陸上・駅伝

特集:第101回関東学生陸上競技対校選手権

埼玉栄から上智大へ、鈴木一葉「新しい道を切りひらきたい」陸上も勉強も諦めない

鈴木は関東インカレで3種目に挑み、2種目で決勝に進んだ(撮影・すべて藤井みさ)

第101回関東学生陸上競技対校選手権大会 

5月19~22日@国立競技場(東京)
鈴木一葉(上智大2年)
女子1部100m 6位 11.90(+0.8)
女子1部200m 3位 24秒44(-0.3)
女子1部4×100mリレー 予選6着 48秒48

2年前の春、志望大学に届かなかった時は「陸上をやらなくていいと言われているんだな」と受け取った。だが今年5月19日に開幕した関東インカレの舞台に、上智大学の鈴木一葉(2年、埼玉栄)はいた。最終日には女子1部200m決勝に出場し、0.01秒差で競り勝っての3位。「粘りのトルソー(胸を張ってゴールする行為)だったな」と笑顔で言った。

浪人で方向転換

埼玉栄高校時代、鈴木は1年生の時からインターハイで4種目(100m、200m、4×100mリレー、4×400mリレー)に出場。2年生の時には100mで4位と4×400mリレーで4位、3年生では200mで7位と4×100mリレーで5位と4×400mで2位というトリプル入賞を果たした。陸上中心の生活をしていた鈴木にとって大学でも陸上をするのは既定路線であり、その前提でAO入試に挑んだが、希望は通らなかった。

浪人を決めた時、鈴木は陸上よりも自分の夢、国連などの国際舞台で活躍する未来を思い描き、上智大への受験を決めた。それでもずっと続けてきた陸上をゼロにするのは気が引け、スポーツもしながら勉強をしようと考えていたが、「埼玉栄でずっと陸上漬けの毎日だったので、3年間たまっていた勉強を1年でやらないといけない。朝6時に起きて夜9時まで勉強みたいな生活がずっと続きました」と結局、走る間もなかった。その努力の甲斐(かい)もあり、上智大に合格。もう陸上はせず、夢に近づくための大学生活にしようと心に決めた。

1年半以上のブランクから日本インカレへ

それでも、全国の舞台で活躍した選手が上智大に来るらしい、という噂(うわさ)は自然と広まった。陸上部の先輩たちから熱心な勧誘を受けたが、鈴木は「陸上はもうやめたんで。練習にも行きません」と断ってきたという。大学生活を謳歌(おうか)しようとアルバイトも始めた。だが昨年の2021年は新型コロナウイルスの影響もあり、自由に出かけられる雰囲気ではなかった。「だったらのんびりでもいっか」と思い、7月末に陸上部の練習に顔を出し、練習に加わった。

鈴木(左)は1年半以上のブランクもポジティブに考えるようにした

久しぶり走ってすぐに感じた。「やっぱりこれがブランクなんだな」。1年半以上走っていなかったため筋肉が落ちてしまい、スピードが上がらない。ただポジティブに捉えると、無駄な筋肉が落ちたことで、必要な筋肉を一から作るきっかけにもなった。身長154cmの鈴木は高校時代、体重は52kg程度だったが、今は49~50kgをキープしている。

上智大には同じレベルで練習できる仲間こそいないが、それぞれが定めた目標に向けて皆が努力し、自分で考えて練習に取り組む環境は居心地が良かった。週3回は仲間とともに夢の島競技場で練習し、週2回は織田フィールドや新豊洲Brilliaランニングスタジアムなどで個人練習をしている。「のんびり」と思っていたはずが、気がついたら本気になり、気がついたら陸上漬けの毎日になっていた。

昨年の日本インカレは高校時代の記録で100mに出場できたが、12秒28で予選敗退。それでも、ブランクから急ピッチで練習をして12秒20台を出せたのであれば上出来だと受け止め、そこからは大会に出ることなく練習に集中し、冬季練習に入った。

初めての関東インカレで2種目決勝進出

学年が上がり、初めての関東インカレでは女子1部の100m、200m、4×100mリレーと3種目にエントリー。初日の100m予選で11秒80と全体で2番目の記録をマーク。「2位、ワンチャン1位もあるかもしれない。最低でも表彰台を」と気持ちが一層入った。その2時間後には4×100mリレー予選のアンカーを務め、48秒48での6着だった。

翌20日の100m準決勝では11秒92で3着。思うようにスピードが上がらないことに不安を感じ、同日の決勝では11秒90で6位だった。優勝した筑波大学の三浦由奈(3年、柴田)は11秒74。「せっかく表彰台を狙える位置だったのにと思うと悔しくて……」。その思いを3日目から始まる200mにぶつけようとした。

3日目の200m予選は24秒65で1着、同日にあった200m準決勝は24秒44で2着となり、最終日の決勝にかけた。この日は決勝種目が続くこともあり、今大会で一番多くの観客が訪れていた。200m決勝前の選手紹介、鈴木は笑顔で上智大(Sophia University)のSマークとハートのポーズを決め、仲間の方に大きく手を振った。

最後の200m決勝、鈴木(右)は後半に追い上げて3位と表彰台をつかんだ

スタートから日本体育大学の宮武アビーダラリー(3年、大宮東)が抜け出したが、2位以下は混戦だった。鈴木は隣のレーンを走る早稲田大学の鷺麻耶子(2年、八王子東)と競り合いとなり、最後は胸の差で3位をつかんだ。優勝した宮武は同じ埼玉で競い合ってきた同級生。2人は笑顔で抱き合い、互いの健闘をたたえた。

8月からオランダへ

鈴木はゴール直後に転倒。すぐに医務室に連れて行かれ、膝(ひざ)には大きなガーゼが貼られていた。そんな痛々しい様子に反して、鈴木の表情は明るかった。上智大が関東インカレで表彰台に上がるのは近年では例がない。「強豪校のように背負うものが私にはないですし、次のラウンドに進む度にみんなが喜んでくれるんです。こんな一体感のある中で競技ができるのがうれしくて、楽しいな」と話す鈴木からは、充実感が漂っていた。

同じ埼玉で競い合ってきた宮武(右)と。大学では学年こそ違うが、これからもライバルだ

鈴木自身は100mを専門にしていきたいと考えているが、「200mの方が得意なのかなとうすうす気がついてはいるんです」。陸上に情熱を注ぐ今、将来的には日本選手権決勝を経て、日本代表として世界の舞台に立ちたいという欲も沸いてきた。

その一方で、8月からは1年間のオランダ留学を予定している。語学だけでなく海外で一人暮らしをする中で様々な刺激を受け、可能であればオランダで大会にも出られたらと考えている。「勉強で大変だろうからどうなるか分からないんですけど、またブランクにはしたくないので家でトレーニングとか、ジョグをするとか時間を確保しようと思っています」。帰国は来年、3年生の秋。4年生で迎える2024年パリオリンピックも目標に掲げている。

鈴木自身、またこれほど陸上にのめり込むとは思っていなかった。「せっかく上智に来たんだから、新しい道を切りひらきたいな」。何かを得るために何かを諦めるのではなく。鈴木一葉は自分の可能性を信じている。

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