日体大・石倉沙姫 土壇場からチームを救った主将、足がつりベンチで迎えた歓喜の瞬間
第42回 東日本バレーボール大学選手権大会
6月24日@墨田区総合体育館(東京)
▽女子決勝
日本体育大学3(21-25.25-22.20-25.27-25.16-14)2筑波大学
最終第5セットを迎えた時点で、体は限界だった。
日本体育大学を引っ張る主将の石倉沙姫(4年、京都橘)はコートの中で何度もひざの屈伸を繰り返す。両足の太ももがつっていた。「あと1セット、何とか持って」。祈り、自身に活を入れると、覚悟が決まった。
セッターの岩本沙希(1年、就実)に声をかけた。「大丈夫だから、持ってきていいよ」。フルセットは先に気持ちが切れたほうが負け。まだまだ跳べる。勝ちをつかみ取るまで、打ち続けようと決心した。
教育実習を終え、東日本インカレの約1週間前に合流
新チームが発足し、最初の公式戦となった春季リーグは5勝6敗で7位。根本研監督も「久しぶりの順位だった」と振り返るように、決して満足のいく結果ではなかった。しかもコートに立つ4年生は自分だけ。試合に出られず、悔しさをかみ締めている同期、そして自分をキャプテンとして慕ってくれる下級生。石倉自身「自分がやらなきゃ、と背負いすぎていた」と振り返る。
加えて、春季リーグを終えてから東日本インカレまでの限られた期間の中で、教育実習もあった。チームを離れる間、東日本インカレで主軸となる3年生にチーム作りを託すことに。春季に成績が振るわなかったこともあり、「あれもこれもやらなければいけない」という不安や焦りもある。だが、実習を終え、東日本インカレの開幕まで約1週間、久しぶりにチームへ合流すると、3年生たちの雰囲気が一変していた。
「『サラさん(石倉のコートネーム)だけに頼るのではなく、自分たちもしっかりチームを引っ張ります』と言ってくれて。勝負どころや苦しい時に自分がやらなきゃ、という思いは変わらないですけど、3年生たちがすごく成長していたので、自分だけで頑張らなくていいんだ、と楽になった。チーム全体の力が一気に上がったのを感じました」
石倉が不在の間、コートキャプテンを務めた中野康羽(3年、京都橘)を中心に、ミドルブロッカーの呂比州理紗(3年、九州文化学園)、アウトサイドヒッターの廣瀬美音(3年、札幌山の手)が東日本インカレでも躍動した。連戦が続く中、最大限のパフォーマンスを発揮するための準備に努め、後輩にも気を配る。教育実習期間中に落ちたフィジカル面を考慮し、石倉に代わって初戦から出場した折立湖雪(2年、東九州龍谷)も勝負強さを発揮し、春はなかなかかみ合わなかった個々の力が融合。チーム力でトーナメントを勝ち上がってきた。
短い期間で飛躍的な成長を遂げた1年生たち
そして短い期間に成長を遂げたのが3人の1年生たちだ。セッターの岩本、リベロの新永日菜詩(九州文化学園)、ミドルブロッカーの前田蒼空(熊本信愛女学院)。春季リーグから出場機会を得た選手たちが「実に堂々としたプレーを見せてくれた」と根本監督も舌を巻いた。
「春リーグは7位でしたが、それでも1年生を代えるのではなく、我慢して使い切りました。結果が出なければ代えることももちろん選択肢の一つと考えはしましたが、この経験が力になると思ったので、彼女たちでいこう、と。東日本インカレでも1年生トリオが楽しそうにやってくれるおかげで、我々のチームにいい風が吹いてきました」
「コートに入っただけで安心したし、落ち着いた」
試合を重ねるごとに勢いを増した日体大は、準々決勝で東海大学にフルセットで勝利し、準決勝は東京女子体育大学に3-1で逆転勝ち。春季リーグ2位の東京女子体大を相手に競り勝った原動力は、途中出場の石倉だった。
相手のストロングポイントを封じるべく、攻撃面だけでなくブロック力もある石倉の投入が、勢いづいたチームにさらなる力を与えた。決勝の相手は春季リーグを制した筑波大。しかも全勝優勝を飾っていた。石倉のブロック力は不可欠ではあるものの、体力面を考慮すればスタートを折立で行く策もある。決勝のスタメンをどうするか。根本監督は中野と、1年生ながら「絶大な信頼を置く」という岩本へストレートに尋ねた。
「明日(の決勝)、スタートはどうする?」
岩本はすぐに答えた。
「サラさんで行きたいです」
理由を、岩本が明かす。
「筑波大はライト側からの攻撃が強いので、そこをブロックするためにはサラさんで、と思いました。春リーグもサラさんがチームの柱として戦ってきて、教育実習から帰ってきた時もすぐにゲームをして、サラさんがコートに入っただけでチームも自分自身も安心したし、落ち着いた。すごい存在だな、と改めて感じたんです。ゲーム中も、どんなに苦しい状況でも『持ってきて』と言ってくれるので、思い切って上げることができる。私にとってもチームにとっても、サラさんはすごく心強い存在です」
みんなの気持ちに応えるのは、プレーで表現するしか
迎えた決勝。第1セットを筑波大が先取したが、第2セットは日体大が取り返した。第3セットは再び筑波大が制し、第4セットは中盤まで日体大が先行。一時は18-13と5点のリードを得たが、そこから連続失点を喫し、終盤に逆転した筑波大が22-24のマッチポイント。1点も落とせない、絶体絶命の状況。だからこそ、石倉は岩本に言った。
「持ってきていいよ。全部持ってきて」
迷わず託した岩本のトスを、前衛に上がった石倉が立て続けに決めた。「みんなの気持ちに応えるには、プレーで表現するしかないと思っていました。上げてくれるトスを打ちにいく。考えていたのはそれだけでした。自分に上げてほしい、と気持ちを伝えていたし、上げてくれた。やるしかないと思ったし、決めるしかない。足の状態を考える暇もないぐらい、とにかく打って、点を取ることだけ考えていました」
中野のブロックポイントで24-24の同点とし、ジュースへ突入してからも勢いは衰えなかった。石倉の連続スパイクで得点を重ねた日体大が土壇場からの逆転で27-25。フルセットまでもつれ込んだ。
「大丈夫」「行ける」ベンチから声を張り上げた
あと少し、もう少し。
屈伸で祈りを込めても、1本ずつプレーを重ねるたびに体が悲鳴を上げる。最終セット、8-9と筑波大に逆転された場面で石倉は退き、折立に託した。
「最後まで戦いたい思いはありました。でも、あの状態で自分が入っていても足を引っ張るだけ。のびのび力が出せるように、という思いを込めて、目と目を合わせて送り出しました」
10-12と2点を先行されたが、「大丈夫」「行ける」。ベンチに座り、石倉はコートで戦う選手たちに届くよう声を張り上げた。タイムアウトの際も先頭で選手を迎え、ハイタッチで一人ひとりを送り出した。
日体大と筑波大、互いの意地と勝利への執念がぶつかり合う中、最後はブロックポイントで16-14、勝利が決まると足の痛みも忘れ、一目散にコートへと駆け寄った。
「正直に言えばまだ実感がわかないんですけど、でも、一言で言うなら最高。最高です! と叫びたいぐらいです(笑)」
東日本インカレが終わると、すぐにFISUワールドユニバーシティゲームズに向けた日本代表合宿が始まる。春の悔しさを東日本インカレにつなげられたように、次は世界で得られる経験もチームの力にできるように。チームの成長も、石倉の進化もまだまだここから。始まったばかりだ。