陸上・駅伝

特集:2023日本学生陸上競技個人選手権大会

ユニバ代表選考男子10000mは2人だけのレースに 城西大学・山本唯翔が勝ち切る

このレースを想定して万全の準備をしてきたという山本が、想定通りのレースで勝ちきった(すべて撮影・藤井みさ)

FISUワールドユニバーシティゲームズ日本代表選手選考競技会 男子10000m決勝

4月21日@レモンガススタジアム平塚(神奈川)
1位 山本唯翔(城西大4年)29分29秒98
2位 亀田仁一路(関西大4年)29分45秒52

4月21日、神奈川・レモンガススタジアム平塚でFISUワールドユニバーシティゲームズ(以下、ユニバ)日本代表選手選考競技会男子10000mの部が行われた。参加者は2名という異例のレースで勝ちきったのは、今年の箱根駅伝5区で区間新記録を樹立した城西大学の山本唯翔(4年、開志国際)だった。

ペース変化をこらえ山本がロングスパート

スタートリストが出た時点ではレース参加予定者は3名。駒澤大学の伊藤蒼唯(2年、出雲工業)が出走せず、レースは山本と関西大の亀田仁一路(4年、姫路商業)の2人きりで行われた。レースが始まるとすぐ亀田が飛び出し、山本の前へ。入りの1000mは2分49秒、次の1000mは2分50秒とハイペース。しかしその後3分01秒、3分03秒と次第にペースが落ち、4000mから5000mは3分13秒もかかった。

5000mをすぎて、ずっと前を引いていた亀田が何度も後ろを振り返り、しびれを切らしたようにジョグ程度までペースを落とすと、山本が前へ。そこからいっきにペースが上がり、6000mから7000mでは2分46秒に。8000mをすぎて、残り4周を切ったところで山本がスパートすると、山本と亀田の距離は徐々に開いていく。そのまま山本が1人で押し切り、最後はガッツポーズとともにフィニッシュした。

山本、勝ち切れたうれしさと自信

ユニバは学生として日の丸を背負って世界と戦える数少ない舞台。山本はレースへの出場が決まってから櫛部静二監督と相談し、レース中のペースの上げ下げを想定した練習を採り入れたり、ジョグの日には流しで速いペースを心がけるようにしたりと、万全の準備をしてここに臨んできた。櫛部監督からは「焦らず落ち着いて、冷静に」と言葉をもらい、その通り冷静さを失わずに走れたと振り返る。

「結果として亀田選手と自分だけになりましたが、前半は亀田選手にすごく引っ張ってもらって使わせてもらって、自分が『行けるな』というタイミングでロングスパートをかけて最後まで押し切れました。トラックレースの中でこういった勝ち切るレースの経験は少なくて、やっぱり一番を取ることに今日は意味があったので、一番を取れたのはすごく自信になりました」と興奮覚めやらぬ表情で話した。

「勝ちグセ」をつけたいという山本。ラストイヤー、背中で引っ張る

2人だけのレースというのは今まで経験がなく、お互いの出方を探るようなところもあった。「この経験は必ず今後に生きてくると思います」。ショートスプリントが足りないことを課題にしているという山本だが、逆に長い距離のスパートは自分の強みにしていきたいと思っているという。今回はその構想通りのレースとなった。

年始の箱根駅伝では5区の区間記録を更新し、「山の妖精」として一躍有名に。最上級生として、エースとしてもチームを引っ張る立場にある。2年前の箱根駅伝予選会で敗退した時から「自分がこのチームを引っ張っていこう」という気持ちが芽生えていたと振り返る。

「そういう気持ちで3年生の時からずっと今までやってきて、タイムもですけど今日のレースみたいに『勝ち切る』レースをチームのみんなにもしてもらいたいと思っています。やっぱり一番を取ることで自分の自信にもなりますし、今後の駅伝でも勝ち癖をつけていくことでもっともっと上のチームを目指していけると思います。競技でも生活面でも背中をしっかり見せて、後輩たちにも今後強くなってもらいたいなという思いでやっています」

同学年には中央大学の吉居大和(4年、仙台育英)や駒澤大の鈴木芽吹(4年、佐久長聖)ら、大学入学前から活躍している強い選手がいる。山本にとって彼らは高い壁で、「追いつけないだろうな」と勝手に自分の中で限界を作っていたという。「でも4年生になって、だんだんと強い選手にも食らいつけるようになってきたのかなと実感しているので、彼らと互角に戦えるぐらいまではしっかり諦めずにやっていこうと思います」

亀田、自分の弱さを改めて実感

一方、亀田は山本から離され始めると苦しい表情となり、山本から15秒遅れてのゴールとなった。走り終わったあとは山本とお互いをねぎらったが、その後は悔しそうな表情を隠さなかった。

「勝てるレースだったのに、強気でいけなかったところと、レース中に何度も弱気になってしまったというところで、自分の課題が見えたレースだったと思います」。本来は楽に走り、ラストで切り替えて勝ちにこだわって走ろうと考えていたが、先頭を引っ張る展開になり「このまま勝てるのか」と不安になってしまったという。本当は山本に前に出てほしいと思っており、ペースのアップダウンを繰り返したが、それでもまったく山本は前に出なかった。「そこで気持ちが焦って、リラックスして走れず集中力が途切れてしまいました」

前半は亀田が引っ張る展開になったが、ここで強気になれなかったという

2人だけのレースは亀田にとっても初めてだ。いつも集団の中のレースに慣れていたため、2人のレースを経験して改めて、自分の強みをなかなか生かしきれないという弱さと向き合うことになった。

今年の冬季練習はこれまでになくいい練習を積め、特にこれまで月間500km程度だった走行距離が3月には700〜800kmになった。練習の質も上がっていることを実感していたが、それを自信に変えることができなかったと悔やむ。だが、悔しいだけではない。「全国大会に出ていってたくさん課題が見えてきました。自分の課題はチームの課題でもあると思うので、チームのみんなにも自分の弱み、弱さを隠さず伝えて、チーム全体で改善していければなと思います」。そして最上級生として、競技面でも人としても成長していきたいと話す。

お互いをねぎらうも、亀田は悔しさをあらわにした

ユニバ派遣標準記録の28分30秒をすでに突破している2人は、今回の結果で代表選手に内定される可能性が高い。ユニバに向けての意気込みをたずねると、山本は「初めての世界大会で日本代表になるので緊張もありますが、学生のうちから経験することで実業団になってからもつながると思います」。亀田は「こういうレースで勝ちきれなければ、世界に行ってもまだまだ通用しないかと思います。ユニバに出ることができれば、ここから数カ月しかないですけど修正していって、自分の弱みをなくしていけるようにしたいなと思っています」と話した。

2人だけという特殊な状況だからこそ、お互いの強みと弱みが見えたレース。それぞれの収穫を得た2人の今後のレースにも注目したい。

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