強豪大学の誘いを断り、NFL選手の夢を追ってアメリカへ 南山高校QB内川誠
日本の高校アメリカンフットボールには春と秋の2シーズンがある。大学受験に備えるため、3年生が春で引退する学校もある。名古屋市内にある中高一貫の南山(なん・ざん)もそうだ。5月3日にあった関西大会の東海地区(加盟3校、東海高は不参加)予選で、南山は35-22で海陽学園(愛知)を下し、28日開幕の関西大会へ進んだ。大黒柱のQB内川誠(3年)は、仲間たちより先に進路を決めている。日本人初のNFL選手になる夢を追い、8月に渡米するのだ。
脚力を生かし、涙の関学戦初勝利
昨春の関西大会。南山は1回戦で関西学院(兵庫2位)を13-7と撃破した。名門の関学が東海地区の高校に負けるのは初めてで、南山にとっては5度目の挑戦での関学戦勝利だった。この試合、南山は当時2年生だった内川の脚力を最大限に生かすため、QBだけでなくWRやRBの位置からも走らせた。内川は仲間が必死に相手をブロックした際(きわ)を、ビュンと駆け抜けた。関学のお株を奪うような戦術面の工夫もはまり、大金星を手にした。中学から一緒にやってきた30人のメンバーは泣き叫んで喜んだ。
続く準々決勝の立命館宇治(京都)戦は、13-34で敗れた。この試合終了直後、まず関西学院大学、続いて立命館大学のアメフト部関係者が内川に接触した。いわゆる「声をかけた」というヤツだ。内川によると、その後、関東の大学からも声がかかった。だが心の中には、中1でこの競技を始めたころから変わらない夢がデンと居座っていた。南山中・高の先輩でNFL挑戦中の李卓(27)の存在も大きかった。
内川は言う。「NFLに行きたいというのがずっとあって、李卓先輩をはじめ、先陣を切って挑戦している方々を見て、こうなりたいし、その人たちを超えたいという気持ちがあります」。内川は以前から李卓とインスタのDMでやりとりし、トレーニングや食事面でのアドバイスを受けていた。そのおかげもあって、身長178cm、体重83kgのガッチリした体になれた。進路について李卓に相談すると、こんな言葉が返ってきたそうだ。
「自分自身、高校時代にアメリカへ行かなかった後悔がある」
「言葉が通じないと、どれだけうまくてもやっていけない」
「現地のプレーを早めに経験しておくと違う」
内川の高い潜在能力を知る先輩は、しっかりと背中を押してくれたのだった。
父が設定した勉強のハードルをクリア
できるだけ早くアメリカへ。その思いは募る。3人きょうだいの末っ子は家族会議で両親に何度も思いを伝えた。元ラガーマンの父・智浩さん(50)は「向こうでは勉強を頑張らないと話にならない。日本でできないことは向こうではできない」と、内川の苦手な勉強面でのハードルを設定した。年明けの英検で準2級をとることと、学年末試験で目標の点数をクリアすることだ。「自分の中では結構頑張りました」と内川が苦笑いで話す。英検準2級は、2年の春から英会話を習っていたこともあって余裕を持ってクリア。続いて学年末試験も、わずかながら目標を上回った。
晴れて内川家としてのゴーサインが出た。3日連続の家族会議を開き、父が見つけたアメリカ北東部コネティカット州の私立セント・トーマス・モア・スクールに、今年9月から「11年生」(高校2年生相当)として編入する道を選んだ。現在高3の内川は12年生にも入れたが、目標であるNCAA(全米体育協会)1部の大学から声をかけてもらうには、言葉の面でもプレーの面でも1年では足りないと判断した。これまでNCAA1部校のロスター入りした日本選手は5人ほどしかいない。
勉強しながら学校のフットボールチームでプレーし、大学に自己アピール映像を送れるような活躍を求めていく。バスケットボールでは日本人2人目のNBAプレーヤーとなった渡邊雄太(27)がかつて、尽誠学園高校(香川)を卒業した年の9月からセント・トーマス・モア・スクールに翌年5月まで通い、NCAA1部のジョージ・ワシントン大へ進んでいる。
コネティカット州最大のガードナー湖のほとりに東京ドーム約9個分のキャンパスという広大な施設だが、徹底的な少人数教育で1クラス10人程度。「手厚く教えてくれそうで、そこがいいなと思いました。クラスでもアメフトでも、どんどん自分の思いを伝えていこうと思います」。大自然に囲まれた寮で暮らすことになる。「自然が好きなので、自分に合ってると思います」と笑う。
海陽学園戦のランで悔しがった理由
アメリカに渡ったらQBでなくRBで勝負する。近年はQBの大型化が進み、内川の背丈では厳しい。試合中にとっさに発信しないといけないこともあり、言葉の面でも難しいと感じたからだ。もともと走るのが好きで、中1でアメフトを始めたときもRBを志望した。しかし南山中・高の朝内大輔監督(45)が「QBをやっとけば、あとからどのポジションでもできるから」との方針でQBになった。好きなのはNFLニューヨーク・ジャイアンツのRBセイクワン・バークリー(25)だ。「体幹が強くて、そんなプレーする?っていうランができる」。身長も内川より5cm高いだけの183cmだ。
5月3日の海陽学園戦で、ランに出た内川が相手のタックルをかわし、右サイドの端に残った選手の右側に出られれば独走という状況があった。しかしその選手にタックルを食らった。試合中はあまり感情をあらわにしない内川が、大げさに悔しがった。「これからRBでやっていくのに、あそこで(独走にもって)いけないのがまだまだです」。試合会場は南山の土のグラウンド。人工芝の上ならもっと走りやすかっただろうが、そんな言い訳はしない。
また、タックルを受けてからも前進しようと頑張る「セカンドエフォート」に誰よりも強い意識を持っているのが伝わってきた。試合後に聞いてみると、「セカンドエフォートからが本番という気持ちでやってます」とニヤリ。この17歳はしっかり前を、先を見ている。
海陽戦での会心のプレーを尋ねると、第2クオーターにWR後藤航太郎(3年)へ決めたTDパスを挙げた。「ほんとはサイドライン際に決めるはずのパスだったんですけど、タイミングがずれて外には投げにくくなった。そこで後藤がアドリブで内に入ってきてくれました。投げるまで時間がかかったのに耐えてくれたラインもよかった」。この言葉を聞いて、彼と一緒にやれるOL(オフェンスライン)がうらやましいと思った。よくある、とってつけたようなOLへの賛辞ではなく、心から言っているのが分かったからだ。
また海陽戦で、朝内監督が「やっぱり内川はさすがだなあと思いました」と言ったプレーがある。先ほど触れた後藤へのTDパスで14-6とした直後のキックオフ。キッカー、パンターも兼ねる内川はとっさの判断でちょん蹴り。サッと10yd先に走り込み、ボールが10yd以上転がった瞬間に確保した。これで攻撃継続だ。
内川は中学時代の合宿での出来事を思い出し、ちょん蹴りをひらめいたのだという。「もう笛が鳴ってるのに、相手が遠くでハドルをしてる状況が中学の合宿の練習であった。朝内先生が『こういうときは蹴ればいいからな』って教えてくれたんです。あのときと同じ状況でした。今日はもっと余裕があったのに焦ってしまって……。もうちょっと強く蹴ればよかったです」。賢い。
南山高校クルセイダーズの最大の特徴は6学年の絆、仲間意識が強いことだ。高校生の試合には、必ず中学生の部員も応援に駆けつける。ふだんから中高のメンバーが一緒に練習しているから、何もかも共有している。負けたら高3が引退という試合となると、余計に力が入るのだろう。プレーが終わるごとに「○○先輩、ナイスです!!」「●●さん、カッコいいです!!」。もちろん高校生同士もワイワイと激励しあう。
内川が言う。「6学年で練習して、試合もワンチームなんです。中1から一緒にやってきた仲間とまだ試合ができるのは、すごくうれしい。まだまだ終われないな、という気持ちです」
関西大会には6月5日の準々決勝(14時、大阪・エキスポフラッシュフィールド)から登場する。相手は関西学院(兵庫1位)に決まった。関学は昨年の負けを倍返しにする勢いで向かってくるだろう。南山の劣勢は免れない。それでも内川に尋ねた。アメリカに行く前に、またみんなをアッと言わせるような戦いを見せてくれますか?
「はい」。笑顔で、即答だった。