陸上・駅伝

「厚底」に合った補強で推進力を生かす 東海大をサポートするトレーナーから見る強化

大学駅伝で「厚底」が浸透し、トレーニングにも変化が出てきている(撮影・佐伯航平)

現在、大学駅伝ではほぼ全選手が履いている高性能の厚底レーシングシューズ。推進力に優れる一方、それを使いこなす筋力や体の使い方が求められる。「厚底」の浸透に伴い、トレーニングの内容にも変化が出てきている。強豪・東海大学をサポートするトレーナーの指導から、その変化を読み解く。

陸上界の“定説”を打ち破る

「推進力がある厚底のシューズから、助力を得ているのは確かだと思います。一方で、その弊害も起きています。高い推進力を受け止められないことで、これまでなかった痛みが、股関節や、上半身と下半身をつなぐ腸腰(ちょうよう)筋に出ているのです」

東海大学陸上競技部の両角速・駅伝監督はこう話す。東海大は2019年4月にナイキとの契約を締結。以降は長距離ブロックに限り、ナイキの「厚底」シューズを履き、ナイキのウェアを着用している。

「厚底」が初めてお目見えしたのは5年前、17年のことである。この年の5月、ナイキはあるプロジェクトを行った。フルマラソンで2時間以内の完走を目指す「Breaking2」である。この“2時間切り”に挑戦した、エリウド・キプチョゲ(2021年東京オリンピック フルマラソン優勝)ら3選手のために作られたのが、厚さ約3cmの「厚底」シューズ(ナイキズームヴェイパーフライ4%)だった。

陸上競技界では、ランニングシューズは競技者ほどソールが薄いという“定説”があった。実際、競技者はもれなく「薄底」を履いていた。クッショニングに重きを置いたミッドソールが厚いシューズは、初心者の市民ランナー向けであり、レース用としては適さないとされていた。

ところが、新しく登場したナイキの「厚底」は上級者向けであり、定説を打ち破ったのだ。

大学駅伝でほとんどの選手が履いている厚底シューズ(撮影・藤井みさ)

あっという間に着用率シェア1位

反発性が高い分厚いミッドソール(クッション材)の中には、カーボンファイバープレートがフルに搭載されており、両者の相乗効果によってスピード(推進力)を生み出す。

この画期的なベネフィットが競技者に浸透するのに時間はかからなかった。

約半年後の18年正月の箱根駅伝では、往路優勝した東洋大学の10選手中8人が、ナイキの「厚底」を着用(他の2選手もナイキ)。他の大学でも履いている選手が目立ち、「ヴェイパーフライ4%」を含めたナイキの着用率が初めて1位になった。

この時、東海大で「ヴェイパーフライ4%」を履いていたのは、3区を走った鬼塚翔太(当時2年、メイクス)ら4人。総合優勝を果たした19年の箱根駅伝では、エースの館澤亨次(当時3年、DeNAアスレティックスエリート)ら、10人中6人(他1人もナイキ)が「ヴェイパーフライ」シリーズを使用。「厚底」に助力を得る形で、栄冠を勝ち取った。

その後もナイキの「厚底」は勢力範囲を広げ、翌20年の箱根駅伝では着用率が8割を超え、21年には9割以上に。だが、“ナイキ1強”に待ったをかけようと、他メーカーも「厚底」の開発に力を入れる。その結果、今年の箱根では、依然ナイキのシェアは高いものの、着用率は数メーカーに分散した。

全日本大学駅伝上位を目指しトレーニングに励む東海大の選手たち(撮影・佐伯航平)

股関節周りに負担がかかる

冒頭の両角監督の話に戻る。ではなぜ、「厚底」の高い推進力を体が受け止めることができないのか?

「これまでのシューズに比べて反発力が強く、長距離の選手からすると、自分が思っている以上に足が上がってしまうからです」

説明してくれたのは、今年7月より東海大を指導しているアスレティックトレーナーの牧野講平さんだ。18年頃から「inゼリー」の物品提供などで東海大をサポートしている「森永製菓inトレーニングラボ」でヘッドコーチを務めている。浅田真央(フィギュアスケート)、高梨沙羅(スキージャンプ)ら、各競技の数々のトップアスリートを指導してきた。アスレティックトレーナーの第一人者である。

牧野さんは続ける。

「足が上がれば、腿が深く入ります。そうなると、走るたびに股関節周りの筋肉に負担がかかり、長い距離を走ると体幹が引っ張られます」

東海大のトレーニングをサポートする牧野講平さん(撮影・佐伯航平)

故障につながる原因は、「厚底」の最大のベネフィットである反発力にあったのだ。加えて股関節は、体型的に日本人が使いにくい、故障をしやすい部位だという。

「欧米の選手やアフリカの選手は骨盤が前に出ています。普通に立っているだけで、シューズの反発力を走りに生かせる骨格をしています。日本人は欧米やアフリカ人と比べると、骨盤が後傾しているので、真直ぐに立っても、ふんぞり返った感じになる。田植えには適していますが、前に進むには適さない骨格だと思います」

厚底のメリットを最大限に生かす

牧野氏のトレーニングでは、「厚底」を履くことでの故障を防ぎ、「厚底」を履くことでのメリットを最大限に生かすことも念頭に置かれている。

具体的にはでん部とハムストリングの強化である。

「股関節周りの筋肉を鍛えるのも重要ですが、股関節が張ってくると、後ろ側の筋肉でカバーするしかありません。お尻とハムストリングを使える状態にしなければなりませんが、実はこの2つも日本人が使いにくい部位なんです」

「厚底」を履く選手に合ったトレーニングを取り入れる(撮影・佐伯航平)

東海大はもともと補強トレーニングに力を入れていた。ただ両角監督には「これまで以上に強化前進をしていきたい、バージョンアップしたい、という考えがあった」。そこで本来はパーソナルトレーナーである牧野さんにお願いし、チーム全体を見てもらっているのだという。

牧野さんによる指導が始まってからは大きなけが人も出ておらず、駅伝シーズンに向けて良好なコンディションでトレーニングに励んでいるという。「厚底」シューズから得る助力を走りにつなげる準備にも余念がない。

11月6日には全日本大学駅伝がある。前回は12位だった東海大。「出雲」出場を逃した悔しさも糧に「全日本」では上位に食い込む。

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