陸上・駅伝

駒澤大学・山川拓馬 中学時代から山に囲まれた競技生活、次の「山の神」になるために

往路優勝のゴールテープを切った山川(撮影・東海圭起)

第99回箱根駅伝で総合優勝の座に輝いた駒澤大学は、出雲駅伝、全日本大学駅伝の優勝を合わせ、史上5校目となる学生3大駅伝三冠を達成した。山川拓馬(1年、上伊那農)は、全日本大学駅伝で4区区間賞、箱根駅伝では「山登り」の5区で区間4位の好走を見せた。

故障で出遅れ、出走を逃した出雲駅伝

トラックシーズンは故障が続き、あまり上手くいかなかったと振り返る。夏季の強化練習ではポイント練習に臨めないこともあった。それでも距離を踏み続けて故障を克服。出雲駅伝ではチームエントリーに入ったものの、当日の出走はかなわず、9大会ぶりとなる出雲駅伝の優勝は補欠メンバーとして見届けた。

昨年10月の出雲駅伝の直後「もう一つの出雲駅伝」とも呼ばれる出雲市陸協記録会に出走した。同じく記録会に参加していた円健介(4年、倉敷)に続き、日本選手2位につけた。それでも、本戦を走れなかったことへの悔しさは、ぬぐい切れなかった。「駅伝に出走したい気持ちが強く、悔しかった。全日本大学駅伝、箱根駅伝は出走したい」。記録会後にコマスポに寄せたコメントには、悔しさの中にも次のチャンスを狙う挑戦者の姿が見えた。

山川(左端)は出雲駅伝の優勝インタビューを仲間とともに見届けた(撮影・清水呼春)

全日本での鮮烈デビューが自信に

翌月の全日本大学駅伝には4区でエントリーされた。コマスポがチームエントリー発表を受けて心境を聞いた際、真っ先に出た言葉は「区間を走りたい」という並々ならぬ思いだった。念願の初出走に向けて、持久力を強化していたという。

迎えた当日。出番を前に「夏や出雲の時よりも調子が上がってきた。今年の駒澤には三冠が懸かっている。二冠目、優勝に貢献できるようなレースをしたい」と意気込んでいた山川。初出走ながら、衝撃のデビューを飾った。3区を走った山野力(4年、宇部鴻城)から首位で襷(たすき)を受けると、最初の5㎞を自身の自己ベストに相当するタイムで激走。「もう少し落ち着いて入ればよかったかなと思う」と振り返る一方で、この5㎞がいい流れを作ったという。

中盤になっても安定した走りで後続をみるみる突き放し、1分以上の余裕を持たせて篠原倖太朗(2年、富里)につないだ。区間賞を獲得し「設定タイムより1分近く速く走ることができた。初めての駅伝、強い選手もたくさんいる中で、区間賞を取れたことは自信につながった」とうれしそうに語った。

全日本大学駅伝を走る山川(撮影・伊藤美咲)

往路優勝につながった同期の絆と先輩の助言

山川は大学入学時から、箱根出走を切望していた。出身は長野県箕輪町。中学時代から山に囲まれた環境で競技生活を送り、上りに長(た)けた選手に成長した。「箱根に出走し、5区を走りたい」という目標を最初に語ったのは、入学時にインタビュー取材をした時だった。

初めての取材から約9カ月。山川は当初5区を出走予定だった金子伊吹(3年、藤沢翔陵)に代わり、当日変更という形で念願の山登りをつかんだ。当日、小田原中継所で山川の付き添いを担ったのは、出走を譲る形となった金子だった。「5区は元々、金子さんが配置されていた区間。今回は金子さんが故障上がりで自分が走ることになったが、金子さんの『走りたかった』という思いも胸に、いいレースにできるかなと思っていた」と振り返る。

襷は青山学院大学と接戦を繰り広げながら、山川のもとへ運ばれてきた。持ち味の積極性を存分に生かした走りで、青山学院大の脇田幸太朗(4年、新城東)に差をつけた。だが上りの半ばで、順調に駆け上がっていた山川に試練が訪れた。箱根の寒空に耐えられず、冷え切った体は徐々に硬直。思うような走りができなくなってきた。その間、昨年も箱根駅伝で5区を走っていた中央大学の阿部陽樹(2年、西京)が猛追。40秒近くあった差は一時、15秒まで縮められた。「5区を走った中で一番きつく、厳しさを感じた。上りが得意ということで5区に配置されたが、あまりうまく走ることができなかった」と悔しさが残った。

箱根駅伝の5区に挑んだ山川(撮影・大塩希美)

残り4.5kmは、一転して下り坂。不安があったという山川は、翌日に6区区間賞を獲得した同期の伊藤蒼唯(1年、出雲工)に走り方を教えてもらいながら、一緒に坂を下って練習したこともあったという。5区の下りの手前で待ち構えていた給水係の大坪幸太(4年、小林)から「ここからが勝負だ」と言葉をかけられ、力に変えた。すぐ後ろまで迫っていた阿部を突き放し、首位を譲らず、19年ぶりとなる往路優勝のゴールテープを切った。

翌日の復路は、一瞬たりとも首位を譲らず、念願の三冠を達成した。高校時代は一度も駅伝で優勝を飾ることができなかった山川は、特別なものを感じたという。

オンライン取材に手間取り、あどけなさも

箱根駅伝から数日後、山川はコマスポの取材にオンラインで応じた。普段は的確かつ丁寧な言葉遣いと、1年生らしからぬ堂々とした姿勢で取材に臨むが、慣れないオンラインでの取材には心配そうな表情を浮かべた。設定に手間取り、先輩を頼る姿を見ると、まだあどけなさも感じられる。

「5区は走ることができたが、まだ山の神にはなれていない。もっと練習をしていかないと山の神にはなれないかな……」。大きな夢をかなえた感想を照れくさそうに語り、早くも次の箱根、山の神への挑戦を見据えていた。高校時代のコーチにはレース後「差を詰められた時にはヒヤッとした」と言われたそうで、「少しでも恩返しができたかなと思っていたが、まだまだだねという感じの言葉が多かった」と笑った。

今年の目標に「今の5000mのベストは高校2年、10000mは高校1年の時のものなので、前半はトラック記録の更新をしたい。駅伝シーズンには今年走れなかった出雲も含め、3大駅伝すべてに選手として参加したい」と多くを挙げた山川。2月4日は初ハーフマラソンながら長野県記録を更新し、新たな挑戦はすでに始まっている。

優勝報告会で同級生の伊藤(左)と撮影に応じた山川(撮影・中西真雪)

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