バレー

神戸国際大・井上人哉監督、バレー愛で警視庁に進んだ自分が大学バレー界で目指すこと

井上監督の下、創部から初めてのシーズンに神戸国際大は関西6部昇格を果たした

2020年10月、女子バレーボール部を新設した神戸国際大学は、21年関西秋季リーグ7部で優勝し、6部昇格を果たした。創部当初は部員不足により活動制限を余儀なくされたが、21年4月より新入生が入部し本格的に活動をスタートした。チームを率いるのは、警視庁で機動隊員、巡査として働きながら、現在V2リーグに所属する男子バレー「警視庁フォートファイターズ」で選手および監督経験がある井上人哉さん(じんや、37)だ。

コンプレックスでもあった「大学バレー」

国内トップリーグのコーチング経験は、大きな財産である。しかし、井上さんは自らの経歴についてこう語る。

「自分は高校時代に全国大会の経験もなかったけれど、それでもずっとトップのステージでバレーをやりたいと思っていました。卒業後、専門学校で学び、大学バレーも経験していません。経歴や実績は、自分にとってコンプレックスでした」

バレー部を退部してからも、警察官としての職を全うすることも可能だった。しかし、井上さんは自身のコンプレックスでもあった経験したことのない大学バレーのコーチングという新たな道を選択した。

「入庁したらバレーができる」で専門学校から警視庁へ

国内最高峰のリーグとされるVリーグ男子には、1部から3部まで存在する。広く見渡しても、専門学校からトップチームに入団する選手は、まれなケースだろう。井上さんは大阪社会体育専門学校社会体育学科で学びながら、バレー部の活動に熱中していた。全国の専門学校から選抜する代表メンバーにも選ばれ、最終学年時には中国チームとの親善試合に出場する予定だった。しかし、相手チーム側の都合で試合は中止。専門学校代表チームは解散せずに警視庁チームと交流試合を行った。井上さんはセッターとしてコートに立っていた。ここが、ずっとバレーを続けたいと志願していた井上さんの起点となった。

「最終学年時に内定を1社いただいていたんですけど、交流試合の時に警視庁の監督さんから、『入庁したらバレーができるから試験を受けてみないか』と言っていただいたんです。内定が出ていた会社に入ってもバレーができなかったので、警視庁チームからチャンスをいただいたことはうれしかったですね。1回目の試験は落ちてしまったのですが、2回目で合格することができました」

強豪校出身でもない、全国大会での実績もなかった井上さんだが、06年に念願のV2リーグの舞台に立つことができた。それから7年間、セッターやリベロ、プレイングマネージャーとしてチームに貢献。13年に現役引退後は、一度チームを離れたが、警察官としての仕事を全うしながらホームゲームの運営を手伝って裏方として支えていた。

チームを離れて3年が経った頃、井上さんは再びバレー部に戻ってきた。当初は事務局要員だったが、復帰1年目はマネージャー兼コーチとしてチームを支え、16年から監督を務めることになった。

警視庁フォートファイターズで7年プレーした後、裏方やマネージャー兼コーチ、監督としてチームを支えた(写真は本人提供)

「私自身にバレーの実績がなくても、『頑張ってるから応援したい』と言ってくださる上司や先輩、同僚がいて、その応援が励みになりましたね。そういう思いもあったので、監督時代は『警視庁でバレーに取り組む意味は何か?』と選手たちには言っていました。自分たちの活動が目に触れることによって警察官を目指す人が増えていくこと、バレーに携わりながら警察官として働くことができるということ。その姿を見てもらい、応援したいと思ってもらえるチームを目指すことに軸を置いていました」

バレーの競技人口を底上げしていくために

井上さんは監督として4シーズン活動し、「いずれは地元(兵庫)に帰ってバレーに携わりたかった」という思いをかなえるため、20年3月に警視庁を退社した。とはいえ、先々のことは決まっておらず、1年くらいは海外のバレーを見にいってみようと考えていた。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大により、海外へは行けなくなった。そんな時だった。「地元に帰ってくるならば、やってみないか?」と神戸国際大女子バレー部監督就任の話が舞い込んだ。

全く未知の世界でゼロからのスタートは新鮮で、やりがいも感じられた

「自分は大学バレーの経験もないのでコネクションもない。女子バレーのコーチング経験もないので、高校とのつながりもない。全く未知の世界でゼロからのスタートだったのですが、生まれ育った地でバレーに携われることは恩返しになると思い、お引き受けしました。選手を集めるために新しいご縁やつながりを作っていくことも新鮮に感じましたし、やりがいや面白みを感じました」

就任以降、六甲アイランドにある神戸国際大のキャンパスに通い始めた井上さんは、大学バレーの現場や部員たちとまっさらな状態で向き合うことで自分の目指すべきもののイメージが湧いたと話す。

「バレーボールの競技人口を増やすためにジュニア世代が重視されていますが、それとともにコーチの数を増やしていく必要があると思います。そう考えた時に、バレーボールのコーチになりたいという大学生がどれくらいいるでしょうか。教師になって部活動で教えるのは別として。今後、バレーボールの競技人口を底上げしていくためには、『社会に出たらバレーのコーチになりたい』という大学生を生み出せるような活動を目指そうと決意しました」

バレーが好きな大学生たちの「港づくり」を

その発想の根源にあったのは、バレーに携わりたいという一心で夢をかなえてきた井上さん自身の経験だった。「コーチ」という仕事は、バレーが好きという気持ちがあれば、かなえることが可能だろう。

「大学トップにいる強豪というベースがあったらそういう発想が出たか分かりませんが、ゼロからのスタートだったので、バレーが好き、バレーを続けたいという学生たちと一緒にやっていきたいと思いました。好きだからこそ、大学を卒業してもバレーに関わることができるコーチや審判に興味がある大学生たちの『港づくり』になれば、と。それこそが、大学というフィールドだからこそできることだと思います」

経歴や実績がなかったとしても、バレーと関われる道があることを井上さんは自身の経験をもって学生たちに示していく

長年抱えていたコンプレックスは時を経て井上さんの強みとなり、現在ではコーチングのコンセプトになった。

「学生たちには過去の実績や試合の勝ち負け、試合に出るか出ないかは関係なく、全てをフラットにして色々なことに挑戦してほしい。社会に出れば、どんな状況でも小さい選択をしていくことになる。大学バレーを通じて選択と選別ができる学生を育てていきたいですね」

井上さんが神戸国際大学女子バレー部を率いて2回目の春が、もうすぐやってくる。

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