早稲田大・吉村紘 昨年は出られなかった早明戦、「勝ちたい気持ちを80分間体現」
関東大学ラグビー対抗戦も最終盤となり、12月4日には早稲田大学と明治大学による「早明戦」がある。今年は9年ぶりに国立競技場で開催され、改修されてからは初めて行われる。対抗戦はすでに帝京大学が優勝を決めた。2位に明治大学(勝点24)、3位に早稲田大学(勝点23)がつけており、勝った方が2位で大学選手権に進む。昨年の早明戦は、早稲田大が17-7で勝ち、通算成績は早稲田の55勝40敗2分だ。
強豪の東福岡で、1年から活躍
伝統の一戦を前に、両チームのバックスの要に話を聞いた。早稲田大は副将の1人で、今年の「早明戦」ではゲームキャプテンを務めるスタンドオフ(SO)/センター(CTB)の吉村紘(4年、東福岡)だ。
「本当は10番がいいと伝えています」と吉村。本来はSOだが、今季は12番を背負っている。大田尾達彦監督から「チームとして外のボールを使い切りたい」と言われ、5月の大東文化大学戦でインサイドCTBを任されると、アタックが機能した。その後も、気持ちを抑えながら「チームが勝つため」にCTBでのプレーを続ける。
今季、早稲田大のキャプテンに任命されたフランカー(FL)の相良昌彦(4年、早稲田実業)は、吉村を副将の1人に選んだ。練習や試合での態度、円陣での言葉などで判断した。
強豪の東福岡で高校1年から活躍し、早稲田大学でも1年時から「アカクロ」のジャージーに袖を通してきた吉村は、スキルだけでなく、ゲーム理解にも優れている。2年時は天理大学に大学選手権決勝で敗れたものの、10番を背負って1年間、試合に出続けた。
自らを見つめ直した昨シーズン
エリート街道を走ってきたように見えるが、昨季は苦しい時間を過ごしていた。昨年11月、帝京大に敗れた後、大田尾監督から「プランの実行力に一貫性がない」と指摘され、「相当ショックを受けた」と振り返る。早慶戦はメンバー外、早明戦はけがの影響もあり、吉村の名前はなかった。大学選手権の準々決勝で明治大に敗れた際も、10分あまりの出場に終わった。
そこから吉村は腐らず、自らを見つめ直した。サイズが大きく、プレッシャーが強い帝京大のようなチームに対しても、一貫してパフォーマンスを出すために「キック、パス、スキルのレベルを上げよう」と真摯(しんし)に個人練習に取り組んだ。今でも練習は継続し「パスやキックは自分の武器と言えるようになった」と胸を張る。
そういった態度を見ていたからこそ、相良主将は副将の1人に吉村を任命したのだろう。吉村は「あの(大学3年時の後半の)期間は正直きつかったですが、今から思えば、個人の成長につながる期間だったかな」と前向きに振り返った。
中学3年で福岡県選抜に選出
福岡県北九州市出身の吉村がラグビーと出会ったのは、6歳の頃だった。保育園のスポーツ教室にたまたま青山紫雲さん(東福岡から明治大学)が来てくれて、「ラグビーをやってみたら?」と勧められたという。たまたま鞘ヶ谷(さやがたに)ラグビースクールのグラウンドが、実家のすぐ隣だった。「1回行ってみようか」と足を運んだら、そのまま、ラグビーにのめり込んだ。
ラグビースクールは週1回だったため、ラグビーと平行して、バスケットボールやバレーボールなどもやっていたという。母方の従兄弟には、福岡第一のバスケットボール部で活躍した山﨑翔と、弟で高校は土浦日大、大学は慶應義塾大学出身の淳がいた。ともに全国レベルの選手だ。
吉村は「ラグビーをしていたのは僕だけでした」。小学校時代は筑紫丘ラグビークラブと競り合っていたという。中学3年で福岡県選抜に選ばれ、全国ジュニアに出場したが、神奈川県選抜に初戦敗退。高校は地元の全国的強豪・東福岡に進学した。
高校1年から「花園」こと全国高校ラグビー大会で優勝を経験した。特に準決勝は後半から出場し、出色の出来を見せた。だが決勝は試合に出られず、「複雑だった」と振り返る。高校2年、3年は中軸として活躍したが準決勝で敗れ、高校日本代表にも落選した。
小さい頃から、権丈太郎(現・グリーンロケッツ東葛コーチ)や五郎丸歩(現・静岡ブルーレヴズCRO)がいた頃の早稲田大をテレビで見て、「ジャージーが格好いい!」と憧れていた。そして進学先を決めるときは、「ずっと行きたい」と思っていた早稲田大から誘われたこともあり、スポーツ推薦で進学した。
対話の積み重ねがチームの完成度につながる
早稲田大のラグビーもテンポも速く「自分にとってはすごくやりやすい」と、すぐにフィットした。3学年上にはラグビースクールの先輩で、地元が一緒のCTB中野将伍(東京サンゴリアス)がいたことで、寮生活にもすぐになじめた。
体重は高校時代から比べて2kgほど増え、84kg。体脂肪率は1桁に。ベンチプレスは、高校時代から15kg増の135kgを上げるようになり、フィジカル的に芯が強くなった。
今季の対抗戦は、開幕から4連勝を飾った。だが11月6日、帝京大に17-49で敗れた。吉村は「2年前の(大学選手権)決勝の天理大戦のときのように『どうしようもない』という感じではない。ハードに練習しないといけないですが、帝京大の背中を追える位置にはいるのかな」と冷静に分析した。
FW陣の課題はセットプレー。吉村が引っ張るBKは、キックの精度が課題だという。11月23日の「早慶戦」は前半、エリア取りで苦しんだものの、後半は吉村らのキックの精度が上がり、19-13で逆転勝利を収めた。
大学でのプレーは、長くても1カ月あまりとなった。3大会前の大学選手権日本一を知る吉村は、「グラウンド内外で、どれだけコミュニケーションをとるかが重要ですし、選手同士のミーティングも、もっと必要になってくる。その積み重ねがチームの完成度につながっていく」と見据えた。
心に響く、ルーズベルトの言葉
最終的なキャリアの目標は、「日本代表になること」だ。来年からはリーグワンでプレーする予定で、卒業論文は「リーグワンの集客数の差は何に起因しているか」というテーマで書いている。
「今でも心に響いている」という好きな言葉は、昨季メンバー外だったときに、バスケットボールをしていた従兄弟に教えてもらった「平穏な海は優秀な船乗りを育てない(A smooth sea never made a skilled sailor)」。第32代アメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトの言葉だという。
日本一に挑む前に、「早明戦」が控えている。昨年は勝った後、大学選手権で敗れて、シーズンを終えた。春季大会でも負けており、リベンジを果たしたい。
この1年で、一回りも二回りも成長した吉村は「ラグビー部同士の戦いですが、大学やOBなどラグビー部だけのものではないように感じています。絶対に負けられない。僕らはチャレンジャーなので、勝ちたいという気持ちを80分間、体現し続けられるように頑張りたい」と語気を強めた。
「12」番を背負うバイスキャプテンが、王座奪還を狙うアカクロのキーマンとなる。