明治大・蓑尾海斗副将、チームのために「汚い捕手になりたい」 笑顔と涙の春を越えて
東京六大学野球春季リーグ戦は明治大学の6季ぶりの完全優勝で幕を閉じた。開幕前は投手陣が弱点と言われていたが、蓑尾(みのお)海斗(4年、日南学園)は正捕手としてそんな下馬評を覆し、チーム防御率をリーグ1位に導く。打っては優勝を決めるサヨナラ犠飛を放つなど勝負強い打撃を見せ、2季連続のベストナインを獲得した。その勢いのまま勝ち進めるかと思われた全日本大学選手権は準々決勝敗退。大学日本代表入りにもあと一歩届かず、悔しさも残るシーズンだった。
9月10日には秋季リーグ戦が開幕する。「日本一を逃した悔しさ」を胸に、勝負の秋へ挑む。
人生初の優勝決定サヨナラ打
2019年度春季リーグ法政大学2回戦。蓑尾はルーキーながら扇の要に座り、優勝決定球をミットに収めた。あの歓喜から3年、頂点から遠ざかっていた明治大の副将に就任し、固めた決意は「自分がチームを引っ張って日本一になること」。その一心で走り始めた。
勝ち点4、カード1勝1分で迎えた立教大学3回戦は、勝てば完全優勝が決まる大一番。先発・蒔田稔(3年、九州学院)と十回無失点に抑えてきた。しかし明治大も立教大のエース・荘司康誠(4年、新潟明訓)に苦戦し、点が入らない。たった1点を取れば頂点に手が届くものの、その1点が遠かった。
両者無得点のまま十一回裏1死満塁で打席が回ってきたのは蓑尾だった。この試合、ここまであったチャンスで主将・村松開人(4年、静岡)ともう1人の副将・山田陸人(4年、桐光学園)にも打席が回ってきたが、いずれも得点にはつながらず。この好機でやってきた副将の打席に「ミノ(蓑尾)がやってくれるだろう」(村松)と期待は十分。神宮球場すべての視線を一身に受けても、いつも通り打席に立った。
「力をもらおうと思って応援団とスタンドを見たら、みんな立って手拍子してくれていたので、俺が決めてやろうと思った」
その初球、読み通りのストレートを少し短めに持ったバットで振り抜いた。打球は神宮の空高く上がり、ライト深くまで届く。右翼手が捕球と同時に三塁走者がスタートを切り、本塁に生還した。サヨナラ犠飛。人生初のサヨナラ打だった。
「1年生の時はリーグ戦で優勝したらマウンドに行くことも知らなかった」。偉大な先輩についていってつかんだ優勝から3年。今回は自分に集まってくる選手たちを見て、思わず涙があふれる。「全然覚えてない(笑)」と語ったが、幸せな気持ちは心に刻まれた。この一振りが日本一への第一歩になるはずだったが、全日本大学野球選手権では準々決勝でサヨナラ負けを喫し、敗北。日本の頂点はそう簡単に手が届くものではなかった。
コミュニケーションでゲームメーク
「最高です!」。春季リーグ戦優勝インタビューで両手を上げ大きな声で喜びを表現した蓑尾。「みんなの前で話したのは甲子園決めた時以来だったから恥ずかしかった(笑)」とお茶目な一面も持つ男は、チームの得点時には誰よりも喜びを爆発させ、相手打線を抑えた時は力強いガッツポーズを見せる。
一方で、ピンチになればマウンドに歩み寄り、投球間には内野陣へ声掛け。投手陣から「リラックスさせていただける捕手」(蒔田)と評される。プライベートでも仲がいいという髙山陽成(4年、作新学院)も、「いろいろな人とコミュニケーションを取ったり冷静な判断をしたりする。面白さも兼ねてチームにとって大切な存在」と語る。実際、田中武宏監督からも「声に影響力がある」と認められ副将に就任した。
的確な声掛けのタイミングをはじめ、コミュニケーションにたけているのは「人間観察が好きだから」。この場面でこの投手はこんなことを思っている、と察することができる。さらに、配球する時も相手の嫌がる戦術を使って手玉に取ってきた。「言い方は悪いけれど、汚い捕手になりたい」。相手の性格、自分自身の少しむきになってしまう性格をうまく利用し、打者に嫌がってもらえるようなリードをする。甲子園に出場した時はささやき戦術も実践した。しかしあくまでも目指すのは冷静でいること。今春、打てない試合でも守備で走者を刺すことができたのも、攻守を別物と考え冷静でいられたから。冷静さと観察力を兼ね備えて、さらなる高みを目指す。
下は向かずに前を向く
蓑尾はいつも、悔しさをバネに戦ってきた。大学入学後すぐに神宮を舞台に戦ったものの、2年生から3年生の春までは出場機会が激減。胴上げ捕手から一転、試合に出られない期間が長く続いた。「2年生の時はメンバーから外れて腐っていた」。しかし3年生の秋、1学年上の捕手のケガをきっかけに正捕手に名乗りを上げ、定着。打率4割、そしてベストナインにも輝いた。このリーグ戦の活躍が認められ、侍ジャパン大学代表候補合宿にも召集。「遠回りしたけれど、決して無駄ではなかった」。Bチームを経験したことで、メンバーから外れたチームメートの気持ちも分かるように。彼らの思いも背負って戦い、見事な成績を残した。
レギュラーに定着した昨秋は、慶應義塾大学と早稲田大学に九回2死から勝ち点を逃すなど苦い経験をした。「自分に一番責任がある。勝ちきれなかったのが申し訳ない」。この気持ちが厳しいオフの練習を乗り越える原動力になった。自分のリードが慎重すぎたと分析し、今春は攻めのリードで相手打線を封じてきた。リーグ戦中、何度も訪れたピンチの場面では「リベンジするぞ」と投手を鼓舞。6打席すべて凡退してしまった翌日の試合も、自分の打撃を見直して複数安打を記録した。
冷静かつ強い気持ちを持って戦い、春にはチームの優勝に大きく貢献。どんな経験も価値あるものにして戦った。日本一を逃した悔しさも意味のあるものになるはずだ。「一発勝負で勝つ難しさを知った。自信をもって秋のリーグ戦に臨めるように、何もやり残したことないくらい練習する」。逆境を力に変える男は、ラストシーズンにどんな活躍を見せてくれるだろうか。