原晋監督から「繰り上げまちませんよ!」と連絡を受けた。「どういうこと?」と徳本監督はすぐに首位の青山学院大との差を調べた。9区を走る青山学院大の中村唯翔(3年、流経大柏)は区間新ペースで走っていた。関東学連からも「繰り上げの可能性があるので準備してください」と連絡が入る。「うそでしょ!」と思い、スタッフに調べてもらったところ、「1kmが3分5秒ペースなら大丈夫。でも3分15秒ペースに落ち込んだらやばいです」という言葉が返ってきた。田尻は追い上げてきた専修大の服部友太(4年、専大松戸)と競っていたが、攻めて最後に崩れることを心配し、「そのペースでいいから、服部くんと2人で一緒にいこう。襷だけはつなごう」と伝えた。

鶴見中継所ではアンカーの阪本が待ち受けていた。関東学連から繰り上げスタートに備えて予備の襷を渡された。「やっぱりそうか」。そう思っていたところ、「間に合いそうだから襷を回収します」と言われ、コースを見ると田尻の姿。「ファーってテンションが上がって、もう、ヨッシャー!!って」。阪本は満面の笑みで襷を受け取った。襷を肩にかける前、襷に記したみんなの名前が目に飛び込んできた。選手たちの汗が染みこんだ襷。うれしさがこみ上げ、走りながらまた笑顔になった。

阪本(右)は最後まで襷をつなげる喜びから、自然と笑顔になったという(撮影・森田博志)

沿道にはゴールまでの距離が記されている。あと20km、19km、18km……。「あとこんだけしか走れないんだ」と思うと、いつもなら長く感じる23kmもあっという間だった。後半になるにつれてペースも上がっていき、最後は笑顔でガッツポーズ。ゴール後、後ろから佐野智哉主務(4年、和歌山北)がタオルをかけてくれ、マネージャーの齋藤友美(4年、東農大三)も笑顔で出迎えてくれた。そんな2人を前にして、「楽しかった!」と阪本も笑顔を返した。レース前、徳本監督は「うちは能力的に20位だと思ってますんで」と話していたが、阪本が区間7位の走りで追い上げ、10区で駿河台大は19位につけた。

阪本、「ニューイヤー駅伝初出場」へ

阪本は快走できた要因を「今までで一番いい状態で自信を持って挑めたし、襷がつながった高揚感で、頭の中の快楽物質が多すぎてしんどさを忘れたのもあると思う」と笑顔で話す。最高の舞台で最高のパフォーマンスをしようと自分の走りに集中。「本来なら他校の選手と競り合わないといけないんだろうけど」と言うが、それが結果として快走につながった。レース後、同じ西脇工業高校(兵庫)出身の三浦拓朗(中央大4年)から「お疲れさん。健闘したじゃん」とLINEがあった。三浦は3区を走り、区間7位。「区間順位一緒やね」と送ると「やめてくれ(笑)」と返ってきたという。「往路の方がレベルが高いんで比較できないんですけどね」と阪本は笑いながら言い、そんな三浦と同じ箱根駅伝を走れた喜びをかみしめていた。

阪本は卒業後、今春に陸上部を立ち上げる都内の企業で競技を続ける。チームはメンバーを強化しながらニューイヤー駅伝出場を目指す。「簡単な道のりではないと思うんですけど、箱根駅伝初出場に続いてニューイヤー駅伝初出場もできたら最高ですよね。これからにつなげられるようにやっていきたいです」と阪本は言い、まずはトラックレースで結果を出し、駿河台大の後輩たちの励みにもなればと考えている。

箱根駅伝が終わってしばらくは徳本監督に面と向かって思いを伝えられなかった。「今、話したら泣きそうになるんで。もうちょっと時間をおいてから、『本当に最高な学生生活で、徳本さんと一緒に箱根駅伝を目指して良かったです。徳本さんが言う通り、箱根駅伝という場所は人生でかけがいのないものになりました』と伝えたいです」とはにかみながら明かしてくれた。

阪本(中央)は同期の佐野主務(左)とマネージャーの齋藤に迎えられ、自然に「楽しかった!」という言葉が出たという(撮影・藤井みさ)

今井先生として教え子たちをまた箱根路へ

今井は2年間の自己啓発等休業制度を終え、今春からまた教鞭(きょうべん)をとる。箱根駅伝のレース後も多くの人からメッセージが届き、「こんなに反響があると思ってなくて……」。今井にとって越生中学校の教え子でもある黒岩勇禅(武蔵越生高3年)からは、「お疲れさまです。テレビ越しで今井先生の闘志を感じました。来年は自分が“越生魂”全開で走りますので、楽しみにしていてください」とLINEが届いた。黒岩は昨年、U20日本選手権3000mの舞台を経験し、今年1月23日開催の都道府県駅伝のメンバーにも選ばれている。今春には今年の箱根駅伝にも出場した大学に進む予定で、箱根駅伝では5区を希望しているという。「中学生の時はそこまで速くなかったのに、競技を続けて、気がついたら都道府県駅伝のメンバー入りですよ。永井と一緒に5区を走ってくれたらいいな」と今井は今から来年の箱根駅伝を楽しみにしている。

駿河台大では心理学を学び、部活では10歳も違う学生たちとともに走ってきた。「色々とうまくいかないこと、葛藤もあったけど、彼らの価値観に触れて新しいことに気づけて、自分も勉強になりました」。思い描いているのは、一人ひとりに寄り添い、学生自身が目標を立て、先生として自分が可能性を引き出すこと。「特に中学校の現場だと、先生がこれを目指すぞと提示することが多いけど、それって自分のエゴだなと思うんです。小さな目標でもいいんです。学生自身が掲げた目標に寄り添って、1つ達成したら終わりじゃなくて、学生たちの成長を促すことができたらいいな。陸上でなくても、伝える手段は色々あると思ってます」と、今井は駿河台大で得た学びを教育の現場で生かしていく。

初の箱根駅伝で味わった悔しさをどう次につなげるか

駿河台大として初めての挑戦を終え、徳本監督は「今年はとにかく楽しんでやろうと思って楽しみ尽くしたので、そこは満足している。でも一方で、すげえ悔しさもかみしめてる」と言う。総合優勝の青山学院大とは30分差。「やっぱり原さんの景色を見たいと強く思えたのが自分の収穫。監督人生として、原さんが描いてきたもの、見ている景色を今度は自分がやる、という志で取り組んでいきたいですし、その思いを選手も一緒に持ってついてきてくれるかどうか。満足も悔しさも、全部含めて成長の糧にできるなという駅伝だった」

補欠の選手も含め、16人全員が最高の状態で箱根駅伝を迎えられるのが理想だ。しかし箱根駅伝予選会を終え、箱根駅伝のメンバー選考から漏れたことで気持ちが切れてしまった選手もおり、徳本監督は“補欠の役割”を選手たちに伝えなければいけなかった。「予選会を突破できたのは彼らのおかげだし、気持ちは分かるよ。でも、そこで終わりじゃない。『お前を(箱根駅伝で)走らせとけば良かった』と思わしてくれるような準備をしてくれないと。そういうふうにチームを持っていけなかったのは自分の力不足です」

6区で小泉(右)が快走し、復路の流れを作った。「清野、町田、小泉、阪本は力的に次のステージに行ける。チーム内にも差が出て、他の選手はどうするの?と気づかせるのが自分の役目」だと徳本監督は言う(撮影・北川直樹)

やりたかったことを数えればキリがない。現在地を知り、ここからどう戦っていくか。徳本監督は箱根駅伝を経験した学生たちが悔しさを胸にはい上がってくれることを期待している。エースを担ってきたブヌカが卒業するが、「来シーズンの1年生には過去最強の子が入ってくるんで」とすでに来シーズンに向けて戦略を練っている。前回は次点で逃した全日本大学駅伝への初出場、そして箱根駅伝予選会で5位以内。「高い目標を持って選手たちにアプローチしていきます」と徳本監督は前だけを見ている。ただ、「楽しさ」は失ってはいけない。

「自分が学生の時も、オンとオフをしっかり切り替えて、遊び心じゃないけど『なんだか楽しそうだな』と思わせたら勝ちだなって思いながらやってたかな。ふざけて憎まれて、でも強いってかっこいいじゃん。その方が社会に出て行きやすいだろうなって思うんですよね」

目指すは「唯一無二のチーム」。何色にも染まらない学生たちとともに、徳本監督も襷をつないでいく。

in Additionあわせて読みたい