ラグビー

子どもたちに伝えたいラグビーの「楽しさ」 埼玉ワイルドナイツ・内田啓介

子どもたちにラグビーの楽しさを伝えた内田啓介(中央)

2022年にスタートしたラグビーの国内最高峰リーグ「NTTジャパンラグビー リーグワン2022」。その初代王座に輝いたのは、前年のトップリーグ覇者でもある埼玉パナソニックワイルドナイツ。スクラムハーフの内田啓介が、クラブハウスを訪れた子どもたちに語ったこのチームの強さの理由、そして彼自身の将来の夢を紹介する。

「子ども記者」を迎え笑顔でパス交換

ワイルドナイツのリーグワン初年度は、新型コロナ感染症の影響で開幕から2試合を不戦敗という厳しいスタートながら、終わってみれば出場したリーグ戦14試合で全勝。チーム一丸となった堅い守りを武器に、どんな状況、どんな相手にも決して「負けない」戦いぶりは、王者にふさわしいものだったと言える。

そんな今季の集大成となったのが、5月に東京・国立競技場で行われた決勝戦。序盤で先行されたワイルドナイツだったが、自分たちのペースを崩すことなく前半のうちに逆転。後半に入ると勢いを増す相手に2度までも1点差に詰め寄られながら、そのたび着実に加点し、再逆転を許すことなく接戦を制した。

日ごろ地元のラグビースクールで練習に励む少年少女が、この試合をスタンドで観戦。約1カ月後の7月初旬、「子ども記者」として埼玉県熊谷市にあるワイルドナイツのクラブハウスを訪れた。

「みんな練習したいやろ? ボールあるから、みんなでやろ」。出迎えた内田啓介は、やわらかな関西弁で気さくに話しかけると、子どもたちとすぐにグラウンドへ。パスを交換しながら「ここまで届くか? おお、すごい届くやん」と、学年も体格も違う子どもたち1人ひとりに合わせて自信とやる気を与えるように声をかけていく。

内田の蹴ったハイキックを子どもたちにキャッチさせる練習では、うまく捕球できない子もいるが、「落下点には入れてるよ」「今のはリーグワンの選手でも難しいな」とさりげない声かけが続く。小雨がまじり風向きが細かく変わるグラウンドコンディションにもかかわらず、子どもの足で追いつく範囲にピタリとボールを落とす技術はさすがというほかない。

パスの練習では子どもたちに優しく声をかけていた

ロッカーに積まれたたくさんのノート

雨足が強まる前に練習を切り上げ、クラブハウスツアーへ。ドア1枚ですぐグラウンドに出ていけるように配置されたミーティングルーム、バーベルのウェイトがずらりと並ぶトレーニングルーム、選手たちのコミュニケーションの場でもある食堂やお風呂、リハビリや体のケアを行うトレーナー室。普段見ることのない施設の内部を案内され、子どもたちは興味津々だ。

ロッカールームには、それぞれの選手の個性が垣間見えて興味深い。人の気配を感じないぐらい何もないスペースもあれば、カラフルな整髪剤や雑誌が積まれた賑やかなロッカーもある。内田の使うスペースは、彼の性格を表すように無駄なものは一切なく、きれいに整頓されている。

ハンガーやテーピングなどの備品が整然と並ぶなか、大量のノートが積まれているのがやや意外な気がした。20~30冊ほどあるだろうか、かなり古いものも混じっているようだ。

「これは僕のラグビーノートです。監督やコーチから教わったことやミーティングで決めたこと、練習中に思ったことを全部これに書く。リーグワン決勝戦で使ったサインもここに書いてあるから、このノートがあればみんなもリーグワン優勝できるよ(笑)」

目の前の小さな課題から、「何歳の時にこれを実現する」といった将来の夢まで。小学生時代から書き始めたノートには、彼のラグビー人生のすべてがある。ニュージーランドで過ごしたシーズンに書かれたノートは、中身もすべて英語だ。

「ここに書いた目標を一つひとつ忠実にクリアしながら僕はここまでやってきました。だからみんなも、目標があるならそれを書いておくといいよ。書いてそれをいつも覚えておくようにすると、日常生活も変わると思う」

内田の人生が詰まったラグビーノートを子どもたちに見せてくれた

言葉と信頼。このチームの強さの理由

休憩を挟んだのち、この日のメインイベントともいえる「子ども記者」たちの共同取材が始まった。日ごろ地元のスクールで練習に励む子どもたちの質問は、ラグビーの技術に関することやポジションの役割について、チームワークについて、トレーニングや食事についてなど専門的な内容が続く。「好きな食べ物は?とか聞かれると思ったのに」と内田が苦笑するほど、子どもたちの態度は「記者」然としている。

――試合中、スクラムハーフとスタンドオフはどんなふうにコミュニケーションをしていますか。

「ラグビーは試合中に監督がタイムをかけてプレーを止めたりすることないやん? 選手が自分たちで判断して進めていかなあかん。特に9番と10番は試合をドライブさせる役割やから、チームの何がうまくいってて何はあかんか、試合中もよく話しています。そして試合中にそれができるのは、練習の時もすごい話してるから。さすがみんなラグビーを知ってるから、いい質問きたね。いきなりでびっくりしたけど(笑)」

――パスやキックのコツを教えてください。

「パスは正しいフォームを覚えん限りうまくならないから、まずきちんとしたフォームを身につけること。そして手だけじゃなく体全体で放ること。キックは、遠くに飛ばそうと思うと力んでしまって逆に力が出ないから、6割から7割の力で蹴ろうとすることかな」

――僕はチームでキャプテンをやっているんですけど、キャプテンにとって大切なことって何ですか。

「小中高大とキャプテンをやってきた経験から思うのは、自分にできることだけをする。できないことまでやろうとすると空回りしてしまうからね。そして、できないことはできる人に頼む。君これできるよね?と。ラグビーは1人でやるスポーツやないから、みんなが自分の役割をしっかり考えて、やり切ることが大切やと思います」

――ワイルドナイツの強さの秘訣は何ですか。

「他のチームとはコミュニケーションの密度が段違いやと思います。みんな監督から言われたからやるんやなくて、お互いにこうしようと話して自分から動く選手ばかり。だから試合中誰が出てきても不安やないし、常に同じ強さで戦える。そこが一番の違いかな。僕にとっては苦楽を共にしてきたラグビーの仲間というのは特別やし、このチームのみんなを信頼しています」

「子ども記者」たちの共同取材

指導者として世界で戦う選手を育てたい

なかには、子どもらしいこんな質問もあった。

――勉強とラグビーの両立はどうしていましたか。

「正直いうと僕も勉強は好きやなかったし、大人になってみたら『あんなん知らんでも別に困らんやないか』と思うこともある。でもな、君たちの年齢の時には必要やねん。その時やるべきことは、一生懸命やらなあかん。だから今の君たちには勉強も大切やと思います」

その後、先ほどロッカールームで見せてくれたラグビーノートの話題になると、内田はこんな言葉を聞かせてくれた。

「さっき、ノートに書いた目標を1個ずつクリアしてきたといったけど、かなえられんかったこともある。ワールドカップに出ると書いていたのは、僕には実現できんかった。でもその代わり今は、いつか指導者になってワールドカップに出る選手をたくさん育てたいという新しい夢ができました」

実は、将来は高校の指導者になるというのは、内田が筑波大学に入学した頃から思い描いていたことだ。その後、学生時代から日本代表として活動することが増えたため教員免許を取れずにいたが、コロナ禍のステイホーム期間を利用して、新たに通信制大学での学びを始めたという。

ファンとしてはまだまだワイルドナイツで活躍する内田選手の姿を見せてもらいたいが、いつか「内田先生」の教え子たちがグラウンドで躍動する日が来るのは間違いないだろう。そしてその教え子は、この日の「子ども記者」たちのなかにいるのかもしれない。

子どもたちのどんな質問にもわかりやすい言葉で答えてくれる内田は、将来どんな先生になるのか。それが垣間見えるシーンがあった。子どもたちに普段の練習の様子を聞いた内田が、さりげなくこんな言葉をかけていたのだ。

「めちゃきついやん。そんなんやってんの? やめといたほうがいいよ。楽しくやらんと、ラグビーは」

「いつか指導者になってワールドカップに出る選手をたくさん育てたい」

in Additionあわせて読みたい