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特集:あの夏があったから2022~甲子園の記憶

慶應義塾大・外丸東眞「もう八回?」 1球に泣き、あっという間に終わった甲子園

大舞台でも力を発揮できるのは、高校時代の経験が糧になっているからだ(撮影・井上翔太)

阪神甲子園球場では、第104回全国高校野球選手権大会の熱戦が続いています。4years.では昨年2年ぶりに開催された舞台に立ち、大学野球の道に進んだ1年生の選手たちに、高校時代のことや今の野球生活につながっていることを聞きました。第7回は前橋育英(群馬)から慶應義塾大学に進み、早くも今春の早慶戦に先発登板した外丸東眞(あずま)です。

中央大学・皆川岳飛 「1点の重み」を痛感した甲子園の経験、今につなげる

「自分から孤立した」前年春の群馬県大会

外丸は今春の東京六大学リーグ戦で、シーズン開幕早々に第2戦の先発を任されるようになった。5月29日の早慶戦は「純粋にバッターとの勝負を楽しめました。(大観衆に)試合前は『おお、すごいな』っていう感じでしたけど、試合になれば気にはならなかったです。集中できてました」。昨夏の高校3年時、周囲に支えられて野球ができていると感じた。大観衆からの注目を力に変えられるタイプの投手だ。

昨夏の第103回全国高校野球選手権大会に出場した前橋育英を語るとき、避けて通れないのが、その数カ月前に行われた春の群馬県大会だ。3回戦で太田に3-10でコールド負けを喫した。当時主将だった中央大学の皆川岳飛(がくと)は「ピッチャーに声をかけられなくて、1人にさせちゃった」。制球が定まらず、四球を連発した外丸は「自分のことで精いっぱいになってしまって、周りは声をかけてくれていたと思うんですけど、僕も自分から孤立してしまった」。

右肩を痛めていた影響もあり、春季大会で初めての先発登板だった。「全然もうストライクが入らなくてという状況で、『何やってるんだろう…』って思いましたね」

1年春から慶早戦の2戦目に先発し、6回1失点に抑えた(撮影・井上翔太)

チームとして「先を見すぎた」面もあったという。前年の秋は準々決勝で健大高崎に敗れ、「冬は健大に勝つぞという気持ちで練習してきた」。1チームに照準を絞ってしまったことで、目の前の一戦に集中しきれていなかった。

テーマを一つ決めて、練習試合で徹底

最後の夏に向け「1球に集中する」ことを全員で意識し合った。たとえば走者が二塁にいる想定で行うバント処理の練習でも、三塁ベース上に送球する際「タッチしやすいこの位置を外してはいけない」といった約束事を作った。練習試合は投手陣でテーマを一つ決めて、徹底した。「たとえば相手バッターの初球にストライクを取ることだったり、先頭バッターを切ることだったり。仮にできなかったとしても、その意識を持っていたか、そこまでの準備ができていたのかを重視していました」

ただ、チームの調子はなかなか上がってこなかった。外丸は右ひじの状態が思わしくなく、夏の群馬大会前はあまり登板していなかったという。「(荒井直樹)監督さんも『初戦負けを覚悟した』と言ってます。最後の練習試合も、僕は3回で7失点ぐらいしました」

群馬大会は、皆川が3試合連続本塁打を放つなど、打線が引っ張り、粘り強く勝ち上がった。外丸は「苦しかった。しんどかった」という試合展開ばかり覚えている。

高校3年夏の決勝では、前年秋に敗れた健大高崎に雪辱を果たした(撮影・朝日新聞社)

甲子園入り後の対応に苦慮

昨夏の甲子園は悪天候の影響で順延が相次ぎ、大阪の宿舎に入った後、試合当日まで待たされ続けた。群馬にいたときと比べてキャッチボールの量が減ったこともあり、大阪城近くの広場でシャドウピッチングをして、感覚を忘れないように努めた。

初戦の京都国際戦は、8月19日。当初より6日遅れた。この日は、第1試合が雨でノーゲームとなり、第2試合も中止に。もともと自分たちが試合をする予定だった第3試合から開始という変則的な予定が組まれた。「試合をする気持ちではいました。準備はしていたんですけど、甲子園に入ってからの時間がなくて、そこへの対応は難しかったです。シートノックもなくて、そのまま試合に入って、あっという間に終わってしまったなというのはあります」

京都国際の強力打線に対し、内外角をたくみに投げ分け、4安打に抑えた。だが「あの1球がすべて」という失投を二回に投げてしまい、ソロ本塁打を浴びた。「接戦になるとは思ってました。点を取れないのは、正直予想外でした。頼りになる打線でしたので。回を追うごとに『もう八回? あと攻撃2回しかないじゃん』という感覚でした」。最後まで1点が遠く、0-1で敗れた。

悪天候で待たされた甲子園の初戦だったが、京都国際を4安打に抑えた(撮影・朝日新聞社)
甲子園での失点はソロホームランによる「1」だけに失投を悔いた(撮影・朝日新聞社)

甲子園期間中に、AO入試の対策

慶大への進学準備は、甲子園出場のために大阪に来たときには、すでに始めていたという。もともと「東京六大学で野球をやりたい」という意向があり、荒井監督から勧められた。練習を見学したところ、「温かくて、野球を楽しそうにやっている雰囲気を感じました」

オンライン塾でAO入試の対策をしたり、周囲と面談を重ねたりして、志望理由を固めた。自身のこれまでの野球人生を振り返ると、けがが多かった。「ひじの曲げ伸ばしができない時期もあって、肩を痛めたことも……」。同じ境遇に置かれ、苦しい思いをする選手を増やしたくないという動機が、志望理由につながった。

慶大投手陣は増居翔太(4年、彦根東)、橋本達弥(4年、長田)ら、大学トップレベルの投手がそろう。層も厚い中、外丸は開幕2戦目の東京大学戦で神宮デビューを果たすと、次の立教大学戦からは2戦目の先発を任されるようになった。

ピンチを切り抜けた際は、笑顔でベンチに戻る(撮影・井上翔太)

「手応えを感じられた部分としては、ツーシーム、カットボールと自分の得意な少し動かすボールが割と通用したのは、良かったと思います。ただストレートの質、球速とか変化球のキレもまだまだ。空振り率が低かったので、レベルアップしないと通用しないと思います」

今は速球にこだわった練習に取り組み、秋を見据えている。「誰が投げてもおかしくないという投手陣がそろっています」と現状では、横一線だ。

「1球の大切さ」と「周囲への感謝」を胸に

早慶戦の第2戦は1万8000人が詰めかけた。早稲田大学の蛭間拓哉(4年、浦和学院)に対しては「威圧感があって、投げるボールがなかった」と言うが、6回を1失点にまとめ、勝ち点獲得に大きく貢献した。

大学1年目から貴重な経験を積んでいる外丸は、昨夏の甲子園で感じた「1球の大切さ」と「周囲への感謝」を胸に右腕を振っている。「甲子園では、多くの人が支えてくださっていることを実感しました。無観客でしたけどメッセージをいただいたり、群馬大会はお客さんも結構入っていて、支えられていると感じました」。当時の経験は、神宮のマウンドでも生かせる部分が多いようだ。

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