陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

駿河台大・徳本一善監督「メンタルだけは1番」、初の箱根駅伝に揺れ動いた選手らの心

駿河台大の選手たちは様々な心の揺れを経験しながら、初の箱根路に向かっている(撮影・全て松永早弥香)

駿河台大学は箱根駅伝予選会を8位で突破し、令和初、44校目の初出場をつかんだ。12月16日の箱根駅伝共同取材で、徳本一善監督は「うちは能力的に20位だと思ってますんで」とさらり。だが、コーチを経て監督となり、11年目を迎えた指揮官は言う。「でもメンタルだけは1番じゃないかなと思ってます」

駿河台大・徳本一善監督「幸せだな」、監督就任10年目に箱根駅伝初出場をつかむまで
法政のエースとして見た箱根駅伝の天国と地獄 駿河台大駅伝部・徳本一善監督2

3年前、石山大輝をきっかけにチームが変わった

共同取材では「予選会を突破した今年、チームは何が違ったのでしょうか?」という質問が上がったが、徳本監督は「この1年だけではなく、3年前からこの子たちの心が強くなってきた」と答えた。そのきっかけとなったのは3年前の2018年、当時2年生で翌19年には主将を務めた石山大輝(現・希望が丘学園鳳凰高校教員)だった。

徳本監督が法政大学の学生だった時は、箱根駅伝の先にオリンピックを掲げて競技に向かっていた。しかし駿河台大のコーチに着任したばかりの頃の学生は「箱根駅伝のはの字もなかった」と言う。一方、学生からすると徳本監督は「親も知っているような箱根のスター」だ。監督が言うことをやればいい、と思ってしまうのはごく自然なことだろう。徳本監督も、指導者として教えないといけないという思いで学生に向き合ってきた。

そして5年が経ち、「いや待て、俺苦しいぞ。だったら教えてもらえばよくね?」という考えに変わってきたという。徳本監督は自分が苦手なことを学生に伝えた上で学生の苦手なことを聞き出し、「それだったら俺の得意なところで助けるよ」という考え方にシフトした。そんな中、腹を割って思いをぶつけてくれたのが石山だったという。「選手は監督に言っても無理だと勝手に思い込んでて、選手同士で愚痴るもんなんですよ。でも石山は『いや監督、俺はこう思う』とはっきり言ってくれた。俺を信じてくれているのが伝わった」。その石山が主将としてチームをまとめ、チームが変わっていった。「うちの目玉は監督でもエースでもなく、主将なんです」と監督も自信を持って教えてくれた。

2018、19年、主将としてチームを支えてくれた石山(中央)の存在が大きかったと徳本監督は言う

2年前の箱根駅伝予選会では12位となり、石山たちの代にとって最後の挑戦となった昨年は15位だった。敗れて悔し涙を浮かべる学生たちの顔を見るのがつらく、特に石山を箱根駅伝に導けなかった罪悪感を感じた。

予選会突破を後押ししたラストピース

あと少しで箱根駅伝に届かないチームには何が足りないのか。心理学部で学ぶ31歳の4年生、今井隆生(大泉)は心理的競技能力診断検査「DIPCA(ディプカ)」に着目し、それを選手たちに試した。

30歳で初の箱根駅伝へ 元体育教師の駿河台大・今井隆生が「魂の走り」を貫く
今井は「徳本監督を箱根駅伝に連れて行く」という思いを胸に、2年限定の挑戦に挑んだ

今井は日本体育大学を卒業してからもトライアスロンを続けた後、飯能市内の中学校で体育教師となり、2年間の自己啓発等休業制度を利用して駿河台大に編入した。永井竜二(3年、武蔵越生)は中学校で指導した教え子でもある。今井は選手と指導者をつなぐ役割を自ら買って出て、ときには強い言葉で選手を鼓舞し、自らも手本となる姿を示してきた。「年頃の選手たちですから、ビシッと言ってしまう自分がいることで、窮屈に感じた選手もいたと思います」と今井は言う。しかし「徳本監督を箱根駅伝に連れて行く」という思いでチームに加わった自分だからこそ、やれるだけのことはやろうと考え、行動をしてきた。

DIPCAを始めた当初は全体的に数値が低かったが、今年6月の全日本大学駅伝関東地区選考会で次点の8位となり、自信を深めて夏合宿に臨んでからは数値に変化が現れた。「特に自信、自己コントロール能力の値がめちゃくちゃ高かった。『いけるぞ!』という漠然とした思いの裏付けになりましたし、自分たちがやってきた取り組みは間違ってなかったんだと思えました」と今井は言う。

ただ今井自身、10月23日の箱根駅伝予選会を前にして、「やっぱり無理なのかもしれない」という気持ちがあった。そんな今井に「絶対大丈夫ですから」と声をかけてくれのが清野太成(3年、飯能南)と町田康誠(3年、白鷗大足利)の2人だったという。「僕たちを信じてくださいよ。僕たちがやってきたことを発揮すればいいだけなんですから」。そんな後輩たちの勢いを感じ、「だったらいけるかな」と今井も思えるようになった。

そして迎えた箱根駅伝予選会、何度も悔し涙を流してきた駿河台大に歓喜の瞬間が訪れた。

駿河台大の選手たちはこれまでの先輩たちの思いも胸に箱根駅伝予選会を戦い、本戦初出場をつかんだ

実はその前日、徳本監督は選手たちを前にして、つい弱音を吐いてしまったという。「11番は見えるけど、10番がどうしても見えないんだよ」。いけると期待しているのに、目に浮かぶのは通過できずにうなだれる選手たちの姿。そんな徳本監督に「いける気がする。説明はできないんですけど、いけるような気がするんです」と阪本大貴主将(4年、西脇工業)と入江泰世(4年、熊本工業)は言った。「今年の予選会で8位になって、あいつらの顔を見て、『思い込む力ってすごいんだな』と思いました。阪本、入江は粘り倒した。能力以上に気持ちで持っていた走りだったと思う。これがラストピースだったんだなと思いました」

予選会突破で燃え尽きたチームに明るさを

ただ、本当の戦いはここからだった。「うちのチームは予選会突破のことだけを考えてきて、本戦をあまり考えてきませんでした」。徳本監督も含め、燃え尽きてしまった気持ちがあった。今井も「一番落ちていたのは自分だったと思う」と振り返る。

「やっぱりなんとしても箱根に行かないといけないという使命感がものすごくあって、これだけ注目されてそれでも行けなかった時にどうなるかというストレスもものすごくあった。予選会を突破した今、これ以上の興奮はないです。ただ、それから何を目指そう。『箱根を走る』だけでは目標と言えないですから」

加えて箱根駅伝を走るということは、学生トップクラスの選手たちと同じ舞台に立つということだ。精神的に不安定になっている選手たちを目の当たりにし、徳本監督は一旦、一歩引いたところで選手たちを見守ることにした。

そんなチームに明るさを呼び込んだのが阪本だ。主将になってからこの1年、予選会で悔し涙を流してきた先輩たちの思いも背負って戦い、故障しない体作りや組織作りに心を砕き、チームを1つにまとめてきた。そんな阪本に対し、徳本監督は「リアルに監督と同じような目線で選手に接することができるようになったという意味でも、一番成長したのが彼だと思う」と話す。

徳本監督が「一番成長した」というのが阪本主将(中央)だ

箱根駅伝を前にして、どうすればこの重たい空気を打開できるだろうか。「荒療治だったんですが、僕が一発芸をしました」と、少し恥ずかしそうな顔をしながら阪本は明かした。「周りが『キャプテンの一発芸が見たいな~』と言って、本当は苦手なんですけど、それでチームの雰囲気が少しでも良くなるならやろうって」。それは1つのきっかけであり、「どんなにネガティブな雰囲気でも、最後はポジティブにするぞ」という気持ちを阪本は皆に示したかった。

合宿最終日に徳本監督が「ぶち切れた」意味

12月になってから徳本監督は一人ひとりと時間をとって向き合った。中には半泣きになりながら苦しい胸のうちを打ち明ける選手もいたが、徳本監督はそれぞれの心に響く喝を入れ、チームの雰囲気も締まり始めた。しかし、合宿の最終日に徳本監督は文字どおり「ぶち切れた」という。

「『この区間を頼むよ』と本人にはおおよそのビジョンを伝えたんですけど、そしたら彼らはそこで頑張ろうとしか考えなくなっちゃって。あと、選手が勝手に走る区間を決めてて、『この区間』と言うと嫌な顔をしたやつもいてむかついたんで、『その気持ちだったら別に走らなくていいよ』と言ったんです。自分の役割は何なのか考えた上で、チームで戦っている自覚を持ってほしかった」

それ以降、選手たちはどの区間を任されても自分の持ち味を発揮すると覚悟を決め、12月16日の箱根駅伝共同取材でも、選手たちは「どの区間でもいけます」と答えた。

その16日の時点で、選手たちのメンタリティーは「60%」だと徳本監督は言った。「ちょうどいいと思う。『箱根に行くんだ』とずっと張り詰めてやってきて、最後に疲れるよりも、始めはなあなあになりながら引き締めていって、最後のスタートに立った時にはメンタリティーが変わっているのがいいのかな」

徳本監督は選手たちに約束していることがある。「選手たちには『人生変わるぞ。箱根に行く行かないで全く違う人生に変わるぞ』と言ってきました。でも僕とはまた違った意味を一人ひとりが感じてくれると思うんで、箱根が終わったら『一人ひとり感想聞かせてね』と約束しています。その話を聞くことが一番楽しみにしているところです」

徳本監督自身が呼びかけたユニホームスポンサー募集に応えてくれた地元の飯能信用金庫とともに、初の箱根路に挑む

徳本監督が駿河台大の指導者となり、箱根駅伝を目指してきた過程には、「楽しく走りたい」という気持ちで入部してきた選手たちに別れを告げることもあった。まっさらな状態から箱根駅伝を目指す難しさ、苦しさを誰よりも感じていたのが徳本監督だ。そして今、箱根駅伝を前にしてこう言った。

「選手が箱根を楽しんで走ってくれたらいい」

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