アメフト

立教大学QB宅和勇人 ラストプレー、決めたヘイルメアリーパス 強豪の壁破る

ミドルパスの投げどころとタイミングはピカイチだ(撮影・北川直樹)

アメリカンフットボールの関東学生TOP8は、一次リーグの最終戦を迎えた。立教大学と日本大学の一戦は、日大が先制して立教が追う展開。10-7の立教リードで迎えた第4クオーター(Q)は、両校がTDの取り合いで譲らず、ラストプレー。立教QB宅和勇人(ゆうと、3年、立教新座)が川村春人(同、同)に45ydのTDパスを決め、試合終了と同時に23-21で逆転勝ちした。

4点ビハインドで迎えたラストプレー、計示は0秒。約50ydを思い切り投げ込んだ(撮影・北川直樹)

日大に2年連続勝利、68年ぶり

立教が昨年につづき日大に勝った。日大に連勝するのは53、54年以来、実に68年ぶり。長年上位進出を目指してきた立教にとって、大きな勝利だった。「日大が昨年よりも強いチームをつくってくることはわかっていた。選手が厳しい場面も集中力を切らさずによくやってくれた」。19年ぶりに勝った昨年よりも感慨深そうに、奥村宏仁(ひろひと)ヘッドコーチ(HC)は勝利をかみ締めた。

日大と立教は同じ1部ながら、以前は明確な力の差があった。日大は近年17年、20年と甲子園ボウルに出場。翌年春の不祥事後、昨年と体制変更があったが、選手層は厚く、優勝候補の一角だった。

対する立教は、18年にTOP8で4位になったが、優勝戦線はまだ遠かった。伝統的にアメフト部に割り当てられるスポーツ推薦枠がなく、付属の立教新座高上がりと、少ない一般受験組でチームを作り上げてきた。選手層は、推薦枠が豊富な上位校と比べるとやはり厳しく、立教新座が強くなった10年ごろから大学も力をつけたが、それでも法政や早稲田(13年に勝利)、日大といった強豪の壁は厚かった。その壁を、またひとつ破った。

立教高校、桃山学院大卒の奥村HCは、東京ガスやオービックシーガルズでのコーチを経て、08年に立教のオフェンスコーディネーターに就任。その後1度チームを離れたが、13年に就任した中村剛喜監督とともに再度合流し、チーム強化に取り組んできた。上位校とのフィジカルの差を埋めるために、トレーニング施設の充実に加え、ストレングストレーナーの招聘(しょうへい)によってトレーニング内容を見直し、栄養士指導のもとで選手ごとに食事を管理するなど、上位校と戦える体づくりに注力してきた。オフシーズンのトレーニング期は、ポジションごとに指定された分量の白米を選手がおのおの持ち寄り、補食と合わせて食べている。選手とスタッフが協力しあって、いまの形をすこしずつ作り上げてきた。地道な積み重ねで、立教はTOP8上位としての地位をつかんだ。

毎日の練習後にはプロテインやサプリメントを摂取し、地道にフィジカルを強化してきた(提供:立教大学アメフト部)

司令塔・宅和、パスで288yd、ランでも59yd

立教の勝因の多くを握った男がいる。QBとしてスターター3年目を迎えた宅和だ。序盤はWRとタイミングが合わずパスが決まらなかったが、自分で走りながら尻上がりに調子を上げた。パスを44回投げ22回決め、288yd稼いだ。パスの獲得距離は日大のほぼ倍で、宅和のパサーとしての力と勝負強さが数字に表れた形だ。宅和は、ランでも11回走り59yd1TDを獲得。投げて走って、立教の勝利を手繰り寄せた。「日大とは力が拮抗(きっこう)していると思っていました。気後れは全くなかったです」。司令塔ははっきりとした口調で言う。口数が多いタイプではないが、頼りになるエースだと感じさせた。

パスからランに切り替える判断が良く、しっかりゲインできるのが宅和の強みだ(撮影・北川直樹)

見せ場はまず、3-7で迎えた第3Qに来た。キックカバーでボールを奪った後半最初のシリーズ。左サイドのNo.2レシーバーにセットした篠藤智晃(3年、立教新座)のスラントに、逆転のTDパスをヒット。一気に流れを手繰り寄せた。ここから立教の攻撃がかみ合いはじめ、パスとランで日大に対して先手を取れるようになっていく。

第4Qに両軍4TD 締めは27秒のドライブ

第4Q、日大にロングパスで一本返され逆転を許したが、攻守のベースがうまく回っているのは立教だ。星野真貴(2年、立教新座)に34ydのパスを通し敵陣に入ると、1ydを残した第4ダウンギャンブルで宅和が走った。プレー開始前に日大のDEが内側につき直した穴を突き、QBキープで右サイドを16yd駆け抜けた。17-14。再逆転だ。

第3Q5分56秒、4thダウンギャンブルで16yd走り切り、逆転のTDを決めた(撮影・北川直樹)

攻守が入れ替わり、2分半を残して再び立教へボールが回ってきた。ダウンを2度更新すれば時間を潰せたが、3outで日大にボールを渡してしまう。残り時間は1分14秒。日大は時計を止めながら連続でパスを決め、立教陣へ。そしてTD、17-21…。

残り時間は27秒。日大の劇的な逆転勝利。誰もが、そう思った。

しかし、ここからが宅和の真骨頂だった。

ミドルパスを2本通し、1本失敗。ボールオンは日大陣45ydで、時計は残り3秒。スナップを受けた宅和は、レシーバー陣がエンドゾーン向かう時間を稼ぎ、そして、約50ydを思い切って投げ込んだ。計時は0秒。ラストプレーだ。

パスを待ち受ける両軍選手。右トリプル隊形のNo.2WRにセットした川村が、エンドゾーンで一度弾かれたボールを、バスケットボールのリバウンドのようにつかみ取った。ヘイルメアリーパス成功、23-21。サイドラインからは、仲間がなだれ込む。

仲間がなだれ込む。パスをとったバスケ部出身の川村は主力ローテ外で、WRとして初出場。「リバウンド」の要領で勝負をかっさらった(撮影・北川直樹)

まさにドラマを超えた大逆転TDで、立教が勝った。

修羅場に平常心 2年前の経験生きた

宅和には同じような修羅場を踏んだ経験があった。大学1年時の中央大との順位決定戦。第4Q、27-28の1点を追う中で続けてサックを食らい、残された時間は20数秒。ここからパスを連続で通してサヨナラFGで勝った経験だ。だからこそこの日は、極限のシチュエーションでも平常心でフィールドに立っていられた。「最後攻撃が回ってきたときは、肩が強い方ではないので、45ydくらいまで持っていければ、最後(ヘイルメアリーパスを)投げられるかなと思っていました」。静かに振り返る。そして「あの瞬間は、もう最高ですね」と笑った。

去年までは、ミスをするとうまく切り替えられなかった。「宮下(拓丸、昨年主将)さんに毎回声を掛けてもらい、助けられました」。リーダーシップについては模索中というが、今は、(精神状態が)落ちている選手がいれば、自分が声を掛けて助けることを心がけている。奥村HCも、「去年は4年の先輩がいたんですが、今年からは自分で引っ張ることを大事にして頑張っている。皆からの信頼が厚いですね」と宅和の成長を口にする。

身長182cm、82kg。タックルを受けてもしっかり前へ倒れてヤードを稼ぐ(撮影・北川直樹)

「QB一家」育ち 兄のアドバイス参考に

厳しい状況の中で冷静にいられるのは、QBとしての長い経験によるところも大きい。父の亨(あきら)さんはかつて京産大で活躍した名QBで、3歳上の兄・真人(まさと)さんも早大でエースQBだったという、「QB一家」で育った。兄の影響で、小学校1年からワセダクラブでフラッグフットボールを始め、ポジションはずっとQB。立教新座中ではバスケ部に専念したが、高校ではアメフト部に入ると決めていた。

高校2年からスタメンになり、大型QBとして経験を積んだ。大学進学後は新型コロナウイルスの影響で試合が少なかったが、これまでずっとスタメンを張ってきた。「経験という意味では、他のどのQBにも負けないです」。宅和は自信を持って言う。

「バランスよく出来てましたが、昔は少し緊張しいでしたね」と立教新座高の重松直樹コーチ(撮影・北川直樹)

父がアメフトに口を出すことはほとんどなかった。QBアドバイスが欲しいときには兄に聞くという。「今は別に暮らしてるので、ないですが、兄は自分から聞いたことはめちゃくちゃ教えてくれました。たまに試合も見にきてくれたり」。兄の引退後、負けた試合のビデオを一緒に見てレビューして欲しいと頼むと、いつも兄は「いいよ!」と優しく応じてくれた。

大学1年の秋季リーグ戦。兄が率いる早稲田との対戦を前に、早稲田側で新型コロナウイルスの感染があり、リーグ戦の対戦がなくなった。お互いがエースとして対戦できただけに、残念だったと振り返る。

兄の真人さんは早稲田の左腕エースだった。QBとしてときにアドバイスもしてくれた(撮影・北川直樹)

QBとして得意なことは、スクランブルで走ること。状況判断が早く、守備のラッシュをかわして進む力がある。「まあパスと言いたいところなんですが。肩は強い方ではないので、ミドルパスですかね」と控えめに続ける。

次は早稲田大 元チームメートと対決

日大に勝ったことで、次の対戦相手が早稲田に決まった。かつて兄も居た早稲田のエースQBは、国元孝凱(こうが、3年、早大学院)だ。ワセダクラブ時代のチームメートで、宅和がQB、国元がWRだった。国元は、宅和が抜けた中学からQBにポジションを変更、それから初めての対戦となる。「もう、めちゃくちゃ楽しみですね」。かつてのホットラインが、エースQB同士としてぶつかる。

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