野球

特集:あの夏があったから2023~甲子園の記憶

近畿大・岡島光星 智弁学園準Vショート、小坂将商監督の「すごみ」知った明徳義塾戦

岡島は智弁学園で甲子園準優勝を経験後、近畿大で野球を続けている(撮影・沢井史)

今年、甲子園の中継を見ていて、近畿大学の岡島光星(2年、智弁学園)は思ったことがある。「スタンドにお客さんがいるのがうらやましいですね。甲子園では満員のお客さんの前で試合をするのが夢だったので……」

第103回全国高校野球選手権大会で準優勝した2021年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響がまだ大きかった時期で、部員や保護者を除いて無観客で行われた。前年は大会が中止となったことを思うと「大会が開催されただけでもありがたかったです」と振り返るが、甲子園の大観衆の中で試合を行うことが何よりの夢だった。

【記事一覧はこちら】「あの夏があったから2023~甲子園の記憶」

監督が食べたいものを聞き取り、コンビニへ

1年生の夏にチームが甲子園に出場した時、初戦の青森・八戸学院光星戦はアルプススタンドから試合を見つめた。当時の甲子園の雰囲気も忘れられなかった。「アルプスに入った瞬間、人のすごさに圧倒されました。自分たちも、こんな雰囲気の中で試合がしたいと思っていました」

最後の夏の開会式は外野に49代表校が整列して前進する形で行進し、取材はオンライン。パソコンの画面上でのやり取りだったため、甲子園で人と会う機会はほとんどなかった。「素振りの時、ホテルの下の駐車場に行くくらいで、外出はもちろんできませんでした。部屋に集まることも禁止でしたし、基本的に個人行動でした」

仲間と顔を合わせて、試合についてじっくりと語り合うことすら許されなかった。そんな選手たちを思ってか、小坂将商監督は宿舎で時間ができると全員から欲しいものを聞き取って、コンビニエンスストアに買い出しに行ってくれた。「自分たちはコンビニに行けないので、お菓子とかアイスとかシュークリームとか。自分たちが食べたいものを、小坂監督が両手いっぱいの袋で買ってきてくれたんです」

大観衆の前でプレーすることはかなわなかったが、甲子園は打ちまくった(撮影・白井伸洋)

読みがさえ「この試合は5番が大事になってくる」

優しい一面を持つ小坂監督から受けるノックは「独特の緊張感がありました」と岡島は言う。「普段は亀岡(秀郎)コーチが内野ノックを打つんですけれど、監督さんが入ると空気が張りつめて、失敗できないってなるんです。そこでボールをはじいてしまったら……」

今、思い出すだけでもドキドキしてしまう。そんな小坂監督のすごみを感じた試合がある。

準々決勝の明徳義塾戦だ。相手は1、2回戦でエース左腕の代木大和(現・読売ジャイアンツ)と同じく左腕の吉村優聖歩(同)の継投で勝ち上がっていたが、3回戦は代木が完投していた。「小坂監督が(先発から)吉村君が来るのでは、と言っていたんですけれど、その読みが当たっていました」と岡島は振り返る。

小坂監督はそれまで1~3番を務めていた岡島を5番打者に指名した。「小坂監督に、この試合は5番が大事になってくる、と言われたんです」

あの夏、奈良大会を通じて5番を打つのは初めてだった。3回戦までの全3試合でヒットを放っており調子は良かったものの、準々決勝は吉村の変則的なフォームから繰り出される変化球をなかなかとらえられず、最初の3打席は快音が出なかった。

「あのフォームなので球が見づらくて、タイミングが取りづらかったです」。ベースラインのギリギリに立ち、苦手意識は持たないようにしていた。だが、試合は1点ビハインドのまま最後の攻撃を迎えた。

九回、1番の垪和(はが)拓海(現・東北福祉大2年)、2番の森田空(現・日本体育大2年)の連打でチャンスが広がり、3番・前川右京(現・阪神タイガース)の死球で無死満塁。4番の山下陽輔(現・法政大2年)も死球を受け、押し出しで同点に。岡島に打席が回ってきた。

「自分が抑えられても次がいる。それくらいの気持ちで打席に入りました」

初球はファウル。バットに当たったことで「悪くない」と開き直り、その後は気負わずに振れた。しぶとくも一塁後方に打球を落としサヨナラ勝ち。劣勢だったムードをひっくり返しての劇的な勝利だった。確かに「5番打者」は重要だった。

明徳義塾との準々決勝でサヨナラ打を放った(撮影・白井伸洋)

「一番負けたくない相手」との決勝戦

自身のバットで勝利した試合よりも、岡島の心に残っているのは智弁和歌山と対戦した決勝戦だ。兄弟校で顔見知りの選手が多く、「絶対に負けたくないというのはありました」。だが、結果は2-9。「初回からいきなり4点を取られて、流れは向こうでした」。二回に2点を返して、何とか流れをたぐり寄せようとしたが、及ばなかった。

最後に勝ち切れなかったことが「今でもすごく悔しいです。しかも兄弟校ですし、一番負けたくない相手でしたので」と岡島。個人としては全6試合でヒットを放ち、様々な攻撃のバリエーションにも対応したその存在感は大きかった。

「甲子園って、調子が悪くても打席に入ると、打てるんじゃないかって思わせてくれる何かがあるんですよ。だから早く打席に立ちたいって思うんです」。ベスト8まで進んだ春の選抜高校野球大会も全3試合でヒットを放っており、最後まで甲子園の神様に温かい目で見届けられた高校野球だった。

3年春の選抜高校野球大会でも全3試合でヒットを放った(撮影・西岡臣)

前川右京が1軍で活躍する姿を楽しみに

近大では同学年に、同じく春夏連続で甲子園に出場した阪上翔也(2年、神戸国際大付)や準々決勝で激戦を繰り広げた米崎薫暉(くんが、2年、明徳義塾)らライバルが多く、本職の遊撃手は智弁学園の2学年先輩・坂下翔馬が不動。現在はショート以外に、サードやセカンドでもノックを受けている。リーグ戦では代打や守備固めで起用されることは多いが、レギュラー奪取にはもう一段階の成長が必要だ。

今は高校時代のチームメート、前川がプロの1軍で活躍する姿を見ることが楽しみの一つになっている。「大学ではレギュラーで試合に出て、首位打者やベストナインを取れるような選手になりたいです。とにかく結果を残したい」。高校時代に負けない輝きを取り戻すために、そして高校時代に果たせなかった日本一を大学でかなえるために。泥だらけになりながら、日々奮闘している。

周りはレベルの高いライバルばかり。岡島も負けられない(撮影・沢井史)

in Additionあわせて読みたい