野球

特集:2023年 大学球界のドラフト候補たち

近畿大・坂下翔馬 「自分が何とかしないと…」前のめりのとき、間に入ってくれた仲間

常に堂々としている姿が魅力的な近畿大の坂下主将(高校時代以外、すべて撮影・沢井史)

関西学生野球春季リーグ戦 第8節3回戦

5月22日@わかさスタジアム京都
近畿大学 5-1 関西大学
(近畿大は2季ぶり49回目の優勝)

勝てば優勝が決まる関西大学との3回戦。4点リードで迎えた九回裏、ショートの守備についた坂下翔馬(4年、智弁学園)は、何度も右手で顔をぬぐっていた。汗ではなく、確かに目の辺りを覆うようなしぐさを見せていた。涙が次から次へとこみ上げてきたのだ。「気持ちでついて行こうと必死でしたが、どうしても(涙を)抑えられなかったです」

かわいがっていた後輩が放ったタイムリー

優勝が決まった瞬間も、すぐ目の前にできたマウンド上での歓喜の輪に遅れて加わった。泣きじゃくる主将を仲間たちが包み込む。この日、先発のマウンドに立った同じ4年生の寺沢孝多(星稜)が、スタンドにあいさつした後、坂下のそばに寄り添った。

それぞれの力が一つになってつかんだ優勝を、坂下は誰よりもかみ締めていた。

1年からマウンドに立つ寺沢は、最上級生として1戦目の先発を4度任されたが、結果が伴わずチームは2敗。ここ数日は調子が上がらず、登板機会が減っていた。この日、先発のマウンドに立ち、5回を5安打6奪三振、無失点の好投。今季の自身初勝利を挙げた。1点リードの九回、1死満塁から途中出場の多田優斗(3年、育英)が貴重な2点適時打を放った。

「寺沢も気合が違うなと思いました。それに、打ったのが試合経験は少ないですが、一番かわいがっていた後輩だったので……。それが一番うれしかったです」

優勝が決まり歓喜の輪が解けた後も、涙を抑えられなかった

この日は優勝争いに加え、注目されていたのが首位打者争いだった。この試合開始前の時点で、打率1位の同志社大学・松井涼太(4年、東邦)が4割6分7厘で、坂下はわずか5厘差の4割6分2厘だった。

ただ坂下の頭の中は、記録よりも全員で分かち合う優勝。つまり、この試合に勝つことだけしか考えていなかった。

1打席目は初球を打ってセカンドゴロ、2打席目はセカンドライナー。3打席目もセンターフライと凡打が続いた。力みがあっての結果なのかと思いきや、本人はそれを真っ向から否定した。「今日は余計なことは考えていませんでした。自分が打たなくても誰かが打ってくれる。首位打者とかより、チームが勝てばいいと。それだけを考えていました」

先輩に対しても物おじせず、堂々と

身長165cmと小柄だが、ショートのポジションにつくと、どこか大きく見える。伸びやかなスローイングで難しいゴロもスピーディーにアウトにしてしまう。

智弁学園高校では1年夏からレギュラーだった。最上級生になると主将を任され、3年夏には奈良大会新記録となる5本塁打を放った。2度の甲子園出場に加え、3年秋のU18日本代表では主将を務めた。

変わらないのは感情を表に出す「熱さ」だ。世界の舞台では佐々木朗希(現・千葉ロッテマリーンズ)や宮城大弥(現・オリックス・バファローズ)らと一緒に戦った。最終戦の韓国戦でサヨナラ負けを喫すると、試合後に1人、悔し涙を流し続けた。勝ち気で負けず嫌い。小さな体には、強いハートとこの上ない闘争心が詰まっている。

智弁学園時代の坂下。当時からリーダーシップは抜群だった(撮影・朝日新聞社)

近大に進んでも、高い守備力を買われて1年生からベンチに入り。春からショートのレギュラー格となった。当時4年生だった佐藤輝明(現・阪神タイガース)と三遊間を守り、練習の合間には並んでグラウンド整備をすることもあった。大柄な佐藤と並ぶと、さらに体は小さく見えたが、そんなひとときも偉大な先輩をどんどん質問攻めにしていたという。

「自分から何でも気になることは聞いていました。でも、テルさんからもよく聞かれたんですよ、守備のこととか」

そう言って勝ち誇った笑顔を見せた。先輩に対しても物おじしない。高校時代も入学して数カ月後にもかかわらず、寮では3年生の部屋に自分から出入りしていた。先輩も堂々とした後輩に困惑することなく、むしろ「アイツは可愛いですから」と温かいまなざしで坂下を見ていたことを思い出す。

言い方を変えながら話すことの大切さを知った

上級生になった坂下は、そんな空気感を大事にしている。現在二遊間を組み、昨秋に続き今春もベストナインを獲得した二塁手の勝田成(2年、関大北陽)は、自分から進んでどんどん意見を言ってくるという。そういう姿勢こそ坂下は大歓迎だ。「下の子がやりやすいように、4年生が動く。それこそが本当に強いチームだと思います」と胸を張る。

一方で葛藤もあった。キャプテンに就任した当初は「自分が何とかしないと」と気持ちだけが前のめりになり、チームをまとめることに苦労した。

「気が付いたら誰もついてきてくれなくなったこともあって……。最初の頃は、みんな向かう方向が違っていました。2月にキャンプが始まって、全員で同じ方向を向こうと言い合ってはいましたが、実際そんな簡単にはいかなかったです」

そんなキャプテンを副キャプテンの河野大地(大阪桐蔭)や寺沢が間に入り、坂下の思いをチームメートに伝えてくれた。何でも1人だけで突き進んでしまう自分のクッション代わりになってくれた2人に感謝し、「一人ひとりに言い方を変えながら話すことの大切さを知りました」と本人は振り返る。

近大でも主将となり、自分1人で突っ走ってはいけないと知った

次に流すのも、うれし涙

この春はチームのために走り切り、関西学生リーグのMVPに輝いた。

今年の近大には秋のドラフト候補と呼ばれる選手は不在だが、坂下を筆頭に結束力があり、大輪の花を咲かせた。「とても価値のある優勝だと思っています。春に連覇できたことはうれしいです」。はためく優勝旗を重そうに持ちながら、こう言ったキャプテンの目はもう乾いていた。

次に流すのも、うれし涙と決めている。全国の舞台で頂点まで登りつめた時だ。

信頼する仲間とともに全日本大学野球選手権の舞台に挑む

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