東海大・黒川虎徹新主将「努力に勝る天才なし」 自分たちのプレーを極めて連覇めざす
前年のスタメンが4人抜け、春の関東学生選手権はベスト16に終わったチームが、徐々に成長を遂げ、年度最後のインカレで優勝する――。
黒川虎徹(4年、東海大諏訪)は、このようなドラマチックな結果を挙げた昨年度の東海大学を象徴する一人だった。
1、2年時は多くの時間を応援席で過ごし、昨年になってようやく出場時間を手に入れた。初めて出場したインカレでは、2番手のポイントガードとしてプレー。テクニックと緩急を駆使した華やかなオフェンスでチームの流れを呼び込み、優秀選手賞とアシスト王を獲得した。
今年度、黒川は東海大の主将に就任した。「3年のときから、なんとなく自分がやるだろうなという雰囲気があったので、インカレ後に同期と『誰がキャプテンをやる?』と話し合ったとき、自分から立候補しました」と、黒川は振り返る。
部員それぞれの意識が高く、組織として成熟した東海大において、キャプテンは一切合切を1人で背負うような立場ではない。3月のチーム練習とオープン戦を見た限り、黒川のリーダーシップは、強烈な求心力というよりはさりげない気配りのような形で発揮されているように感じた。
例えば、合流して間もない新1年生に自ら歩み寄り声をかける。例えば、いいプレーをした選手をベンチで真っ先に迎える。例えば、ディフェンスになるとひときわ声を出し、密な連携をとろうとする。
黒川は言う。
「高校時代もキャプテンをやっていたんですけど、あの頃は思ったことをそのまま言うというか、ちょっと上から物を言うことが多かったかもしれません。東海のメンバーはみんな自立しているし、同期たちも気づいたことをしっかり発信してくれるので、『一緒にこうしよう』みたいなスタンスで、要所要所で声をかけるようにしています」
高校時代の黒川を指導し、この春に東海大学大学院で体育哲学を修了した入野貴幸さん(4月より東海大アシスタントコーチ)が、「これからの時代は『リーダーシップ』でなく『フォロワーシップ』になっていくのでは」と話していた。偶然か必然か、黒川のキャプテンとしてのあり方には、それに親しいものを感じた。
名前の由来となった名刀のごとく、鋭くしなかやかで強い男
優しげな風貌(ふうぼう)ときゃしゃな体格の持ち主ではあるが、黒川は名前の由来となった名刀「長曽祢虎徹」のごとく、鋭く、しなかやかで、強い男だ。
長崎県松浦市出身。社会人までプレーした両親のもとで、幼い頃からバスケットにのめり込んだ黒川は、より高い競技レベルを求めて福岡の強豪私立・中村学園三陽中に進んでいる。住まいは高校生、大学生主体の学生寮。「親元を離れ、所属の異なる年長者と共同生活を送るのは大変だったのでは」と尋ねると、「行く前から楽しみのほうが大きかったし、いざ行っても楽しかったし、ホームシックになることも全然なかったです」とさらりと言った。
大学界屈指の強さを誇り、数々の名選手をプロに送り出している東海大で競技を続けるという未来は、高校の早い段階から描いていた。福岡第一高校を全国制覇に導いた同学年ナンバー1ガードの河村勇輝(現・横浜ビー・コルセアーズ)が東海大に進むと知ってからも、その思いは揺らがなかった。
恩師の入野さんから「河村が行くなら他の大学でもいいのでは?」と諭された時には「やってみなければわからないです」と答えたという。
「陸さん(陸川章ヘッドコーチ)に教えていただきたかったし、何よりBリーグを目指すなら絶対に東海大だと思っていたので。勇輝と比べられることは想像できましたけど、たとえ勇輝と同じチームであろうとそこでプレータイムをつかめなければ絶対その先のカテゴリーには行けないと思っていた。だから『そんなこと言われても…』って感じで『自分の力を試したいから東海に行きます』と言いました」
あこがれのチームで待ち受けていた壁
あこがれの東海大シーガルズで黒川を待ち受けていたのは、想像以上に高く、強固な壁だった。
東海大の持ち味は、強靱(きょうじん)なフィジカルを土台としたタフなプレー。選手たちは身長マイナス100~98kgという目標体重を掲げて食事をとり、トレーニングに取り組むのだが、175cm、68kgで入部した黒川の体重は思うように増えなかった。
「量が食べられないわけではないんですけど、体重がすぐ落ちちゃうタイプで。ごはんの量を増やしたり、間食にヨーグルトとかバナナを食べたりして徐々に徐々に増やしていって、やっと75kgまで持ってこられたのが去年です」
フィジカルが備わらなければ、ディフェンスでチームに貢献することは難しい。オフェンスでも、相手ディフェンスのフィジカルに対抗できなければ、シュートはおろかボール運びすらままならない。
黒川が3年になるまでプレータイムを得られなかった、大きな大きな理由だ。
大学での最初の公式戦となった1年秋のオータムカップ(リーグ戦の代替試合)で、黒川はバスケット人生で初めての”ベンチ外”を経験した。
「初戦はちょっとだけ出たけど、何もできませんでした。2試合目は接戦だったので出られなくて、3試合目の準決勝はメンバー外。ベンチ入りのメンバーは、試合前日のチーム練習の最後に発表されるんですけど、呼ばれなくて……。まわりには気付かれないようにしたけれど、かなり落ち込みました」
決勝の前日も、2カ月後のインカレも、黒川の名前は呼ばれなかった。
コートに立つチームメートは輝いて見え、応援席にいる自分は影のように思えた。「メンバーに入れた?」という母からの電話に「今回もだめだったよ」と答えるのはたまらなくつらかった。インカレ優勝後に届いた多数の「おめでとう」の言葉に、「自分は何もしていない」と悔しさを募らせた。
2年時のシーズン当初はベンチ入りを果たせたが、フィジカルの課題が解消せず、河村からプレータイムを奪うことはできなかった。その上、リーグ戦後半からはルーキーのハーパー・ジャン・ローレンス・ジュニア(3年、福岡第一)に序列を抜かされ応援席に戻り、河村の退部を受けてスタメンにスライドした新人戦は初戦で敗れた。
「ハーパーに抜かされたときはさすがに『本当にこれで合ってるのかな』『あと2年で本当に試合に出られるのかな』って思いました」
黒川は当時の心境をそう振り返った。
「努力に勝る天才なし」心が折れそうなときも続けた努力
何度も疑心暗鬼にさいなまれたが、「努力をやめる」という考えは一切浮かばなかった。「あきらめようと思う前に悔しさが勝るんで」と、黒川は力を込めて言った。
マインドの根底にあるのは、小さい頃に父から教えられた「努力に勝る天才なし」という言葉だ。
「あんまりくわしいことは覚えていないんですけど、小学生の時によく言われてて、バスケノートの表紙の裏にでっかく書いて、毎回それを見てからページを開いていました。中学で地元を離れてからも自分の中に残っていた、ずっと大事にしてきた言葉です」
1年のころから、オフの日課はワークアウトとトレーニング。地域の体育館を自ら借り、学生コーチにサポートしてもらいながら、少しずつ土台を積み上げてきた。
「みんなが休んでいるときに差を詰めていくしかないと思っていたので。試合に出られないからってそこであきらめたら、どんどん下に下がっていくだけだと言い聞かせて、どんなに体がきついときも、心が折れそうなときも、とにかく継続することを考えました」
加えて、高校時代まであまり意識することのなかったディフェンスも改善した。
「自分が相手のポイントガードに積極的に前からプレッシャーをかけられたら、相手のゲームメイクも崩れるし、後ろにいる選手たちが「自分たちもやろう」って思ってくれる。そういう意識を持つようになりました。ただ、自分はスピードがあるタイプではないので、ちょっとでも間を開けるとスピードで抜かれてしまう。最初は抜かれるのが怖くて、なかなか間合いを詰められなかったんですけど、フィジカルができてきて、抜かれる前に体を当てられるようになってからは、徐々に徐々にディフェンスがよくなってきました」
体重を75kg付近でキープできるようになった時期と、余裕を持ってプレーできるようになったと感じ始めた時期は、いずれも3年生の後半だという。インカレでの鮮烈なパフォーマンスは、突然変異的に発揮されたものではなく、元から備えていた強くしなやかな心に、毎日地道に磨いてきたフィジカルと技術が追いついたがゆえの結果だった。
「努力に勝る天才なし」のエピソードを説明した後、黒川は小さな声でぽつりと言った。
「自分はずっと、覚悟を持って、努力をして、みたいな感じなので」
その声色の深さに、突出した存在感を放ちひょうひょうとプレーしているように見えた中高時代も、きっと人知れぬ努力をたくさん重ねてきたのだろうと感じた。
今シーズンのテーマは「原点回帰」
インカレ優勝という最高の結果で締めくくられた昨季を受け、黒川ら4年生たちは今シーズンのテーマを「原点回帰」と定めた。
「優勝したからといって横柄になったり慢心するんじゃなくて、もう一度原点に返って、東海のアイデンティティーのディフェンス、リバウンド、ルーズボールを徹底的に泥臭くやろうと。第一に連覇を目指すのでなく、自分たちのやるべきことをしっかりやって、もう一度あの舞台に立つという意志を統一するために、原点回帰に決めました」
今年のチームは例年よりもサイズが小さく、メンバーの最長身は195cm。インカレ優勝の原動力となった金近廉も、新たなチャレンジのためチームを去った。
しかし、黒川は屈さない。
「絶対うまくいかないことがあると思うんですけど、そういうときこそポジティブな声かけをしたいし、『虎徹がいれば大丈夫』って思ってもらえるようなキャプテンになっていきたいと思います」
苦しい経験を人一倍重ね、それを乗り越えた強くて優しいキャプテンは、仲間たちと手を取り合いどのようなチームを作っていくだろう。まずは、4月15日から開幕する関東大学選手権が楽しみだ。