アメフト

甲南大を支える戦術分析チーム フィールドと一丸、サイドラインから熱く戦う

仲が良いAS1期生の3人。左から藤本、谷川、森脇(すべて撮影・北川直樹)

4年ぶりの1部復帰となった甲南大レッドギャングは、苦戦を強いられている。1部の他大学には登録選手が100人を超えるチームもある中、40人あまりと圧倒的に少ない人数で戦っており、前節の神戸大戦では0-14と食らいついたが、勝ち星は上げられず。だが、人数が少ないだけにチームに一体感があり、選手とスタッフがひとつになって奮闘している。試合中のサイドラインには、全身を目いっぱい使いながら選手たちにサインを送る、女子アナライジングスタッフ(AS)の姿がある。

各大学に浸透したAS(アナライジング・スタッフ)

ASとは、解析や分析を意味する「アナライジング(Analysing)」の言葉の通り、戦術の分析を専門にするスタッフのこと。対戦相手の戦い方やプレー傾向を統計で取って、自チームの戦術に落とし込むのが役割だ。かつては対戦校分析も選手の役割のひとつだったが、学生界では90年代に立命館大が分析専門スタッフをつくったのを皮切りにして、各大学に浸透しはじめた。

全てのプレーがデザインされたセットプレーであり、攻守の駆け引きが根底にあるアメフトにおいて、ASは非常に重要な役割を持っている。現在では、東西の1部に所属するほとんどのチームで、ASが配置されている。そして女子スタッフも戦術に深く関われる役職だ。

女子も3人「戦術に関われる」と知りASに

甲南大は、18年に1部で全敗し出場した入れ替え戦で同志社に負け、2部に降格。19年の入れ替え戦で再度同志社にはね返され、20年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で入れ替え戦がなくなり、1部に上がるチャンスがなかった。この時期は新歓活動をはじめ、対面の授業も制限されていたため、新歓活動を大々的にする機会がなく、これまで以上に部員獲得に苦労した。今年3年になるこの代の選手は、7人しか登録がない。

翌21年のリクルーティングでは、選手と女子部員が15人ずつ入部した。選手と同数と多かった女子部員の運用を見直し新設されたのが、ASだった。それまで甲南大では、けがでプレーを続けられなくなった選手がASの役回りを務めていたが、正式にASとして組織することになった。

ハーフタイム中に、前半の流れを踏まえリストコーチに入れるスクリプトを入れ替える岸本

現在、甲南大でASとしてメンバー登録されているのは4人。元選手で3年6月に転向した岸本龍夢(4年、滝川)、藤本萌加(3年、小野)、谷川愛(まな、2年、姫路南)、森脇美海(みう、同、龍野)だ。岸本と谷川がオフェンスを担当し、藤本と森脇がディフェンスを担当している。藤本は2年次入部のため、藤本、谷川、森脇の3人が正式に初代のASとなる。

クラスが同じだった小倉の誘いで2年次から途中入部した藤本萌加

藤本は1年の頃、対面の授業がなくサークルや部活に入るタイミングがなかった。同じ授業を受けていた小倉智視(3年、洛西)に誘われて、2年の春に練習を見に行った。「はじめはそんなに入る気がなかったんですが、雰囲気も良かったしすぐに気が変わりました」。1学年下と一緒に入部を決め、戦術に関われるという点に興味を持ってASになった。

「初めて」に引かれASに就いた谷川愛(まな)

「『初めて』という言葉に引かれて、いいなって思いました」と谷川。森脇は「私は入部が他の子よりも少し遅かったので、ASという選択肢しかなかったんですよ」と続け、「なんやそれ」とツッコミが入り3人で笑う。森脇は高校バレー部でマネジャーをしていたときに対戦相手の分析もやっていて、ASの話を聞き興味を持った。「話を聞いていると、アメフトはもっと専門性が高くて面白そうだなと感じました」と、当時を振り返る。

分析の奥深さに魅力を感じた森脇美夢(みう)

日々Excelで分析 試合中は選手へサイン

日々の仕事は、対戦相手の傾向を出して表計算ソフトのExcelでデータをまとめ、それをもとに練習メニューを監督と相談してつくることから始まる。そして、はじき出されたデータをもとに、分析した対戦相手のプレーをスカウトチーム(仮想敵役)にインストールしていく。アメフトの競技経験がない3人にとっては苦労も多い。2年目になった今年はわかることも増えたが、1部に上がったことで複雑なプレーも増えた。わからないことは選手に聞き、日々勉強しながら手探りでやっている。甲南大における、ASのゼロイチ(0から1への立ち上げ)を担っている。

ハーフタイム中に藤本と森脇は、後半に備えて梅谷大輔監督と連携をとっている

「最初はExcelを使うのが特に大変だったんですが、いまは慣れて関数とかマクロを使って統計を出しています。ちょっとでもミスをするとデータが変わってしまうので、どこまで細かく、正確に、速くやれるかが勝負です」と谷川は言う。「そこまでしてると就職にも困らないね」と水を向けると、すかさず「はい」と答え、横の二人が「何様や!」とすかさずツッコミを入れて笑いが起こる。元気のよさ、ノリのよさが、話を聞いている身にはうれしい。最初のうちは選手に対して遠慮もあったが、2年目になるとそういう引け目も薄れてきたと3人は言う。

ディフェンス担当の藤本と森脇は、試合中はサイドラインからジェスチャーでフィールド内にサインを出す。主に守備のスタンツ(DLの動き)とカバー(LB、DBのパス守備)のサインを、シチュエーションと相手の隊形から判断して指示している。試合になるとASの4人だけでは足りないため、マネジャーやトレーナーに助っ人を頼んで一緒にやっている。甲南大のメンバーは、1部としては少ない部員の中で、役職に関わらず助け合いながら一丸となって戦っている。

ゲーム中は暗号化したジェスチャーでフィールド内の選手にサインを出す。ASの森脇(一番左)、藤本(中央)、トレーナーの中野萌香(一番右、2年、甲南女子)

森脇は「アメフトはフィールドで戦ってるっていうイメージが強いと思うんですが、中の選手以外にもスタッフ含め全員で団結してるってのを見てもらえたらうれしい」と話す。サイドラインから発せられる声と立ち振る舞いを見ていると、真っ赤なユニホームの色にも劣らない、アツいハートがはっきりと伝わってくる。これも甲南大の大きな魅力だ。

選手からの「ありがとう」が、最高の原動力

3人にASならではの面白さについて聞いた。口々に「分析した結果が試合につながることがうれしい」、「アメフトを学ぶほど知ることが増えていくので、奥深さが最高に面白い」と返ってきた。

やりがいについては、谷川がこう話してくれた。「昨年の入れ替え戦で桃山学院に勝ったあと、卒業する先輩方がASひとりひとりに対して『ありがとう』と言ってくれた。それがいままでの中で一番うれしかった」と。このときの喜びが、3人の現在の原動力になっているという。

ハーフタイム中に情報のやりとりをして後半に備える

ASとしてスタートを切って足掛け2年。今年は念願だった1部に昇格し、無観客から、スタジアムに観客を入れての試合になった。コロナ下に入学した彼女らにとって、初めての有観客試合。無観客とは違った盛り上がりを、日々、肌で感じている。1部にいることで他の部活から応戦されることも増えた。選手から「こうしてほしい」「頼んでも良いか?」と言われる機会も増えてきた。こういうときに「信頼されているのかも」と感じうれしくなると森脇は言う。

ASとしての取り組みについて、藤本は「自分ができることを精いっぱいやって、更なる結果を出していきたい」と話し、谷川は「『結果負けてしまったとしても、プレーコールでは勝ちたい』というくらいの気持ちでやっています」と口にする。それぞれが強い思いを持って、やるべきことにまっすぐ向かっているのがよく伝わってくる。

試合中ここぞの場面では、思わず手を組んで成功を祈る

甲南大の元気なサイドラインは、どの大学とも一味違う。熱気の先を見ると、フィールドで戦う仲間に懸命にサインを送る彼女たちの姿が目に入る。そこには選手と違わぬ強い気持ちが並んでいる。ぜひ試合を見る際には、アメフトを支えるスタッフたちの存在にも注目してほしいと思う。

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